この恋は、にゃん友切なく愛しくて 第3話 夜、鳴り響く電話

■ 戒の会社近くのカフェ 夕方

 あの後、戒は君子を連れて近くのカフェに。
 戒は君子に頭を下げて謝罪する。

戒「君子さん、本当に申し訳なかった!」テーブルに額をつけながら謝罪する。

君子「か、戒さん⁉ もういいですから頭を上げてください。それに悪いのは私の上司であって戒さんには何の落ち度もないじゃないですか」

 強面の戒が君子に謝罪する光景を見た客や店員は驚いた表情を浮かべている。

戒「オレの我がままのせいで君子さんに辛い思いをさせちまったんだ。何度詫びても詫びれ切れないです。この落とし前はきっちりつけさせていただきますんでご安心ください」

君子〈戒さんの迫力に圧倒されて気絶した例の上司は、あの後、戒さんの秘書さんに車で会社まで運ばれていった。私はというと、戒さんから、どうしても私に謝罪がしたいからと懇願されて、このカフェまで連れて来られたのだ〉

君子「でも、どうしていきなり打ち合わせがしたいって思ったんですか? 別に急ぎの案件ではないし、予定通り来週でも良かったと思うんですが」

 すると、戒は頬を染めると恥ずかしそうに言い淀んだ。

戒「そ、それはその……君子さんに会いたくなったから、って言ったら怒るか?」叱られた子猫の様な眼で君子の顔を覗き込む。

君子〈ふえ⁉ そ、そそそれってもしかして、私に恋をしちゃった的なこと⁉〉

君子「い、いいえ⁉ 別に怒りませんけれども⁉ で、でも、それってもしかして……」

戒「ええ、そうです。無理を言ってでも君子さんに会いたかった理由とは……これです!」

 戒は破顔すると、意気揚々とスマホの画面を君子に見せた。
 そこには愛くるしいポーズを取ったにゃん太郎の画像が映し出されていた。
 君子は目を点にしながらにゃん太郎の画像を見る。

戒「今までで一番のベストショットが撮れたんで、是非とも君子さんにも見てもらいたかったんですよ!」

君子〈あー、ですよね? ふふ、私ったら身の程知らずな勘違いをしちゃったわ〉

君子「可愛いですね⁉ でも、どうしてこれが私と会いたい理由になるんですか? 画像を送ってくれれば良かったのに」

戒「いや、にゃん太郎が可愛すぎて直接君子さんに見せたかったからなんだが……やっぱり迷惑でしたか?」しょんぼりと落ち込んだ表情になる。

 しょんぼりする戒を見て君子は心の裡で心臓を射抜かれる。思わず可愛いと心の裡で叫ぶ。

君子「いいえ、迷惑だなんてとんでもないです! その画像、私にも貰えませんか?」

 戒は破顔すると、すぐに君子のスマホに画像を送る。

君子「わーい、ありがとうございます。あ、ちなみにこの子達が私が飼っているにゃんこ達です」

 君子はそう言いながらスマホにある三匹の猫達の画像を戒に見せた。

戒「わ、三匹も⁉ いいなぁ……可愛いです!」

君子「戒さんは、にゃん太郎ちゃん以外の猫ちゃんは飼わないんですか?」

戒「あ、いいえ。本当は何匹でも飼いたいのは山々なんですが、生憎オレに懐いてくれたのがにゃん太郎だけだったんで」

 戒は今までペットショップに行っても、散々猫達に怯えられ、時には威嚇されてしまい、なかなか猫を飼えなかったことを君子に話した。
 君子はそれを苦笑しながら黙って聞いている。

君子〈見た目が怖いからきっとにゃんこ達も警戒しちゃったのね〉

戒「にゃん太郎は野良でした。会社の近くで偶然出会って、そこで餌をやろうとオレが近づいたんです。でも、多分逃げられるだろうなって思ったら、にゃん太郎の奴、自分からオレにすり寄って来てくれて。あの時は本当に嬉しかったなぁ……」

君子「でも、なんでにゃん太郎って名前なんですか? 女の子なのに」

戒「そ、それはですね……当時のオレはオスかメスか全く分からなかったんで、その場の勢いに任せてノリで名前をつけちゃったんですよ」

 君子は目を点にした後、その時の光景を想像して吹き出す。

君子「だからですか。ふふ、私は素敵な名前だと思いますよ」

戒「ありがとうございます。そう言っていただけるとオレも嬉しいですよ。あ、よろしければ君子さんとこのにゃんこ達の画像をいただけませんか?」

君子「そうおっしゃるだろうと思いまして。既に送信済みです」

 戒は送られて来た画像を確認すると、再び破顔する。

君子〈戒さんって、にゃんこの話になると本当に子供みたいになるのね。ふふ、可愛い〉幸せそうに微笑む。

戒「君子さん、今度の日曜はお暇ですか? 以前お約束していた、にゃん太郎の御礼をしたいんですが」

君子「ええ、大丈夫ですよ」

戒「そうですか。なら、次の日曜、君子さんのお宅まで迎えに行きますのでお互いのにゃんこを交えてオレの家で食事をしましょう」

君子「はい。私もにゃんこ達も、にゃん太郎ちゃんと会えるのを楽しみにしてますね」

 二人は微笑み合いながらその日は別れる。

君子〈しかし、この時の私は知る由もなかった。二度とにゃん太郎ちゃんと会えなくなることを〉

■ 君子の会社 夕方

 君子は直属の上司に今日の報告をする為に会社に戻ってきた。
 職場に戻ると、いつもは嘲笑したり陰口を叩いていた同僚達が緊張した面持ちで君子をチラ見していた。

君子〈何だか職場の空気が変わった様な?〉

 君子の前に、いつも嫌味を言って来る女性の同僚が通りかかると、突然顔を蒼白させる。

君子「あの、どうかしましたか?」

女性同僚A「ほ、本田さん⁉ い、いいえ! 別になんでもありません!」

 女性同僚Aは怯えた様子でその場から逃げ去る。
 君子が首を傾げ、他の同僚達に視線を向けると、全員怯えた表情を浮かべて顔を背けた。

君子〈おかしい。皆の様子が変だわ。何かあったのかしら?〉

 君子はそのまま直属の上司Aに会いに行く。

君子「遅くなって申し訳ありません。ただいま戻りました」

 すると、上司Aは君子を見て緊張した表情になり、一度も見たこともない愛想笑いを浮かべた。

上司A「本田君⁉ 今日はそのまま直帰して構わなかったんだよ⁉」

君子「へ? いえ、でも、一度もそんなこと許可されたことはなかったので。それに、新里社長との一件もご報告しなければと思いましたし」

君子〈まあ、大事には至らなかったがトラブルはトラブルなので、私は例の一件を一応報告することにしたのだ〉

上司A「本田君、今日、そんなトラブルは無かった。いいね? だから、君が私に報告することなど何も無いのだよ」

 上司Aは引きつった笑みを浮かべながら脂汗を流した。

上司A「それと、あの愚か者は降格の上、僻地に転勤が決まったと新里社長にはくれぐれもよろしく伝えておいてくれ。いいね? 本当にお願いだからね、本田君……いえ、本田様‼」

 上司Aは哀願するように君子に頭を深々と下げた。
 君子はハッと何かに気付く。

君子〈これが戒さんなりの落とし前のつけ方ってわけね……それにしても、戒さんはなにをやったのやら?〉

上司A「それじゃ、本田君。今日はこのまま上がってくれたまえ」

君子「え? でも、まだ報告書も書いてませんし、まだ18時前じゃ……?」

上司A「何を言っているのかね⁉ これからはちゃんと定刻に帰りたまえ! そして、今後、残業は以ての外だ。分かったね?」

 上司Aはこれ以上、何も聞かずに言う通りにしてくれ、と言わんばかりに顔を歪ませた。

君子「それじゃ、お先に失礼します」

 君子はまだ仕事中の同僚達に申し訳なさそうに挨拶をすると、逃げるようにその場から去る。

■ 君子 自宅 夜

 ベッドで就寝中の君子。
 
君子〈セクハラ上司が左遷されたのも、皆の様子がおかしかったのも、きっと戒さんが何かしたからなのよね?〉

 君子は深く嘆息する。

君子〈蔑まされるのも嫌だけれども、あからさまに恐れられるのも嫌だな……。ますます職場に居づらくなりそう〉

 君子の脳裏に戒の笑顔が過る。

君子〈でも、誰かに優しくされたのっていつぶりだろうか? 多分、戒さんは私の為にしてくれたのよね? なにをしたのかは怖くなるから想像もしたくないけれども〉

 君子は戒のことを想い、幸せそうに顔を真っ赤に染める。

君子〈気持ちは嬉しいけれども、戒さんにはこれ以上何もしないようにってお願いしとかなきゃね〉

 その時、スマホから着信音が鳴り響く。
 時刻は23時。戒からの電話だった。
 君子は慌てて電話に出る。

君子「戒さん、どうかされましたか?」

 電話口から戒のすすり泣く声が聞えてくる。
 戒は電話で何かを呻くように呟いていた。しかし、声が戦慄いていて何を喋っているのか聞き取れない。 
 突然の事態に、君子は戒の名前を強く呼んだ。

君子「戒さん⁉ 何かあったんですか⁉ 返事をしてください!」

戒「にゃん太郎が……にゃん太郎が死にそうなんだ。オレ、どうしていいか分からなくって」涙ぐんだ声。

 君子は戒がパニックになっていることを瞬時に悟る。

君子「戒さん⁉ にゃん太郎ちゃんが危険な状態になっているんですね⁉ 今からいう住所の動物病院に急いで向かってください! そこなら今の時間でもやっていますし、先生は私の知り合いですから!」

戒「あ、ああ、そうだ、早くにゃん太郎を病院に連れていかないと!」

君子「私も今から向かいます! だから、落ち着いて一刻も早くにゃん太郎ちゃんを連れて来てください! 病院には私から連絡をしておきますから!」

 電話を切ると、君子はすぐに動物病院の情報を戒のスマホに送る。
 そして、自身も外出する為に急いで着替えると慌てて外に出た。

■ 動物病院 深夜

 君子が動物病院に向かうと、そこに戒の姿があった。
 戒はボロボロと大粒の涙を零していた。
 彼の両腕には動かなくなったにゃん太郎の姿があった。

戒「にゃん太郎が……オレの家族が死んでしまったよ……」

 戒はそのまま泣き崩れる。
 君子は涙ぐむも必死に涙の氾濫をこらえる。
 そして、大声で泣きじゃくる戒を優しく抱き締めるのであった。

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