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ADHDは荒野を目指す はじめに

 二十歳の頃、「青年は荒野を目指す」という本を読みました。

 『ジャズ・ミュージシャンを目指す二十歳のジュンは、ナホトカに向かう船に乗った。モスクワ、ヘルシンキ、パリ、マドリッド…。時代の重さに苛立ちながら、音楽とセックスに浸る若者たち。彼らは自由と夢を荒野に求めて走り続ける。60年代の若者の冒険を描き、圧倒的な共感を呼んだ、五木寛之の代表作』

 そんなキャッチコピーの、僕が生まれる前に書かれた小説です。


 この小説を読了した僕は、心の底から思いました――本当に詰まらない、と。

 音楽の出来るおしゃれな青年がヨーロッパに行く。行き先々で女性にモテて、すぐに夜を共にする。ミュージシャンとしても、どんどん認められて行く。

 こんな話、どこが面白いんだ?

 どこに冒険がある?
 どこに荒野がある?

 主人公にも、他の登場人物にも、一切共感が出来ないままでした。


 そして後年、僕は冒険に踏み出します。

 チベットに行きアフリカに行き、外国へ移住し、国際結婚をし、現地で起業をし、大きな利益を上げ、失敗しても再起を果たし、巨額の寄付をし――様々な成功を修めました。

 でも、最後には、全てを失いました。アフリカで睡眠薬強盗に遭って無一文になり、会社も資産も奪われ、妻に捨てられ、不法就労を摘発され、脱税や窃盗容疑で取り調べられ、三千万円もの大金を請求される裁判を起こされ。

 二十数年に及ぶその長い冒険は、成功よりも失敗の方が遥かに多い、苦難に満ちたものでした。

 後悔と反省ばかりの日々でした。
 もし僕は大人しく日本で生きていれば、こんな目に遭わずに済んだのに――そう思うことばかりでした。


 でも、今となっては、僕は思うのです。

 結局のところ、僕は、こういう日々を求めていたんだな、と。

 僕はADHDです。
 近年、ADHDに関しての研究が進み、色々な特徴が語られていますが、その最大のものはこれだと思っています。

 ――退屈には一切我慢できない生き物である、と。

 しかも僕は、スマートフォンは愚か、携帯ゲーム機もない時代に生まれました。
 そのため、日本での毎日が、退屈でたまらなかったのです――いつでも、死にたい程に苦しかったのです。

 だから、ADHDの僕は、日本を飛び出しました。
 僕を決して退屈させないような世界を求めて。
 安楽なんてどこにもない、手に入れたものもすぐに失われる、そんな世界を求めて。

 ――『荒野』を求めて。


 これは、そんな僕が、望みどおりに『荒野』を旅してきた物語です。

 日本の退屈さに耐えきれず、厳しい世界へ挑む。
 でも無能なADHD、無数の失敗を繰り返す。
 それでも時折、とんでもない偶然に助けられ、大きな成功をする。
 けれども、不注意なADHD、成功を守ることなんて出来る筈がない。
 結局、また厳しい世界に――荒野へと飛び出し、また無数の失敗を繰り返す。

 そんな、愚かな人生を送った、一人の人間の実録です。

 他人のプライバシーが関わることに関しては、多少のフェイクはいれますが、それ以外は殆どが事実そのままです。


 長い長い話になりますが、是非、最後まで読んでみて下さい。

 この話を読み、ADHDに関する知見を深めていただきたい――というのが一番の希望ですが、勿論そうでなくても構いません。
 ただただ、愚かな男の人生を観察するだけでも、勿論構いません。

 間違いなく、楽しめる筈です。


 何故なら僕は、退屈に我慢できないADHDです――面白いと感じることしか、書けないのですから。


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