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強盗被害者を見て喜ぶADHD 【ADHDは荒野を目指す】
3-24.
タンザニアの夜、僕の泊まる宿の部屋に、血まみれで現れた福本。
僕は急いで彼を部屋のなかに招き入れ、何があったのかを尋ねます。
福本はベッドに腰かけると、大きく息を吐いて、ことの次第を語り始めました。
――その日の朝、バスに乗り込む僕を見送った後。
福本は、ツアー会社が車でピックアップしてくれるという場所へと向かいます。
ところが、その道中――突然、五人の男に取り囲まれるのです。
朝早くとはいえ、十分に人通りはあります。
けれどもそんな中で、男達はナイフを手に福本につきつけ、言いました。
――有り金を全部だせ、と。
強盗です。
勿論、そんな時間にそんな行為をするのは、彼らにとっても十分リスクのある行為でしょう。
実際、彼がレストランなどを探して普通に歩いているだけなら――つまり、当座の所持金しか身に着けて居なければ、そんなことは起きなかったでしょう。
けれども、折り悪く、その時の福本は、全ての荷物を背負っての移動中です――つまり、全財産を所持した状態だったのです。
強盗にとっては、ハイリスクながらも、ハイリターンが狙える状況だったのです。
福本は慌てて周囲を見回しますーー通行人はいます。明らかにこちらの異常に気付いている人もいます。
でも、誰も近付いては来ません。
我関せずと行き過ぎるばかり。
誰も助けてくれない。
福本はひどく怯えます。
しかし、彼は一人で色々な旅をしてきた人あり、ある程度の心構えは出来ていました。
彼は即座に、背負ったバックパックを差し出すと共に、ポケットから財布を取り出し、大人しく差し出します。
これで満足して解放して貰える。
そう思ったのですが、相手は一枚上でした。
強盗の一人が、福本のシャツを捲り上げ始めたのです。
その時の福本は、多くのズボンの下にマネーベルトをしていました。
その中に、パスポートを含むあらゆる貴重品が入っている。
強盗はマネーベルトの存在を知っていたのでしょう、福本の腹部をチェックしようよしたのです。
咄嗟に、福本は動いていました。
これを取られたら、旅が終わるーーそう思ったからです。
強盗の手を払い除けようと、彼は手を伸ばしました。
その動きが、相手の動きも誘発してしまいました。
強盗の手が伸び、ナイフの刃が福本の腕、そして脇腹を掠めます。
鋭い痛みが走る。
終わったーー福本が観念しかけたその瞬間。
けたたましいクラクションの音と共に、勢いよく迫ってくる車の姿。
それを見た途端、強盗達は勢いよく四散して行きます。
福本の体スレスレで停車した車から、勇気ある男性が飛び出して来ました。
大丈夫か、と福本に声を掛けます。
溢れ出る血が、シャツを紅く染めて行くのを感じながら、福本はただ頷く事しか出来ませんでした。
その後駆けつけた警察によって、福本はまず病院に連れて行かれます。
医者からは、軽い切り傷だけだと言われ、消毒液とガーゼ、包帯が渡されて終わりです。誰も手伝ってくてない中、福本は自分で消毒し、ガーゼ貼りつけ、包帯を巻きます。
医者にかなりの治療費を支払わされたところで、警察の取り調べを受けになります。
しかしこれも熱意が感じられません。強盗犯の特徴を聞かれることもない。ただ、取られたものの一覧を書かされただけ。かなり待たされた上で、ようやく盗難証明書が渡され、それで終了です。
夕方、破れた上に血が染み込んだシャツ姿のままで、福本は警察署から解放されます。
バックパックを取られているので、換えの服などありません。自分で新しい服を買わなければならない。服屋を探さねばならない。
その前に、夜が近づいている、早めに宿を見つけないといけない。
でもーー一人で街中を歩くのは、怖い。
強盗事件の直後なのです。
どうしよう?
そんな風に惑っていた福本は、不意に、そこがバスターミナルの近くであることに気付きます。
そして彼は、考えます。
モシには、確実に日本人の知り合いがーーべいしゃんがいる。彼はバスターミナル脇のホテルに泊まると言っていた。
それなら、今からモシに行けば、あいつと合流出来るのではないか。
そう思った彼は、咄嗟に走り出しましたーーそして無事に、モシ行きのバスに乗り込むことが出来たのでした。
血だらけの服装のままで。
そんな話を聞かされた僕は、衝撃を受けます。
アフリカの治安の悪さは分かっていたし、ある程度の覚悟もあった。
ですが、すぐ身近でこんなことが起こるとは。
福本は僕と別れた直後に強盗に遭ったということなのですから、ほんの僅かにタイミングがずれれば、僕が襲われていた可能性も十分にある。僕もまた、荷物全てを持っての移動中だったのですから。
そして襲われたのが僕だったら。
福本のように冷静な対処は出来ず、パニックに陥り、暴れたり逃げ出そうとしたりしてーー殺されたかも知れない。
危なかったーー僕は震えます。
そして、喜びます。
自分が被害に遭わずに済んだことを。
荷物も失わず、怪我もせず、快適な一日を過ごせたことを。
本当に良かった。
血だらけのままうなだれる福本の横で、一人が怖くて自分を頼って来た怪我人の傍らで、僕はただ自分の幸運を喜んでいました。
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