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アルコール依存症のイギリス人と無一文の日本人と、中途半端な日食と 【ADHDは荒野を目指す】
3-33.
ザンビアの首都ルサカにて、日本からの送金を待つだけの、退屈で憂鬱な日々を送っていた僕ですが。
やがて、そんな中にも、ささやかな楽しみに出会えるようになります。
毎朝、十時に食堂に行きます。
そのゲストハウスは、自動的に朝食もついてきます。ただ、早朝から八時九時辺りまでは、他の旅行者が多すぎて、座席の確保も出来ない上に、余りに騒がしすぎる。
殆ど予定のない僕は、自然と、朝食が食べられるギリギリの時間、他の客の居なくなった時間に食堂に向かいます。
そこにはいつも、ジョージという名のコックが居ました。若くて大柄で、とにかく陽気なザンビア人です。
客といえば、殆どがカップルの欧米人で、日中はほぼ観光に出かけており、しかも一、二日滞在するとすぐに去って行く。
そんな中、一人ぼっちで、殆どの時間ゲストハウスに居て、一週間以上滞在している僕は、ひたすら陽気な彼にとって、格好の話し相手なのでしょう。
元気な朝の挨拶以降、彼は素晴らしい勢いで話し始めます。
天気のこと、家族のこと、仕事のこと。同じ話を繰り返します。
僕はろくに返事もせず、ただ相槌を打っているだけですが、それで十分なようで、常に上機嫌に喋り続けます。
ほとんどを聞き流し、彼が白い歯を見せて笑った時だけ、一緒に笑う。
それは僕にとっても、十分に楽しい時間でした。
遅い朝食を終えた後、大使館へ行きます。
ガードマンも勿論僕の顔を覚えており、笑顔で手を振ってくれます。
メガネの大使館員とは簡単な挨拶をするだけですが、時折、大使自らが現れて、今日は暑いねぇなど、気軽に世間話を振ってくれます。
大使館を辞すと、繁華街へと足を伸ばします。
安いインターネットカフェを発見したのです。
そこで二時間ほど、メールのやりとりやネットサーフィンを楽しむ。
しかも、受付の男子大学生と顔馴染みになり、雑談を交わすようになると、料金をこっそり値引きをしてくれるようになりました。
さらに、近くのファーストフードで、それなりに美味しいバーガーとポテトを食べていると、時折顔馴染みの男性がやって来ます。
彼と出会ったのは日本大使館の待合室で、日本のビザの申請に来ているところでした。
その場では軽い挨拶をしただけだったのですが、その後このファーストフード店で偶然再会、会話を交わすようになります。
日本が大好きだ、日本は清潔で日本人は礼儀正しい、いずれ日本に住みたい。
彼はそう繰り返します。
昼過ぎにゲストハウスに戻ると、プールサイドのリクライニングチェアに直行します。
数日前までそこを占拠していた欧米人達も、皆既日食を見るために、ビクトリア滝へと移動してしまっています。
そこに残っているのは、僕の他にはただ一人――イギリスの老人だけ。
彼はいつでも、リクライニングチェアの上で横になって、アルコールを飲んでいます。
アルコール依存症であるらしく、手も声も常に震えている。
ジョージに尋ねると、もう何ヶ月も前から、ずっとああしている、と言います。
そして、今後もーー死ぬまでの間、ずっとここで酒を飲んでいるつもりらしい、と。
その老人とは、毎日隣のリクライニングチェアで長い時間を過ごしている内に、挨拶や、多少の会話をするようになります。
アフリカの小さな宿で、静かに死を待つ老人。
どういう人生だったのか――興味は湧きますが、それを尋ねることはしません。
そして僕もまた、自分の窮状を語ることもない。
アルコール依存症の老人と、無一文の青年は、ただ黙ったまま、そのプールサイドで長い午後を過ごすのでした。
やがて、日食の起きる日が来ました。
勿論、皆それを見に行っており、ゲストハウスには誰もいません――僕と老人以外には。
太陽が欠け始め、周囲が薄暗くなって行く。
どこかから、犬の不安げな遠吠えが響いて来る。
その声で目を覚ましたのか、何だ、どうした、とリクライニングチェアの上の老人が言う。
――日食です、とだけ僕は答える。
なるほど、と老人は答え、酒を飲む。
僕は目を細めて、太陽の方を見ます。
既に肉眼で眺めても問題がないほど、それが明るさを失っています。
どんどん痩せて行く太陽。
半月のような形から、三日月のような形になり、そして完全に姿を消すーーことはありません。
太陽はまた、太り始めます。
そう、そのルサカでは、部分日食しか見られないのです。
綺麗な皆既日食が見たければ、ビクトリア滝まで行かなければならなかった。
でも、僕には、それさえ出来なかった。
僕は中途半端な学生生活を送り、中途半端な仕事をし、そして中途半端な旅をし――最後に、中途半端な日食を見る。
僕の人生そのものだ、と僕は思います。
――ファンタスティックだな、と老人が言いました。
僕はそれに答えません。
ただ、太って行くにつれて明るさを増して行く太陽から目を逸らし、僕は大きな溜息を吐きました。
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