最強の宿屋さん ~九尾のお宿は本日も最強のおもてなしの真っ最中。ただし歯向かう輩には容赦しませんので悪しからず~ 第1話 『要塞精霊タマモ』
■ あらすじ
シュウトは実父の死と共に義母に家を乗っ取られ追い出されてしまう。その後、持病が悪化してこの世を去ってしまった。死の間際、シュウトは謎の少女によって異世界に召喚される。彼女の名は要塞精霊のタマモ。彼女は主なき生きた大要塞ナインテールの魂が具現化した存在であった。タマモはシュウトに契約を持ち掛ける。この大要塞の主となってくれれば新たなる命を与えると。シュウトはタマモと契約を交わし大要塞の主となった。
■ 異世界イアン・カムス ヤクルウン大陸中央 雷轟平原 大要塞ナインテール内部 昼
要塞の周囲を大陸に存在する五大国の大軍勢が取り囲んでいる。
要塞内部には名の知れた高ランク冒険者パーティーや魔族、亜人兵、魔物兵、影兵達など、様々な猛者達でひしめき合っている。彼等は全員戦意旺盛で今か今かと戦いの時を待ち侘びている様子。
■ 要塞内部 司令部
要塞司令部には五人の姿が見える。
大要塞ナインテールの主であるシュウト。
要塞精霊のタマモ。
勇者アリア。
魔王ルスト。
大地の女神シリィ。
シュウト「いよいよこの時が来た。皆、最後の決戦だ!」
シュウトの言葉に、他の四人は力強く頷く。
シュウトは魔力を放出し、床に魔法陣を錬成する。
シュウト〈ボクに与えられた『錬金創造』と『要塞マスター』のスキルで、家族は必ず守って見せる。例え相手が世界そのものだったとしてもだ!〉
シュウト「スキル『錬金創造』にて魔神グレンザムを錬成召喚! 『要塞マスター』の権限を持って、大要塞ナインテールに命じる。敵を滅ぼせ!」
次の瞬間、巨躯を持つ魔神グレンザムが召喚されるのと同時に、要塞に備え付けられた九つの要塞砲が火を噴き轟音が響き渡った。
シュウトとその家族達と世界を相手にした一大決戦の火蓋が切って落とされた。
時間は遡る━━。
■ 地球世界 日本 シュウトの実家 豪邸の外 門前 夕方
怒声が響き渡り、シュウトは義理の兄に殴り倒される。
義母「もうここにお前の居場所は無いのよ。目障りだから早く消えてちょうだいな、シュウト君?」
シュウト「お父さんが亡くなったからって、僕にもこの家に住む権利があるはずです! 血が繋がっていなくても、僕達は家族じゃないんですか⁉」
義母「家族、ですって?」
義理の家族達は嘲笑を浮かべる。
義兄「何故赤の他人であるお前を住まわせなきゃならんのだ? もっと痛い目を見なければ分からんようだな?」
義兄はそう言いながら、シュウトの顔を蹴り上げる。
シュウトは血反吐を撒き散らしながら後ろに吹き飛ばされる。
義姉「お馬鹿なシュウト君。御義父様が亡くなった時点で、もう君は私達の家族でも何でもなくなってしまったのよ? だから、諦めてとっとと何処かで野垂れ死にしてくれないかしら? どうせ、もう長くはない命なんだしね」
義理の家族達の嘲笑が響き渡る。
シュウトは全てを諦め、立ち上がるとふらついた足取りでその場から立ち去った。
■ 同 公園 夜
公園のベンチに座り込むシュウト。
シュウト〈僕、これからどうすればいいんだろう?〉
シュウトの脳裏に、義理の家族達と過ごした記憶が過る。
物心つく前に実母は死去。
その後、資産家だった実父は再婚し、自分に義理の家族が出来た。
しかし、シュウトは長年、義理の家族達から虐待を受けて過ごして来た。
実父は仕事にかまけ、実の息子を微塵も顧みない人物。
その実父が先日事故死し、結果、家を乗っ取られたシュウトは家を追い出された。
シュウトはズボンのポケットから薬袋を取り出す。
中身は空だった。
シュウト〈薬が無くなったら、僕はもう……〉
その時、雨が降り始めた。
雨に当たりながら、シュウトは地面に倒れこむ。
シュウトの脳裏に、顔の分からない亡き母の姿が過る。そして、もしかしたら存在していたかもしれない兄弟達の幻影も。しかし、そこに実父の姿は無い。
シュウト〈あれ? お父さんの顔って……?〉
実父の顔を思い出せないことに気付き苦笑する。
シュウト〈家族が欲しかったな……〉
そう呟き、シュウトは目を閉じた。
心臓の鼓動はそれと同時に静止した。
その瞬間、シュウトの身体は光に包まれた。
■ 異世界イアン・カムス 大要塞ナインテール 内部 昼
???「目覚めよ、小僧」
シュウト〈女の人の声? わっぱって、もしかして僕のこと?〉
シュウトは目覚めると、ゆっくりと起き上がる。
目の前に巫女服を着た女性の姿が。
シュウト「君は、誰? そしてここは何処なの?」
シュウト、周囲を見回す。そこはどう見ても廃屋同然の荒れ果てた部屋。
タマモ「儂の名はタマモ。ここ大要塞ナインテールの魂核である要塞精霊のタマモじゃ。よろしゅうな、我が主様よ」
シュウト「要塞? コア? 要塞精霊? あの、君の名前以外チンプンカンプンなんだけれども?」目を点にして首を傾げる。
タマモ「あー、そうじゃのう。いきなり色々言われても理解が追い付かぬか。どれ、儂とお主の魂魄をリンクさせようかの」
タマモはそう言いながら、右手をシュウトの胸に置く。
タマモ「少しビリっとするが我慢いたせ」
タマモは右手でシュウトの胸を貫いた。
突然のことに驚き慌てふためくシュウト。
シュウト「し、死んじゃうよ⁉」
タマモ「落ち着け! 一切肉体は傷つけておらん!」
シュウト「 あ、あれ? 本当だ。全然痛くないや」
タマモ「今、直接お主の魂魄に触れながらこちらの世界の情報を送っている最中じゃ。しばし待つがよい」
次の瞬間、シュウトの頭の中に膨大な情報が流れ込んで来る。
異世界イアン・カムスの一般常識や世界情勢。
そして、ここが世界で五つある危険地帯の一つ『雷轟平原』内に存在する生きた大要塞ナインテールであることを知る。
シュウト「異世界イアン・カムス……⁉ タマモ、僕は異世界に召喚されたの⁉」
タマモ「偶然、冥界に漂っている魂をひっ捕まえたらお主だったというだけの話じゃよ」
シュウト〈冥界に僕の魂が漂っていただって? それってつまり、僕はあの時死んでしまったということか〉
シュウト「それで、僕に何をしろっていうの?」
タマモ「お主にはこの大要塞ナインテールの主になってもらう。拒否することは許さぬ。拒絶は死と同意と考えるがよいぞ」
シュウト「いや、別にそれはどうでもいいんだけれども。何でわざわざ異世界から僕を召喚してこの要塞の主にしたいんだい? その理由がさっぱり分からなくて」
タマモ「この要塞は生きておる。儂こそが要塞そのものであり、要塞が儂そのものであると言っても過言ではない」
シュウト〈生きた要塞? まずその部分が理解出来ないんだけれどもな〉
タマモ「先代の主様が亡くなり、魔力と魂魄の供給が不可能になってしまっての。それで今ではこの大要塞も補給を受けられず荒れ放題になってしまっておるんじゃよ」
シュウト「この要塞を維持していく為には誰かが主となって何かの力を要塞に与え続けなければならないってことで良い?」
タマモ「有り体に申せばそういうことじゃな」
シュウト「じゃあ、何で僕なの? それならこっちの世界の人間でもいいわけで。わざわざ異世界の人間を召喚する意味が分からないんだけれども?」
タマモ「この大要塞ナインテールの存在意義だがの。この世界の人間どもをあそこに行かせない為にあるのじゃ」
シュウト「あそこって?」
タマモ「禁地じゃよ。この大要塞の下には禁地に繋がる大迷宮が存在しておる。もし誰か一人でも禁地に入ってしまったなら、世界が崩壊すると言われておるのじゃ」
シュウト「物騒な話だね?」
タマモ「この大要塞は創世神によって創られ、神話の時代より存在し続けておるのじゃ。そして創世神はこの大要塞ナインテールの魂核として儂を創り魔力の補給源として異世界人を主にするように定めた」
シュウト「うん、そこだよ。事情は理解出来たけれども、どうして主になるには異世界人である必要があるの?」
タマモ「答えは簡単じゃ。創世神は己の世界の人間を何よりも愛している。だから死ぬと分かっていてここの主になどさせるわけがなかろう?」
シュウト〈おや? 今、何かとんでもないことを言わなかった?〉
タマモ「大要塞は維持の為に魔力を必要とし、支配する為に魂魄を必要とするのじゃ」
シュウト「要は生贄になれってことだね?」
タマモ「隠すつもりは無い。儂がお主に求めるのはまさしくそれじゃよ。じゃが、それが分かったとて、お主に拒否する権利は……」
シュウト「喜んで御受けします」
予想外の反応に、タマモは少々動揺の色を顔に浮かべる。
タマモ「は、はいい? お主、何故笑顔なんじゃ?」
シュウト「だって僕に拒否する権利は無いんでしょう? それに……」
タマモ「何じゃ?」
シュウト「あっちの世界に僕の居場所は無いんだ。むしろ僕に存在意義を与えてくれて感謝しているくらいだよ」
タマモ「……お主、どうして死んだのか分かっているのか?」
シュウト「ああ、実は……」
シュウトは自分の住んでいた世界で降りかかった出来事をタマモに話した。
タマモはプルプルと身体を震わせながら、顔を怒りに塗れさせた。
タマモ「何という外道共じゃ!? 許せん。儂があっちの世界に行ってぶちのめしてくれるわ!?」
すると、シュウトは唖然とした後、嬉しそうに微笑んだ。
タマモ「お主、何を笑っておる? 悔しくはないのか? その偽者の家族共に復讐したいとは思わぬのか⁉」
シュウト「タマモ、ありがとう」
タマモ「何故、そこで礼を申す?」
シュウト「赤の他人の君が僕のことで怒ってくれた。それだけで満足だよ」
タマモ「い、いや! 別にお主の為じゃないし⁉ ただ儂が気に食わんだけじゃ!」
シュウト「それで、この要塞の主になるにはどうすればいいの?」
タマモ「儂と魂魄で繋がり契約を交わせばそれで終いじゃ」
タマモはそう言いながら、再びシュウトの胸に右手を置く。
タマモ「早速やるとしようか。覚悟はよいか?」
シュウト「いつでも」
シュウトの返事を聞くのと同時に、タマモは魔力をシュウトの体内に流し込む。
魔力を流し込まれたシュウトは、そこでタマモと魂魄が結合する感覚を味わう。
全ての魔力が流し込まれた後、タマモは少し疲弊した表情を浮かべた。
タマモ「これで契約は完了じゃ。これからよろしゅうな、主様よ。いや、シュウトと呼んだ方がよいか?」
シュウト「あれ? 僕、名乗ったっけ? って、そうか。僕達は魂が繋がっているんだったね。今なら分かるよ。タマモ、君を間近に感じる。そして、この要塞と同化したことも分かるよ」
タマモ「お主はこの大要塞ナインテールの主となった。思うだけで自由自在に要塞を操ることが出来るぞ」
シュウト「それで、僕の仕事って要塞に魔力を供給することだけ?」
タマモ「それは義務じゃ。仕事は他にあるぞ。お主の仕事はこの要塞に近づくものを片っ端から消し去ることじゃ」
その時、シュウトは何かを感じ取る。
シュウト「タマモ。何かが近づいて来るのが分かる。これは敵?」
シュウトは意識を外に飛ばし、そこで数千ものモンスターの群れが近づいて来るのを確認する。
タマモ「要塞に近づく者はすべからく敵じゃ。じゃが、今近づいているのはただのモンスターの群れじゃな。たまに何も知らんモンスターの群れがこの要塞にちょっかいをかけてくるんじゃよ」
タマモは何かを閃く。
タマモ「シュウトよ。試しに要塞砲を一つぶっ放してみよ」
シュウト「いきなりかい⁉」
タマモ「何事も慣れじゃ。いいからやるのじゃ。きっと気持ちよいぞ?」
シュウトは意識を集中する。
要塞砲の一つと意識がリンクする。
シュウト「要塞第一砲塔『九尾魔炎砲』発射!」
シュウトが叫ぶのと同時に、要塞主砲の一つが火を噴いた。
次の瞬間、爆音と共に数千ものモンスターの大群は消滅した。
あまりの威力に唖然となるシュウト。
タマモ「ほう、どうやら完全にリンク成功したらしいの。改めて、これからよろしくな、主様よ」
シュウト〈僕、もしかして、とんでもないことに巻き込まれちゃったのかな?〉
シュウトは蒼白しながら心の裡で呟くのだった。
■ 魔王城
勇者アリアと魔王ルストが対峙している。
アリア「魔王ルスト、覚悟!」
ルスト「滅せよ、勇者アリア!」
勇者アリアと魔王ルストの攻撃が衝突し、凄まじい衝撃波が放たれた。
■ 雷轟平原 近くの森 夜
とある冒険者パーティーが森の中を進んでいる。
男A「今日はこの辺で野営して明日の迷宮探索に備えるとしようか」
男B「でもここは『魔獣の森』と呼ばれている危険地帯だぜ? もう少し安全な場所まで移動した方がいいと思うが」
女A「何を言っているのよ。ここが一番安全な場所なのよ? あの『大要塞ナインテール』より魔獣の方が百倍マシよ」
女B「あ、それなんだけれども、ちょっと噂を聞いたの」
男C「噂? もしかして例の『宿屋』のことか?」
女B「そう。かの大要塞ナインテールの近くにいつの間にかこじんまりとした宿屋が建てられていて何やら『おもてなし』っていう極上の接待をしてくれるそうよ」
男D「それってマジ話なのかな? 魔物か何かが化けて冒険者や旅人を誘い込んで食い殺しているって噂もあるが」
男A「面白い。なら、今から行って確かめてみるか」
男D「マジかよ⁉」
男A「もし宿の主が魔物なら討伐すればいいだろう? もしかしたら財宝を貯め込んでいるかもしれないし。そうなったら迷宮に潜るよりは安全だし稼げると思うが、どうする?」
仲間達は逡巡の後、一斉に頷いた。
男A「決まりだな」
■ 同 九尾のお宿 夜
冒険者パーティーが噂の場所に行くと、そこには一軒の小さな宿屋が見えた。
男A「噂は本当だったのか?」
すると、宿の方から食欲をそそる匂いが漂って来る。
思わず冒険者達は唾を飲み込む。
男A「皆、油断せず中に入るぞ?」
男Aの言葉に頷くと、彼等は宿のドアを開けて中に入った。
中に入ると、メイド服姿のタマモが冒険者達の前に現れる。
タマモ「何じゃ、お客様かの?」
男A「ここは……?」
タマモ「九尾のお宿という名の宿屋じゃ。まずは答えよ。お主らはお客様か敵なのか?」
男A「可能なら宿泊を希望したいのだが?」
タマモ「ならばお客様じゃの。いらっしゃいませなのじゃ! ようこそ九尾のお宿へ。ささ、こちらに参られるがよいぞ」
冒険者達はタマモに食堂まで案内される。
タマモ「お部屋にご案内する前にお食事はいかがかの?」
男A「ああ、お願いする」
タマモ「なれば席で待っているがよいぞ」
タマモはそう言うと、厨房に行く。
女A「ねえ? 流されるがままに食卓に着いちゃったけれども、このままでいいの?」
男A「もちろん油断はするな。もし食事に毒でも入っているなら即座に動くぞ」
男Aの言葉に、他の冒険者達は力強く頷く。
すると、タマモがお盆を持って現れる。
タマモ「まずは食前酒でもいかがかの? 酒が駄目な者には果実水もあるぞ」
冒険者達の前には各自お銚子とおちょこが置かれる。
男A「これは?」
タマモ「おちょこという酒を注ぐ器じゃ。一献どうぞなのじゃ」
タマモはそう言いながらお銚子を持ち、男Aのおちょこに酒を注ぐ。
男A「これは酒なのか? 甘くて良い香りはするが透明で水の様にも見えるが?」
タマモ「それは日本酒と言ってな、果実酒や麦酒とは違って『お米』という穀物で出来た酒じゃ。ささ、グイッと一杯行くがよいぞ」
男Aは恐る恐るおちょこに注がれた酒を口に含める。
男A「う、美味い!? この豊潤で甘みのある味わいは何だ!? 果実酒とは違ってえぐみも何も無くて飲みやすいぞ!?」
タマモ「意外とアルコール度数は高いからの。飲み過ぎには注意じゃ」
他の冒険者達も恐る恐るおちょこを口に運ぶ。彼等も男Aと同様の反応を示す。たちまち破顔する。
女A「この果実水も美味しいわ!? もしかして搾りたて!?」
そこにシュウトがサービスワゴンを押して入って来る。
シュウト「いらっしゃいませ、お客様方。僕はこの九尾のお宿の主であるシュウトと申します。これから皆様に精一杯『おもてなし』をさせていただきます」
そう言いながら、シュウトはワンプレートに盛りつけられた料理を各自に配膳していく。
ワンプレートに盛りつけられたのは和食。彩が鮮やかで冒険者達は感嘆の声を洩らした。
シュウト「こちらは全て僕の故郷の郷土料理になります」
メニュー一覧『ナス田楽 クルミ豆腐 茶碗蒸し 野鳥の串焼き 川魚の照り焼き キノコ汁 炊き込みご飯』
冒険者達は最初は恐る恐る料理を見ていたが、遂には我慢しきれなくなり料理に手を伸ばしていく。
そして、一口料理を口に入れた瞬間、全員が「美味い!」と叫んだ。
冒険者達は警戒心を解くと、心から食事を楽しみ始めた。
シュウト「お食事が済みましたらお部屋までご案内させていただきますね。あと、外には露天の温泉もございますのでご自由にご利用ください」
女A「温泉もあるの⁉」
タマモ「風呂はちゃんと男女に分けておるから安心してご利用されるがよいぞ」
女B「ここはもしかして天国?」
その後、冒険者達は温泉を堪能した後、部屋に行くと布団に入り静かな寝息を立て始めるのであった。
■ 同 九尾のお宿 食堂 深夜
シュウト「タマモ、今日も『おもてなし』お疲れ様でした」
シュウトはタマモにお茶を淹れてやる。
タマモ「やれやれ、要塞精霊使いの荒い主様じゃよ」
タマモは湯吞みを置くと、シュウトを見ながら嘆息する。
タマモ「一時はどうなるかと思ったが、このまま行けば何とかなりそうじゃの?」
シュウト「経験値はどのくらい貯まった?」
タマモ「あとちょっとで次の段階にレベルアップ出来そうじゃ。この調子で行けば一年以内には元の姿に戻れそうじゃの」
N〈時間は一ヶ月前に遡る━━〉
■ 大要塞ナインテール内部 夕方 一ヶ月前 契約直後
タマモ「そうじゃ、一つ言い忘れておった。ステータス画面を開いてみよ」
シュウト「ステータス画面?」
タマモ「ステータスオープンでも、開けゴマでも何でもよい。開けと念じるだけで目の前に青白い画面が現れる。試しに念じてみよ」
シュウト「ステータスオープン」
シュウトが呟くと、目の前に青白い画面が現れる。
タマモ「その青白い画面にはお主の能力が記されておる。儂がお主に授けたのは『要塞マスター』のスキル。この大要塞ナインテールを支配することが出来る能力じゃ」
シュウト「あ、本当だ」
タマモ「それ以外にも転生のギフトとして一つスキルが付与されているはずじゃよ?」
シュウトが確認すると、もう一つ『錬金創造』というスキルが記されていた。
シュウト「錬金創造? どんなスキルなんだろう?」
スキル説明文『記憶にあるものなら何でも錬金錬成して召喚することが可能。無機物、生物を問わず。ただし別途触媒が必要』
シュウト「何でも錬成することが可能だって?」
その時、シュウトの腹が鳴る。
シュウト「よし、試しに食べ物でも錬成してみようか」
シュウトは頭にハンバーガーを想像する。
シュウト「錬金創造。ハンバーガーを錬成召喚する!」
その時、目の前に警告メッセージが出現する。
警告画面『錬成には触媒が必要です。獣肉と小麦粉が必要。ただしソウルポイントを消費すれば触媒無しでも錬成可能です。残存ソウルポイントは50Pにです。錬成に必要なソウルポイントは1Pになります』
シュウト〈ソウルポイントってなんだろ?〉
シュウト「まあいいや。それじゃ、2P使ってハンバーガーを二個錬成召喚する」
シュウトがそう言うと、目の前にハンバーガーが二個出現する。
シュウト「はい、タマモもどうぞ」
タマモ「何じゃ、これは?」
シュウト「ハンバーガーっていうボクがいた世界じゃポピュラーな食べ物だよ」
タマモ、一口ハンバーガーをかじると、瞳を輝かせる。
タマモ「美味い! こんなに美味いものは初めて食べるぞ⁉」
その時、天井から瓦礫が落ちて来る。
要塞内は長らく魔力の供給を断たれていた影響で何処もボロボロな状態。
シュウト「要塞内は酷い状態だね?」
タマモ「主が不在の間、要塞は魔力の補給も無く荒れ放題じゃ。でも大丈夫、お主が魂魄を捧げてくれればきっと元の大要塞ナインテールに蘇るはずじゃよ」
シュウト〈要塞マスターのスキルがボクに告げている。この要塞の寿命はもう尽きかけている。いくらボクの魂魄を要塞に注ごうともただの延命処置にしかならない。ならばいっそのこと……〉
シュウト「それなんだけれども。一度この要塞を無に帰そうと思っているんだ」
タマモ「貴様、何をほざくか!? 無に帰すじゃと? それってつまり儂を屠るってことか!?」
シュウト「嫌だなぁ、人聞きの悪い。要塞と同化したからこそ分かったことがある。もうこの要塞の命脈は尽きている。これ以上の延命措置は無意味だ」
タマモ「お主、今、何を言っているか分かっておるのか? 死にたいなら申せ。儂が千裂きにしてくれようぞ」
シュウト「タマモ、君も分かっているんだろう?」
タマモ「うるさい、うるさい、うるさいうるさい、うるさい!!! そんな話は聞きとうないぞ!?」
シュウト「いいや、黙らないよ。だってここはもう僕の家でもあるんだから。そしてタマモ、君は僕の大切な家族なんだからね。家族が苦しんでいるのを黙って見過ごすわけにはいかないよ」
タマモ「家族じゃって? お主、何を言っておる?」
シュウト「同じ家で暮らすんだ。それってもう家族と同じじゃないかな? さしずめタマモは僕のお姉ちゃんってところかな?」
タマモ、顔を真っ赤に染める。
タマモ「は、はあ⁉ へ、変なことをぬかすな!」
シュウト「僕は至って真面目だよ。だからタマモ、一度この朽ちかけた要塞から君の魂核を切り離して生まれ変わってみないか?」
タマモ「生まれ変わるじゃと?」
シュウト「この要塞が生命体であるならば、生まれ変わることも可能だと思うんだ。君と魂で繋がっているからこそ分かるんだ。この要塞は生まれ変わりたいと思っているってね」
タマモ、黙りこくると悩むように唸り声を洩らす。
タマモ「もし生まれ変わったとして、番人としての使命は果たせるのかの?」
シュウト「この要塞は長い間人々から恐れられ続けて来たんでしょ? なら、半年やそこらなら時間的にも余裕があると思うんだ。周囲に気付かれる前に成長して元の要塞の姿に戻ればいいのさ」
タマモ「そうか。多少異変が起きたとしても、人間どもにはこちらの事情は分からぬ。しばらくの間は他国の軍勢が攻め寄せる心配は無いということか」
タマモは考え込む仕草を見せた後、決意した眼差しでシュウトを見つめた。
タマモ「了解した。主様の思う通りにせよ」
シュウト「分かった。なら大要塞ナインテールの主が命じる。朽ちかけた身体を放棄し、魂核を切り離し生まれ変わるんだ!」
シュウトがそう言うと、タマモの身体が光り輝く。
それと同時に要塞も淡い柑子色の輝きを発する。
しばらくの後、要塞から光が消えた。
タマモは辛そうに顔を歪めると、一筋の涙を流す。
タマモ「長い間、御苦労じゃったの。ゆるりと休むがよいぞ」
タマモはそう呟き、泣き崩れた。
■ 同 要塞の外 夜
シュウトとタマモの二人は要塞から離れた魔獣の森の近くまで来ていた。
シュウト「ここに新しい家を作ろうと思うんだ」
タマモ「ここで良いのか? 元の場所から大分離れておるようじゃが?」
シュウト「しばらくの間は要塞の残骸が周囲の目を引いてくれるだろう。その間にここで新しい魂核を育てようと思うんだ」
シュウトはそう言うと、光り輝く玉━━要塞の魂核を取り出す。
シュウト「ここで魂核を育てた後、元の要塞に魂核を戻せば大要塞ナインテールは蘇る。タマモ、ボクを信じて力を貸してくれるかい?」
タマモ「全て主様に御任せするのじゃ。しかし楽しみじゃの。新しい要塞はどんなんじゃろうな? 赤ちゃんじゃから小城かな? それとも砦にでもなるんじゃろうか? ワクワクなのじゃ」
シュウトは地面に穴を掘ると、要塞の魂核をそこに埋める。
シュウト「大要塞ナインテールよ、新たなる命を芽吹かせよ」
シュウトが呟くと、魂核を埋めた地面から芽が出てくる。そして、それは一瞬で大木になると一軒の建造物に姿を変えた。
そこに現れたのは一軒の宿屋だった。
シュウト「よし、完成したぞ! 今日から君の名前は『九尾のお宿』だ。これからよろしくね」
タマモは驚愕のあまり絶句している。
タマモ「こ、こ、これは何なんじゃ⁉」
シュウト「もちろん、新しい僕達のお家だよ?」
タマモ「どう見てもただの宿屋ではないか!?」
その時、タマモは自分自身の身体が小さくなっていることに気付く。19歳の外見から10歳程度の幼女に変化していた。
タマモ「儂、幼女になっておる⁉ まさか、本体の要塞が幼体に生まれ変わったことで儂も幼女化してしまったのか⁉ ど、どうしてくれるんじゃあ⁉」
シュウト「姉が妹になっても、ボクは一向に構わないけれども?」
タマモ「儂が構うんじゃああああああ⁉ 儂のないすばでぃを返せ!」
暗闇に包まれた魔獣の森にタマモの絶叫が響き渡った。
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