最強の宿屋さん ~九尾のお宿は本日も最強のおもてなしの真っ最中。ただし歯向かう輩には容赦しませんので悪しからず~ 第2話 『勇者と魔王』

■ 魔獣の森 夜

 二人の少女が息を荒らげながら歩いている。

アリア「大丈夫、ルスト?」

ルスト「うん、大丈夫……きゃん!」石に躓いて転ぶ。

アリア「言わんこっちゃない。ほら、あたしの手につかまって」

ルスト「ごめんね、アリアちゃん」泣きそうになりながらアリアの手を掴んで立ち上がる。

アリア「ルスト、もうちょっとの辛抱よ。あともう少しで『九尾のお宿』に到着する。そうすればきっと、私達をかくまってくれるはずだから」

 二人の目指す先には九尾のお宿があった。

■ 九尾のお宿 朝

 宿の外をホウキで掃除中のシュウトとタマモ。

タマモ「何で要塞精霊たる高位次元存在の儂がこのようなことをせねばならぬのじゃ?」

シュウト「おもてなしの基本は掃除だよ?」

タマモ「そもそも何なんじゃ、その『おもてなし』とやらは?」

シュウト「一言で『真心』かな?」

タマモ「あー、面倒じゃな。要塞精霊に真心なんぞ必要ないわい。必要なのは微塵も躊躇せずに侵入者を屠る鋼の精神じゃよ」

シュウト「それはそれ、これはこれ。僕だってその時が来れば家と家族を守る為に非情に徹するつもりだよ?」

タマモ「まあ、やることをやってくれれば儂に異論はない。じゃが、本当に『おもてなし』をし続ければ儂は元の大要塞ナインテールの姿に戻れるのかの?」

シュウト「要塞の魂核が言っていたんだ。僕の心が成長すればそれだけ要塞自体の成長も早まるって。だからそれには幼生体には小城や砦ではなく『宿屋』が一番だと判断したんだ」

タマモ「儂は今でも全ての決定権を主様にくれてやったことを後悔しておるぞ? まさか要塞の幼生体にそのようなチンケなものを選ぶとは思いもせなんだ」

シュウト「まあ、騙されたと思ってしばらくは付き合ってよ。タマモだって早く経験値が貯まった方がいいでしょう?」

タマモ「まあ、の。もし結果が伴わなんだら、とっくにそのそっ首を斬り落として次なる主を探しておったわい」

シュウト「昨日の冒険者さん達のおかげで大分経験値が貯まったんだっけ? それじゃ、今晩もお客さんが来たらレベルアップ出来るかもね」

タマモ「しかしの、意外じゃったわい。このような危険地帯に建っている宿屋に客が毎晩訪れるなどとはの」呆れたように嘆息する。

シュウト「元々、この近くにある街道は軍隊以外は通行可能だったんでしょう? 商隊や冒険者達は頻繁に街道を通行しているって話を聞いて、これはいける! と思ったんだ。危険地帯だからこそ、一晩安心安全に休める場所は誰もが欲しがるものだからね」

タマモ「結果論ではないのかの?」

 シュウト、ギクッとした表情を浮かべる。

タマモ〈マジか、こやつめ〉眉をしかめる。
 
 すると、二人の前に小さな人影が近づいて来る。
 気配に気付き、タマモは人影の方に眼光を放った。
 見ると、そこにはローブを纏った二人の幼い少女の姿があった。

シュウト「おや? お客様ですか?」

少女A「すみません! どうかお願いします。あたし達をここで雇ってもらえませんか!?」

少女B「お、お願いします!」

 シュウトとタマモは目を点にしてお互い見つめ合う。

■ 同 九尾のお宿 食堂 朝

 シュウトとタマモは二人の少女を食堂に連れて来た。

アリア「紹介が遅れました。あたしの名前はアリア。こっちの小っちゃいのがルストっていいます」

ルスト「は、初めまして、る、ルストと申します!」慌てた様に頭を下げる。

 ルストの身長は頭一つ分アリアより小さいが、それでもアリアの身体も小柄な部類。

シュウト〈僕からしたら、どっちも小っちゃいんだけれどもな〉

シュウト「それで、どうして君達はここに来たの?」

アリア「それはその……ここならあたし達を雇ってくれるかもって思ったから!」

 タマモは二人の顔をマジマジと見回す。

タマモ「お主ら、何処ぞで見た顔じゃの?」

 二人は焦ったように顔を青ざめる。

シュウト「別にここじゃなくても他に雇ってくれるところはあるんじゃないかな? 魔獣とかもいるし君達にここは危ないと思うんだけれども?」

アリア「それは大丈夫! あたしもルストも足、速いですから! 魔獣からも余裕で逃げられます!」

ルスト「はい! よく躓いて転びますけれども大丈夫です!」

シュウト〈多分大丈夫じゃないな?〉

 その時、タマモは何かを感じ鋭い眼光を発する。
 シュウトも何かに気付き、視線を窓の外に送る。

タマモ「お客様……ではなさそうじゃの?」

シュウト「数は三十人。全員武装しているって当たり前か。どうやら冒険者みたいだけれども……?」

 シュウトの呟きにアリアとルストは反応する。

アリア「ちっくしょう! あいつら、もうここを嗅ぎつけて来たのか!?」

 アリアは立ち上がると外に出ようとする。

タマモ「小娘、今出て行っては危ないぞ?」

アリア「ごめんなさい! あいつらの目当てはあたし達なんです」

シュウト「何かわけがあるみたいだね?」

 その時、タマモは何かを思い出し声を上げる。

タマモ「思い出した。お主ら、勇者アリアと魔王ルストではないか!?」

 アリアは引きつった表情を浮かべる。

シュウト「この娘達が勇者と魔王だって? そんなまさか……って本当なの?」

 アリアはただ黙って佇んでいる。

タマモ「魔王といっても、その小娘の中には魔王の魂は存在しておらん。今はただの抜け殻じゃよ」

アリア「そうなんです! ルストはただ今期の『魔王災害』で魔王に選ばれただけで、今では普通の女の子なんです!」

シュウト「どういうこと?」

タマモ「この世界では二十年の周期で魔王の魂が地上に降臨し、子供に憑依するんじゃ。一定の周期で魔王が甦って地上世界に被害をもたらすことから『魔王災害』と呼ばれておる。それで、今期の魔王災害にて魔王に選ばれたのがそこのルストで、勇者に選ばれたのがアリアなのじゃ」

アリア「でも! 魔王の魂はあたしがやっつけたから、ルストはもう魔王じゃない!」

タマモ「ああ、分かっておるよ。でも、ただの抜け殻であっても魔王であった事実は変わらぬ。魔王に選ばれた者は確実に殺される。それは逃れられぬ運命なんじゃよ」

シュウト「となると、外にいる奴らはルストの命を狙ってきたってこと?」

アリア「違う。あたしとルストの二人の命をだよ」

ルスト「アリアちゃんは私を助ける為に反逆者になってしまったの。ごめんなさい、私なんかの為に」

アリア「ルストのせいじゃないよ? あたしがルストを助けたかったから勝手にやっただけ」

タマモ「さてはお主、ここなら身を隠せると思って来たんじゃな?」

アリア「お願いします! あたしはどうなっても構いません。どうかルストだけでもここに置いてもらえませんか?」

ルスト「アリアちゃん、嫌だよ。私、アリアちゃんと一緒じゃなきゃ嫌!」

シュウト「なら、二人に提案がある。君達、僕の家族にならないかい?」

アリア「ふえ? 家族?」

 タマモは驚きの声を上げる。

タマモ「お主、正気か!? 自ら厄介ごとを引き入れるつもりか!?」

シュウト「家族になってくれれば、僕が君達を守る理由が出来る。残念ながらお父さんとお母さんはいなくて、お兄ちゃんとお姉ちゃんしかいないんだけれどもね?」

アリア「あの、いいんですか?」

シュウト「いいも悪いも無いよ。後は君達次第だ。それに、家族にならなくても君達を見捨てる選択肢は僕には無い。どの道助けてあげるから、安心して決めてくれ」

 すると、アリアとルストはお互い見つめ合うと頷いた。

二人「お願いします。家族にしてください!!」

シュウト「ようし! タマモ、大切な家族を守る為に宿の防衛システムを起動するよ!」

タマモ「ああ、もう! こうなったらヤケじゃ! やってやるわい!」

■ 同 宿の外

 三十人の冒険者達が宿を取り囲んでいる。
 そこにタマモが転移魔法で姿を現す。

タマモ「一応警告しておく。このまま退けばよし。さもなくば皆殺しじゃぞ?」

男A「なんだ、貴様?」

タマモ「警告はした。後は主らの責任じゃぞ」

 次の瞬間、宿の屋根が開くと、中から魔導ガトリング砲が現れる。
 それを見ても状況を理解出来ず呆然となる冒険者達。

タマモ「九尾のお宿、防衛モード起動。敵を殲滅するのじゃ!」

 タマモの叫びに呼応するかのように、魔導ガトリング砲が火を噴いた。
 一秒間に百発もの魔法弾が冒険者達に放たれる。
 魔法弾を受けた冒険者達は為す術も無く身体を貫かれ消滅していく。

男A「何だ、このふざけた魔法攻撃は!? 消滅効果も付与されていやがるのか!?」

男B「魔法防御も効果がねえ!? ダメだ、防げな……!?」

 三十人の冒険者達が殲滅するまで十秒もかからなかった。
 後には死体どころか肉片すら残ってはいなかった。

タマモ「フフ、何じゃ何じゃ。下手な小城よりもよっぽど質が悪いではないか」にたぁ、とほくそ笑む。

■ 数日後 九尾のお宿 夜

 宿は宿泊客で賑わう。
 そこにはメイド服姿で元気一杯に働くアリアとルストの姿が。

N〈今宵も九尾のお宿は大賑わい〉

N〈新たな家族を迎え、九尾のお宿は更なる進化を遂げようとしていた〉

■ 大要塞ナインテール残骸 夜

 指令室に淡い光が現れる。
 光が大きくなると、人の形になって弾ける。
 そこに、タマモと瓜二つの少女の姿が現れる。

謎の少女「バックアップコア、起動確認。これより人類殲滅プログラムを開始します」
 

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