この恋は、にゃん友切なく愛しくて 第2話 涙と鉄拳

■ 君子の会社 昼

 君子は頬を染めながらPCの前でボーっとしている。
 
君子〈昨日の出来事が嘘みたい。まさか私が、私が……新里社長とにゃん友になっただなんて⁉〉

● 君子 回想 昨日 自宅近くの公園 夕方

 新里戒は君子の両手をガッシリと掴むと熱い眼差しで見つめる。
 君子は狼狽した様子で顔を真っ赤にしている。

戒「本田さん! 一つお願いがあるんだが、聞いてもらえないか? もしよければ、オレと、オレと……」

君子〈もしかして、私、人生初の交際とか申し込まれちゃう⁉〉興奮した表情で戒を見つめる。

戒「良かったらオレと猫友達にゃん友になってくれないか?」

君子「……へ? 猫友達にゃん友ですか? 何故です?」

戒「実はオレ、常々猫の話題を語り合える猫友達が欲しいと思っていたんだ。でも、オレはこんな風貌で周囲の奴らに怖がられていることは自覚しているから、自分から猫友達を探す勇気も湧かなくて。そんな時に偶然、以前から顔見知りだったあんたが猫好きだって分かったから、それで……」

 その時、にゃん太郎が後を押すように「にゃあん」と鳴く。

戒「これも何かの縁だと思って、オレと猫友達にゃん友になってくれ! にゃん太郎を保護してくれた礼も合わせてするから、頼む、この通りだ!」

君子「あ、なんだ、そんなこと? いいですよ、というか、もう既に私達は猫友達にゃん友ですよ?」

戒「それはどういう意味だ?」

君子「猫好きは例外なく皆友達なんですよ。だから、新里社長が猫好きだって分かった瞬間から私達はもう猫友達にゃん友です!」

 君子は戒の手を上から優しく包み込む様に掴んだ。

戒「い、いいのか? こんなオレと、その、猫友達にゃん友になっても?」

君子「いいも悪いも、もうとっくに猫友達にゃん友なんで。それと、お礼とかは結構ですから」

戒「だが、それだとオレの気が済まない。何か礼をさせてくれ」

 戒は必死な形相で君子の瞳を凝視する。

君子「それじゃあ……またにゃん太郎ちゃんと会わせてくれませんか? うちの猫達とも仲良しになったんで、これでお別れなのは寂しいですから」

戒「そ、それじゃあ、今度、お互いの猫と一緒にオレの家で食事会でもしないか?」

君子「え? 新里社長のお家でですか? よろしいので?」

戒「戒だ」

君子「へ?」

戒「オレ達は猫友達にゃん友なんだろう? なら、親しみを込めてオレの事は戒と呼んでくれ。オレもあんたのことは君子とだけ呼びたい。ダメか?」不安そうな眼差しで君子の眼を覗き込む。

 君子は顔を真っ赤に染める。

君子「OKです! 全然大丈夫です!」

戒「そうか、良かった。なら、これからよろしくな」少年の様な無邪気な笑顔を浮かべる。

 君子は戒の笑顔を見てハートを串刺しにされる幻影を垣間見る。

 回想終了。

 すると、君子は突然、上司Bに怒鳴られる様に名前を呼ばれる。

上司B「本田! 今から打ち合わせに行くから用意しろ!」

 それは上司の中でもパワハラとセクハラ気質で職場の皆からも嫌われている若い男性上司だった。

君子「それって、もしかして、か……新里社長とのですか? あれは来週に予定変更になったんじゃ?」

上司B「愚図は黙ってオレの言うことを聞いていればいいんだよ! いいからとっとと行くぞ!」

君子〈そんないきなり言われても資料の準備とか……〉

 君子は慌てた様子でカバンの中に資料を入れる。
 再度上司Bに怒鳴られ、君子は怯えた様子で返事をして後を追いかける。
 デスクの上には鞄に入れ忘れた資料が取り残されていた。

■ 新里戒の会社 応接間 午後

 君子と上司Bは受付の女性社員に案内され、いつもの応接間に通される。
 二人がソファに座っていると、上司Bはテーブルに足を乗せ、悪態をつき始めた。

上司B「ったく、あの馬鹿社長め、昨日は突然打ち合わせをキャンセルして、今日になっていきなり再度打ち合わせがしたいだなんてよ。ちっとはこっちの都合も考えろってんだよ。な、てめえもそう思うだろ?」

君子〈昨日はにゃん太郎ちゃんを探すのに必死で、戒さんは止むを得ず頭を下げてまで打ち合わせのキャンセルをしたっていうのにそんな言い方はあんまりだわ。誰だって家族がいなくなったら同じことをするはずよ〉

君子「私はそうは思いませんけれども? 新里社長様だって色々とご都合がおありでしょうし、何かやむにやまれぬご事情があったと考えてしかるべきだと思いますが」

 すると、上司Bはあからさまに不機嫌な表情を見せた。

上司B「ああん? 愚図の分際でオレに逆らうのか?」言いながら君子の髪の毛を乱雑に引っ張り上げる。

君子「痛いです! や、止めてください!」

上司B「止めろだぁ? おい、本田。オレに命令するとは随分偉くなったもんだな?」言いながら君子の髪の毛を掴むと乱暴に上下に揺さぶる。

 君子はただ黙って苦痛と屈辱を耐え忍ぶ。
 上司Bは悲鳴を上げない君子に飽きたのか、ふん、と吐き捨てて手を放す。

上司B「何だかいつもと違ってずいぶんと強気だな? さてはお前、男でも出来たか?」

 上司Bは君子の臀部に手を当てる。
 君子は顔を蒼白させた後、恐怖で身体を震わせる。

上司B「図星か? お前みたいな地味女と付き合う男が存在することに驚きだわ。そんで、どんなクソ野郎なんだ、あん?」その手が君子の胸元に伸びる。

君子「や、止めて……ください」

上司B「はん! 勘違いするんじゃねえぞ? 誰が好き好んでてめえみたいな不細工女に触りたいと思うんだよ。これは躾だ。むしろ感謝してもらいたいくらいなんだぜ?」

 その時、ドアが開かれ戒が入ってくる。
 上司Bは慌てて君子から離れると襟を正した。
 
戒「遅れて申し訳ない。この度はこちらの無理を聞いていただき、御足労に感謝いたしております」頭を軽く下げる。

上司B「いえいえ、滅相もございません。新里社長の為ならばいつでも喜んで時間を割かせていただきますよ」

 上司Bと君子は立ち上がり一礼する。
 その時、君子を見た戒の表情が一瞬だけ曇る。
 戒は二人に「掛けて下さい」とだけ言ってソファに座る。
 君子はスーツを正すと、戒から視線をそらした。

上司B「それでは早速打ち合わせを始めさせていただきます。本田、例の資料を新里社長に」

 君子は慌てた様子でカバンから資料を取り出そうとするも、それが無いことに気付き表情が強張る。

上司B「どうした? まさか、資料を忘れたという訳ではあるまいな?」

君子「す、すみません。忘れてしまいました」消え入るような声で呻く。

上司B「おいおい! この愚図が。まともに荷物持ちすら出来ないのか、おい⁉」

君子〈だって、準備する時間ももらえなかったから……〉

上司B「申し訳ございません、新里社長。こいつ、見た目通り愚図で使えないクソ女でして。おい、新里社長に謝罪しないか」

 上司Bは君子の髪の毛を掴み上げると、強引にテーブルに頭を押し付けさせた。

上司B「ほら、新里様に誠心誠意謝罪しろ。お前みたいなクズを部下に持っていると恥ずかしさのあまり死にたくなっちまうよ。さっさと土下座してお詫びしないか!」

君子〈ああ……嫌だなぁ。せっかく猫友達にゃん友になった戒さんにみっともないところを見せちゃった。今日、一緒に来た上司がこの男であることを不運に思うしかないわね。多分、これで戒さんに愛想をつかされちゃったに違いないわ〉

 君子は抵抗することなく床に額をつけようとする。
 その時である。戒の怒声が響き渡った。

戒「おい‼」

上司B「申し訳ございません、新里様。とっととこの愚図にお詫びさせますのでもう少々お待ち願えますか?」

戒「そうじゃねえよ」

 戒は髪を逆立て鋭い眼光を発すると、上司Bの胸ぐらを掴み上げた。
 上司Bは狼狽した表情を浮かべる。

上司B「新里様、な、なにを⁉」

戒「なにをじゃねえだろうが。てめえ、オレの大切な女性に何をしやがる⁉」

上司B「た、大切な女性⁉ ま、まさか、この愚図女のことをおっしゃっておいでで⁉」狼狽する。

戒「また君子さんを侮辱しやがったな? てめえ、覚悟は出来てんだろうな?」

 戒に睨まれ、上司Bは顔を蒼白させる。

上司B「つ、つかぬことをお尋ねしますが、うちの本田とはどういうご関係で?」

戒「何か邪推しているようだがな、ハッキリと教えてやる。君子さんはオレの家族の命の恩人だ! オレの恩人にふざけた真似をして生きて帰れると思うなよ?」

 戒は左手だけで上司Bを持ち上げると、右手を大きく振りかぶった。

君子「止めてください‼」

戒「君子さん、何故止めるんですか? こんなクソ野郎、ぶち殺されて当然です。心配せずとも後始末はちゃんとオレがやっておきますので」再び上司Bを殴ろうと拳を振りかぶる。

君子「いや、ですから、止めてください! もう十分ですから! ほら、見て。もう気絶しちゃってますよ⁉」

 上司Bは泡を吹いて気絶していた。

戒「ふん、情けねえ野郎だ。君子さん、このままコンクリ詰めにして東京湾に沈めちまいましょう」

君子〈冗談……よね? だとしても、これ以上はやり過ぎよ!〉

君子「戒さん⁉ お気持ちは嬉しいですけれどもやり過ぎです。もう離してあげてください」

戒「でも、こいつは君子さんに酷いことをしたじゃないですか? オレの気が収まりません!」

君子「こんな奴の為に戒さんが手を汚すことはないって言っているんです! 私の為にも、お願いですから拳を収めてください」

 君子に懇願され、ようやく戒は拳を収めた。上司Bは乱雑に床に投げ捨てられた。

戒「やっぱり君子さんは優しいんですね? 分かりました。でも、またこのクソ野郎が君子さんに酷いことをしたらその時は遠慮なくオレにおしゃってください。この世の地獄を味わわせてやりますんで」

 君子は顔を引きつらせながら苦笑した。

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