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ルワンダの孤児に、寄付することも出来ないADHD 【ADHDは荒野を目指す】

 3-21.

 ケニア、ナイロビにて。
 自由に街を歩くことも出来ず、国立公園でのツアーも今一つ楽しめない。

 何故こんな場所まで来てしまったのだろう?
 僕はまた、ウジウジとそんなことを考えてしまいます。
 やはりすぐに帰らないと、と。

 けれども、流石にアフリカまで来ると、帰りたくても気軽に帰れるものではありません。日本への直行便もないのですから。

 折角ここまで来たのなら、もう少し何かを見てから帰っても遅くはない。

 そこで僕は、かつてアジアからアフリカまでを旅した、ある旅仲間から聞いた話を思い出します。
 彼の三年間の旅の中で最も印象に残った、とんでもない場所が、さして遠くない場所にある。

 せめてそこを見てから帰ろう。

 そう決意した僕は、早速ナイロビを離れる夜行バスに乗り込みます。

 バスもそれなりに快適、そして何より道路はかなり整備されています。

 アジアの多くの場所と違い、アフリカのインフラはかなり状況が良い。ヨーロッパ人ビジネスマンや観光客が多いため、相応の資金が投入されているのでしょう。

 翌日昼過ぎ、バスはカンパラという街に到着しました。
 ケニアの隣国、ウガンダの首都です。

 そこは過ごしやすい場所でした。
 標高千メートルを越えるところにあり、とても涼しい。ゲストハウスも清潔で、街中には綺麗な建物も多い。

 何より有難いのは、首都であるとはいえ、ナイロビのような大都市ではない――貧しい人々が集まるような場所ではなかったため、治安も悪くはなく、自由に街歩きが出来ることです。

 驚かされるものと言えば、時折頭上に現れる巨大なハゲコウぐらい。ぼんやり街歩きすることに何ら問題がありません。

 しかも、ローカルフードの店だけでなく、中華料理屋やインド料理屋も揃っている。それぞれそれほど美味しくはなく、結局安定して通うのはバーガー屋にはなるのですが、それでも、選択肢がある分、食事も楽しむことが出来ます。

 随分リフレッシュすることの出来た僕は、気を良くして、カンパラを出て南に向かいます。

 整備された道、そして目に鮮やかな緑の世界を抜けて辿り着いたのは、ルワンダの首都、キガリという街です。

 バスターミナルでバスを降りた途端、僕は困惑します。
 アフリカでは、アジアと違い、長距離バスターミナルに、宿の客引きが待ち構えていたりもしません。
 それでも、それまでは、タクシーを捕まえ、安い宿まで連れて行ってくれと伝えるだけで大概どうにかなったのですが――ルワンダは元フランス領であるため、公用語はフランス語。英語が殆ど通じないのです。

 とりあえずタクシーを停めて、運転手に向かい、ホテルを意味するフランス語、オテル、オテルと連呼します。

 すると、心得たとばかりに運転手が走り出します。
 ホッとして揺れに身を任せていると、十分ほど走った後、綺麗な建物の前でタクシーが停まりました。
 運転手がここだここだ、という身振りをします。

 覗き込むと、高い柵の向こうに、庭のある、三階建ての奇麗な建物が見える。
 何か違う。僕は首を傾げながらも、とりあえずお金を払い、タクシーを降ります。
 途端、タクシーは去って行く。

 本当にここがホテルなのか? 少しまごついたままそこに立っていると、中から、一人の小柄な男性が現れました。
 スーツ姿で、上品な笑みをたたえたまま、フランス語で何かを話しかけてきます。
 僕は慌てて、フランス語は分からないと告げると、男性はすぐに英語に切り替えてくれました。

 僕はホッとしつつ、ここはホテルかと尋ねると、男性は微笑んだまま、違うと丁寧な口調で答えます。
 そして、ここはオフニジです――と言います。

 オフニジ? 僕は懸命に記憶を探りますが、それに当たる英単語が思い浮かばない。
 ただどうであれ、宿ではないのならここには用はない。僕は急いで礼を言い、立ち去ろうとします。

 そんな僕を、男性は呼び止め、ホテルまでのタクシーを呼んであげましょう、と言います。そして、タクシーが来るまでの間、中にどうぞ、と。

 僕はまごつきます。
 この男性が誰だか分からないし、ここがどこかも分からない。ついて行くのは危険でしょう。
 しかし同時に、どこに行けばタクシーを拾えるかも分からないのも事実。既に夕方は近く、夜になるのはとても恐ろしい。

 どうしようかと迷っていると、その時、柵の向こうに人影が見えました――庭で遊ぶ、大勢の子供達です。
 ああ、ここは小学校か何かか。そう言えば目の前の男性も、何か先生のゆおにも思える。これなら危険はなさそうです。
 僕は急いで男性に従い、その建物の中に入りました。

 落ち着いた雰囲気のロビーに通され、紅茶を出されます。そして別室に行っていた男性が戻って来て、後十分でタクシーが来る、と言います。

 僕は感謝しつつ、この建物は何か、ともう一度尋ねます。男性が答えますが、やはり理解出来ません。そこでメモを出し、スペルを書いてもらい、ようやくオフニジとは何かを理解をしました。

 ――orphanage、孤児院です。

 僕がそれを理解をしたのを見て取った男性が、言います――ここは国際的な寄付で成り立っています、と。
 だから色々な外国人が来てくれます。日本人だって来ます。あなたを乗せたタクシーの運転手は、そのせいであなたをここに連れて来たのでしょうね、と。
 成程、と僕は頷きます。

 ――でも、親の無い子供の数は多いため、本当にお金が足りません。

 大変ですね、と僕は言います。
 大変です、と男性は答えます。だから本当に寄付が頼りなのです、と。
 ふぅん、と僕は頷きます。
 でも、日本人は本当に親切で助かります、と男性は言います。

 やがてタクシーが到着しました。僕は荷物を持ち、お礼を言い、タクシーに乗り込みます。男性は、運転手にフランス語で何かを言った後、僕に向かい、いい宿に連れて行くように告げました、と言います。
 有難うございます、僕は頭を下げ、男性と握手をします。
 車は動き出し、男性はニコニコしたまま、僕を見送ってくれました。

 背後に孤児院が見えなくなってから、ようやく僕は気付きます――男性の言いたかったことに。

 そうか、あの男は、寄付を期待していたのか。

 親切にしてあげたのに、何もせず帰った日本人に、あの男は失望したかも知れないな、と思います。

 けれども、今更どうしようもありません。
 会話中であっても、自分のことしか考えられない――空気を読めないのは、いつものこと。

 僕は溜息を吐き、それを忘れることにしました。

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