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メローイエローな気分で。

大人になってワクワクすることが減った。いや逆か。ワクワクすることがなくなったから大人になったのか。そんな僕にとって、バスは貴重だ。だってワクワクするのだ。

バスは始発に限る。そこには動かないエスカレーターに足をかけた時のような違和感。不気味な静けさが漂っている。その奇妙な静寂に慣れた頃、突如として、僕のお尻を突き上げるような振動が叩いてくる。バスに魂が宿ったのだ。僕は、この瞬間がたまらない。つまり、ワクワクする。

「さあ、今日はどこに連れて行ってくれるんですか」と言いたくなる。でも残念ながら、大人だから今日の行先は知っている。目の端に捉えた「とまります」を押せば停まる。でも子供の頃、父のトラックの隣に乗った時、自分がどこに行くのか分からなかったのだ。心の中で、サービスエリアに立ち寄ってもらうことを静かに祈るだけ。メローイエローと、電子レンジで温める、ふやけた、ソースがしょっぱいたこ焼き。あとはコロコロコミックを買ってもらえれば最高なのだが、なんて考えている。

父は、会社を興したばかりだった。土日も働いていて、時々僕を大型トラックの助手席に乗せてくれた。この文章を読んでいる皆さんは、大型トラックに乗った事があるだろうか。あの景色は、乗ってみないと分からない。ガンダムのコクピットのような気分である。いや、ガンダムの方が乗った事ないと思うが、そんな気分なのだ。自分という存在が拡大しているような気持ちになる。どこにでも行ける。そんな気がしてくる。

バスの心地よい振動によって僕の身体は、大型トラックの助手席を思い出しているのだろうか。或いは単純に、子供の頃の遠足の思い出なのだろうか。それは分からない。でも例えば、急な曲がり角でダイナミックに車体が揺れて景色が一気に変わる瞬間は、さらにグッとくる。こういう気持ちを、若い人たちは「エモい」というのだろうか。もっと昔の、例えば清少納言さんは、「いとをかし」なんて綴ったのだろうか。つまり、ワクワクしている。

この「ワクワク」が、漫画に描かれる効果音のように可視化され、そのまま抱いて持ち帰ればいいのにと思う。元気のない人の鞄にキーホルダーにして付けてあげたい。何か一つ物足りないと思っている女性のイヤリングにして、その耳にさりげなく揺れていたら良いのに。

折しも、小学3年生の息子は、昨日が社会科見学なのだという。リビングにしおりが置いてあった。ナシ園を見学したり、動植物園に行ったり、市で一番高いビルからこの町を眺めたりするのだという。移動はもちろんバスであろう。乗り込むときに乗務員さんに挨拶をして、バスの匂いを吸い込んで、自分の席を探して座り込み、前の座席の網だなに、このしおりを突っ込んでみたりするのだろう。飲み物をおくホルダーには、水筒は大きすぎて入らない。周りを見渡して、誰が誰と座って仲良くしているのか、みんながワクワクしていることを感じて、さらに自分もワクワクしているはずだ。生憎の雨だが、それでも例えば、昼間なのにバスの中の電気が点いたり消えたりするのも、また「エモい」と思ってくれたらいいのに。

そういえば、メローイエローのメローを長らく、憂鬱って意味だと思ってた。それはメランコリーだ。メローは、ゆったりとした、熟したという意味らしい。こんなメランコリーな雨の日。あの、メローイエローを見つけたようなワクワクを思い出して過ごしたい。

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