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愛されるために「かわいい」を使い倒す時

「なあ、聞いてよ。うちの息子の反抗期が酷いのよ…。」
年配男性のHさんがメソメソしながら私に話しかけて来る。
私は「またか!」と呆れながらも、つい「そうなんですね…。」と話を聞いてしまう。無視したい。Hさん、話長いし。
でも、無視すると罪悪感がつのる。なぜなら、この年配男性Hさんはいつも聞いてほしい事があると泣きマネをするからだ。
大手企業で役員をやっているHさんは全身全霊で哀れっぽい雰囲気をまとって話しかけて来る。
社会的なステータス、高額なお給料、幸せなそうな家族、都心のマイホームと、全てを手にしているリアル勝者なのに!
この可哀そうアピールを無視できるほどの鋼のメンタリティを持った強者は、私の周りにはおらず、私を含め、3~4人がHさんを囲んでたっぷり2時間ほどHさんの愚痴を聞きながら酒を飲む。
Hさんはちびりちびりと日本酒を舐めながら、一通り愚痴を言い終えると、「スッキリした~。ありがとうな。」と、子どものような笑顔で一人一人に礼を言うのだ。
さすがは大企業の役員まで登り詰めたお方である。
「可哀そう」と「かわいい」をうまく使い分け、60歳近い年齢でありながら、若い女性陣から「Hさんって、時々ちょっとかわいいよね」という評価までゲットした。

「お兄さ~ん!背が高いっスね。いいなあ。ちょっと、手を貸してもらえません?」
40代後半のBさんは、筋骨隆々とした男性らしい体形だが、身長150センチ程で、ドラッグストアや本屋さんに行くと一番上の棚に手が届かない。
そんな時は、臆することなく周りの人達に助けを求めるそうだ。
ピョンピョンと飛び上がる仕草をしながら、「俺、手が届かないのよ。」と、棚の上の商品を指させば、協力してくれない人は居ないらしい。
店員さんではなくても、大抵は足を止めて「どの商品ですか?」と、親切に聞いてくれると言う。
笑顔で気持ちよく助けてもらうコツは、できるだけ子どもっぽく頼む事らしい。
Bさんは、40代後半のマッチョ体形の男性である。
「みんな、助けてくれるぞ。俺、かわいいからな。」と、ものすごいドヤ顔で語るので、もし彼が女性だったら、絶対に同性から嫌われるタイプだと思う。
だが、Bさんは男性からも女性からも慕われている。
身長の低さはコンプレックスだとも語るが、女性からも「かわいい」と言われ続けて、「モテなかった時期が無い」とまで豪語する。
まさに「かわいい」を駆使し続け、知り尽くしてきた男だ。

かわいい存在は、脅威にはならない。
だから、初対面でも心を許してしまう。
それどころか、かわいい存在に対しては、、助けてあげたい、何かをしてあげたい、というヒロイックな願望を持ってしまうものだ…、と私は思う。
 
「かわいい」は、生存戦略でもある。
多くの善良な心の持ち主は、可愛い人や可哀そうな人を攻撃しようとは思わない。
攻撃は、自分自身を守るためにする防御でもある。
脅威にならない存在に対しては、攻撃などしない。
無駄な競争から脱却するため、初対面の人の警戒心を解くため、周囲の人達と打ち解けるため、自分の弱いところや悩みやコンプレックスを自ら曝け出す。
けっこう勇気が要ると思う。
周囲の人に受け入れられるという確信が無ければできることではない。
「かわいい」の発露は、周囲の人を信頼している証しでもあるのかもしれない。
女性も男性も、誰であっても、日常の中で、他人との気持ちの距離を意識しながら、自分の「可愛らしさ(もしくは可哀そうな一面)」を隠したり、解放したりして、居心地の良い人間関係を育んでいるのではないかと思う。

そうか、だからこそ誰かが「かわいい」態度を見せた時、私は無視できなくなってしまうのか。
信頼に応え、できるだけ「かわいい」人の意に沿うように振舞おうとしてしまう。
お役に立ちたくなってしまう。

「あざと、かわいい」には、抗えない。


補足:クマのぬいぐるみの画像は、ChatGPT4.0で、作成しました。


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