この恋は、にゃん友切なく愛しくて 第1話 にゃん太郎
■ あらすじ
アラサーOLの本田君子には周囲には言えないとある秘密があった。それとは、強面社長で有名な新里戒と猫友達であること。これは、何処にでもいるごく普通のアラサーOLの本田君子と元ヤクザだった強面社長の新里戒の二人が猫を通じて恋に落ちて行く物語である。
■ とある寝室 ベッド上 早朝
豪華な寝室の高級ベッドの上で目覚める君子。一糸まとわぬ姿。
その隣には静かな寝息を立てている強面の男性━━新里戒の姿が。彼もまた一糸まとわぬ姿。その背中には鬼神の彫り物が見える。
情事の事後の状況である。
君子〈どうしてこうなったの……⁉〉顔を真っ赤にして焦った表情。しかし、何処か幸せに満ち溢れている。
N〈時間は数日前に遡る━━〉
■ 君子の働く会社 オフィス 昼
忙しなく働く君子。上司には叱責を受け、同僚からは愚図と陰口を叩かれている。
君子はただただ上司や同僚達に疲れ切った笑顔を浮かべながら謝罪の言葉を述べる。
■ 帰り道 夜
電車を乗り継ぎ、疲弊しきった表情でため息交じりにとぼとぼと夜道を歩く。
君子〈いくら嫌な上司に怒鳴られようと、同僚から心無い陰口を立てられたって大丈夫。だって、私には猫達がいるから!〉
君子は自宅のアパートで飼っている数匹の猫達の姿を思い出すと、たちまち顔に生気がみなぎる。
すると、君子は何処からか弱々しい猫の鳴き声を耳にする。
君子は猫の鳴き声がする公園の方に向かった。
公園の草むらに老猫がうずくまっていた。その鳴き声は弱々しく今にも息絶えそうだった。
君子は迷うことなく老猫を抱き上げると、近所にある動物病院に向かった。
■ 動物病院 夜
獣医「大丈夫。命に別状はありません。ちょっとおばあちゃんなことと、お腹が空き過ぎて衰弱しているだけみたいです。餌を食べさせてあげればすぐによくなりますからね」
獣医は笑顔で君子に優しく言った。
君子「先生、ありがとうございました! 夜もやっているのはここしかないので助かりました」笑顔で何度も頭を下げる。
獣医「そういえば見かけない子だね? 本田さんの新しい家族にしては随分年齢がいっているみたいだけれども?」
君子「いえ、この子は帰り道に偶然見かけただけで。あまりに弱々しい泣き声だったんで放っておけなかったんです」
獣医「首輪をしている以上は飼い主さんがいるみたいだし、迷子かな? 良かったらこっちで飼い主さんを探しておくよ」
君子「ありがとうございます! 私は私で迷子猫の掲示板とかを探してみますね」
獣医「はい、それじゃお大事にね」
■ 君子・自宅 夜
保護した老猫を連れて帰宅する君子。
君子「猫ちゃんが大丈夫だったのは良かったけれども、おかげで食費がすっからかんになっちゃった」
すると、家にいた猫達がにゃーにゃーと鳴きながら君子の前にやってくる。
君子「ごめんね、いますぐご飯にするから。あと、しばらくこの子も一緒に住むから仲良くしてあげてね」
猫達は見知らぬ老猫をまじまじと見つめた後、すぐに打ち解けた様に頬を擦り付け合った。
君子〈どうやら受け入れられたみたいね。よかった〉
猫達に餌を上げた後、君子は冷蔵庫の中を覗き込む。
君子〈何も入っていない。そうだ、今日、買い出しをしようと思っていたんだった〉
君子は嘆息すると、その晩は何も食べずに眠ることになった。
君子〈おかげで今日はダイエットすることが出来てラッキーね〉ふう、と嘆息しながらお腹の虫を鳴らす。
ベッドの中で君子は明日のことを頭に描いた。
君子〈明日は取引先の社長さんと打ち合わせだったわ。あの社長さん、いつも睨むような顔をしてくるから正直苦手なのよね〉
君子の脳裏には強面の社長━━新里戒のしかめっ面が過る。どう見ても獰猛な野獣の様な険相を浮かべている。
君子〈笑ったら可愛いかもね……明日も何事もなくお仕事が終わります様に〉静かに眠りにつく。
■ 君子の務める会社 朝
君子が出社すると、上司に呼び出される。
上司「今日の打ち合わせは先方からキャンセルの連絡が入った。よって本日は通常業務でお願いするよ」
君子「あの社長さんが予定をキャンセルするだなんて珍しいですね? 何かあったのでしょうか?」
上司「家庭の事情らしくてね。まあ、急ぎの案件ではないし打ち合わせは後日でも問題ないだろう」
君子「そうですか」
何か腑に落ちない、と思いながら君子は自分のデスクに戻った。
君子〈あの強面社長が家庭の事情でお仕事をキャンセルか……もしかして飼い猫が迷子になって必死に探し回っているとか? ふふ、そんなわけないわよね〉
君子は口元に優しい微笑を浮かべながら書類整理を始めた。
■ 帰り道 夕方
君子〈打ち合わせがキャンセルになったから今日は久方振りに定時に帰れたわ〉
君子は脳裏に猫達の姿を思い描きながら口元に微笑を浮かべる。
君子「今日はにゃん達と遅くまで遊べるなぁ」えへへ、とだらしなく笑う。
すると、電柱に一枚の張り紙を見つける。
それは迷子猫を探している張り紙。その張り紙に掲載された猫の写真は間違いなく昨日保護した老猫だった。
猫の名前は『にゃん太郎』と書かれていた。発見者には謝礼を支払いますとも書かれていた。
君子「良かった。捨て猫じゃなかったのね。でも、おばあちゃん猫なのに『にゃん太郎』ってちょこっとセンスを疑うわね」目を細めながら微笑む。
君子は電話番号を確認すると、張り紙の連絡先に電話をかける。
電話はすぐに繋がった。君子が電話口に話しかけようとすると、向こうからパニック状態に陥った様な怒声が響いて来た。
君子はスマホを遠ざけると、耳鳴りがしていたので顔をしかめた。
君子〈なにを喋っているのか聞き取れないわ? 相当興奮しているみたいね?〉困惑した表情。
君子「すみません! もうちょっと落ち着いて喋っていただけませんか? 何をおっしゃっているのか聞き取れません」
君子がそう言うと、電話の主はまくし立てるのを止め、静かに喋り始めた。
男性「お前は何処の誰だ?」威嚇する様な口調。
君子〈初対面の相手に威嚇するように話しかけてくるだなんて、もしかして危ないひとなのかしら?〉ほんの少し顔を青ざめさせる。
君子「あのですね、お宅のにゃん太郎ちゃんを預かっている者なんですが」
預かっているので引き取りに来てください、と君子が言う前に男性は殺気だった声で話し始めた。
男性「いくらだ?」
君子「はい? いくら、とは?」
男性「にゃん太郎の身代金だ! いくら払えば返してもらえる? いいか、これだけは言っておく。もしにゃん太郎に傷一つでもつけてみろ。その時はお前だけじゃなく、家族友人もただじゃおかねえぞ?」
君子〈私、猫の誘拐犯にされちゃってます⁉〉心の裡で絶叫しながら顔を蒼白させる。
君子は無礼な態度を取る男性に対し、文句の一つでも言おうかと憤慨する。
しかし、電話口から漏れ出す泣き声がそれを躊躇させた。
男性「頼む。お願いだからにゃん太郎を返してくれ。あいつはオレの家族なんだ。あいつがいなくなったらオレは生きてはいられない」弱々しい口調で声を震わせている。
君子〈男の人の涙声を初めて聞いたわ。そんなににゃん太郎ちゃんのことが心配だったのね。失礼な人だけれども悪い人間じゃなさそうね〉口元に柔和な笑みを浮かべる。
君子「私の名前は本田君子と申します。実は昨日、偶然衰弱していたオタクのにゃん太郎ちゃんを保護しまして。それで今、迷子猫の張り紙を見ながらお電話しているんです。だから、私は誘拐犯でもなければにゃん太郎ちゃんを傷つける意図もございません。ここまではご理解いただけましたか?」
男性「そ、そうだったのか、いや、そうだったんですか。これは大変失礼致しました。なにぶん、唯一の家族が行方不明になってしまって相当パニック状態に陥ってしまったものですから。御無礼の程、誠に申し訳ございません」消え入るような声で呟く。
君子「いいえ、分かっていただけたのなら大丈夫です。それにしても本当ににゃん太郎ちゃんのことを大事に思っているんですね。分かりますよ。だって私にも猫の家族がいますから」
男性「貴女もですか? 良かった。にゃん太郎は良い方に保護されていたみたいですね。それで、私は何処に向かえばよろしいでしょうか?」
君子〈こうして、私達は近所の公園で落ち合うことになった〉
君子〈家からにゃん太郎ちゃんを連れて来て飼い主さんを待っている時に事件は起こった〉
猛スピードで現れた黒塗りのベンツが公園の前で停車する。
そして、そこから現れた意外な人物を見て君子は驚愕する。
君子〈あ、あれは強面社長の新里戒さん⁉ ど、どうしてここに〉
君子はハッとなる。
君子〈にゃん太郎ちゃんの飼い主さんって、新里社長さんだったの⁉〉
今にも人を殺しそうな険しい顔つきで、新里戒は君子のもとに駆け寄って来る。
君子が殺される、と思った瞬間、新里戒はホッと安堵の表情を浮かべると少年の様な無邪気な笑顔を浮かべた。
戒「にゃ、にゃん太郎! 会いたかった、会いたかったよ!」破顔しつつも目に涙を浮かべる。
君子の脳裏に浮かぶ普段の強面社長と少年の様な姿を見せる新里戒が同一人物とは思えずパニック状態に陥る。
新里戒は君子の目の前まで迫ると、大きな手で君子の両手を掴んだ。
戒「あんたはオレと家族の恩人だ。ありがとう、本当にありがとう……ってか、あんた、どっかで会った覚えが……」眉をひそめる。
すると、突然、戒は驚愕した顔を浮かべた。そして恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
戒「あんた、取引先の地味OLさんだったのか⁉ あ、これは失礼。確か本田君子さんだったか?」
君子〈どうせ自他ともに認める地味OLですよーだ〉少しショックを受けて悲し気な表情を浮かべる。
重ね重ね本当に申し訳ない! と戒は何度も君子に頭を下げた。
狼狽える戒を見て、君子は自然と顔が緩んだ。
君子「新里社長、もう謝罪は結構ですよ。私、気にしていませんから」
戒「何度も無礼を重ねてしまい申し訳ない。どうすれば許してもらえるだろうか?」
君子「許すもなにも、私、怒ってませんから。それに、私達、猫好き者同士じゃないですか。だから細かいことはもう言いっこなしですよ」柔和な笑顔を浮かべる。
君子の笑顔を見て戒は一瞬見惚れてしまう。その時、戒の胸はときめいた。
〈これが恋の始まりだとは、その時の私達は思いもしなかった━━。〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?