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ライトノベルの賞に応募する(32)

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「これはストラトと言ってね、エレキギターの一番オーソドックスな形。で僕が持ってるのがテレキャスター。君はどっちが好き? 好きな方を選んでいいよ。」
 僕が持っているのが木目調に黒い縁取りで、湯川さんが持ってるのが薄い黄色のマットな色だった。
「どちらもフェンダーという会社が作ってるギターで、君が持ってるストラトはUSA、アメリカ産だ。僕が持ってるテレはメキシコ産。」
「…。」
「君に本気でギターを教えようと思って、2本持ってきたんだぜ?」
「…ありがとうございます。」
「どっちも、ハイスタの横山健が使ってる、ギブソンではないけれど、最初に触れるギターとしては、どっちも悪いギターじゃないよ。」
「…。」
「最初に触れるギターは、見た目が気に入るのがいいと思うよ。どっちを選ぶ? アメリカ? それともメキシコ?」
「じゃあ、メキシコがいいです。」
 僕はすごくなんとなく、アメリカではなくメキシコの方が得体が知れなくていいような気がしたのだ。
「じゃあ交換しよう。」
 湯川さんはそう言うと、僕からストラトを受け取り、かわりにテレキャスターを渡してくれた。
「ストラトを見てもらえばわかるけど、ギターの本体は木でできてる。エレキはここのピックアップという部分で弦の音を拾ってアンプに流す。」
「…。」
「中を開くと、電気の部品みたいにいろんな線がつながってる。楽器だから衝撃には弱い。これだってそんなに安いギターじゃないんだぜ? 壊さないように大事にしてくれよ?」
「…わかりました。」
「両方とも昨日のうちに新しい弦に張り替えて来たんだ。しばらくは持つだろう。」
 そういうと、湯川さんはピックを何枚もじゃらじゃらと僕と湯川さんの前に置き、プリントを三枚づつ、僕と湯川さんの前に置いた。
「まず一枚目、これから僕が一番最初に教えるパワーコードの早見表だ。ハイスタはメロコアってジャンルなんだけど、それは知ってる?」
「…知りません。」
「コアとかパンクとか…。まぁなんていうか激しいロックって言ったらいいのかな…。そういうジャンルではこれから教えるパワーコードっていうのを使うことができるんだ。」
「…はい。」
「ステイゴールドの映像は見たことある?」
「はい…。白黒の…。何度もyoutubeで…。」
「そうか、それで知ってるんだね。」
「友達に教わって…。」
「いい友達を持ったね。そいつは離さない方がいいぞ。」
 湯川さんは笑いながらいった。
「あの映像の通り、ハイスタってのは結構激しめなライブをするバンドなんだよ。だからパワーコードっていう簡易版で再現できる。」
「パワーコード?」
「そう。ギターを始めたら最初にコードっていうものを覚えるのが一般的なんだ。和音だね。例えばC。Cはピアノで言うとドミソ。6本弦があるだろ?それを一度にならすことで和音を表現できる。」
「僕、ピアノ少し弾くので、和音の概念はわかります。」
「じゃあ話は早いな。本来だとCはこう。」
 そう言って、湯川さんは左手でネックを抑え、じゃーんと音を出した。
「本来だとCはこうやって人差し指、中指、薬指の三本を使って音を出す。でもパワーコードは全部のコードを人差し指と薬指の二本だけ使う。パワーコードで弾くとこう。」
 そう言って、湯川さんはまたじゃーんと音を出した。確かに音は違うけど似ている。
「パワーコードは人差し指を5弦、つまり一番太い方から二番目、上から2番目の弦ね、それを抑える。薬指は一個間を置いた4弦、上から三番目の弦。そこの二か所だけ使う。しかもすべてのコードをこの指のままフレットを移動させるだけ。人差し指と中指の斜めの形は何の音を出す時も同じ形のまま、それを移動させるだけでいいんだ。簡単だろ?」
「…。」
 簡単と言われてもよく分からなかった。
「もう一枚を見てごらん? ステイゴールドの歌詞の上にアルファベットが書いてあるね? それがそこで鳴らすコードだよってこと。一番最初のmy lifeのとこの上にはDって書いてあるね。Dはパワーコードだと5フレット目、つまり左から数えて五番目のところの5弦に人差し指を置いて、一個開いた7フレット目、左から七番目に所に薬指を置く。やってごらん?」
 僕は左から5個数えて慎重に人差し指を置いた。そんなに固くはなかった。一個開けて薬指で4弦を抑える。
「そう。それでこのピックで昨日やったみたいに、右手で弦を弾いてごらん?」
 音が出た。
「そうそう。もう君は最初のDというパワーコードをマスターした。簡単だろ?」
「…はい…。」
 僕は狐につままれたみたいに、返事をした。
 湯川さんが5フレット目にDと書いたマスキングテープを張ってくれた。
 Dの次はG、そしてF#mと書いてある。
「これはね、エフシャープマイナーと読むんだけどね、マイナーメジャーかは、パワーコードでは無視していい。だからF#でいい。F#は9フレット目。指の位置はそのまま、簡単だろ?」
 湯川さんは10フレット目にG、9フレット目にF#と書いたマスキングテープを張ってくれる。
「この繰り返しで弾けるんだよ。簡単だろ?」
 ギターはなんだか難しいと思っていたけど、湯川さんの口から説明を聞くと、不思議と簡単に思えた。
「本当は6弦をミュートと言って、親指で握りこむみたいにして軽く押さえて音が出ないようにするんだけど、君はまだ手が小さいから、そんなことは気にしなくていい。音を出して頭の中でほかの楽器を鳴らして、楽しむんだ。」
 湯川さんはその後もギターのことを教えてくれるだけで、ハジメとの一件に触れなかった。僕は泣いていたことなんかすっかり忘れて、ギターを弾くのに夢中になっていた。
 ドアがノックされて、ミワと女性職員の人が入って来た。時間がいつの間にか経ってしまっている。
「お兄ちゃん!」
「ミワ!」
 僕はギターを抱えていて、いつものようにミワを抱きしめることはできなかった。
「ミワちゃん、お風呂かい?」
 湯川さんが優しい笑顔でミワに言った。
「うん。」
 ミワが答える。ミワの笑顔はいつも僕を穏やかな気持ちにさせてくれる。
 女性スタッフが、ミワの衣装ケースを開けて、下着とパジャマ、バスタオルを持った。
「シュウ君大丈夫そうね、夕食下げちゃうわね。」
 そう言って、勉強机の上に置きっぱなしになっていた、僕の食べかけのお盆を下げてくれた。
「ミワちゃんお風呂行ってらっしゃい。」
「うん。」
 湯川さんがそう言うと、女性スタッフとミワが部屋から出て行った。
 湯川さんが口を開く。
「あのね、今日のハジメ君たちとのことなんだけど、こうゆうことが起きた時、僕たちは本人たちで話をしてもらう機会を作るようにしてるんだ。」
「…。」
 今まで湯川さんはそのことに一切触れなかったのに、なんだか悲しくなった。
「僕も職員だから仕方なく言うんだけどね、僕自身も一度ハジメ君と君で話したほうがいいんじゃないかと思ってる。」
「…。」
「僕は君の話を直接聞いたから、事情は分かった。でもね、狭いここで生活していくのに、ハジメ君たちと一切顔を合わせないってことは現実的に不可能だ。だから一度直接顔を合わせて話をして、今日のことは今日のうちに片づけちゃった方がお互いのためにもいいんじゃないかな?」
「…。」
 僕はいいとも、悪いとも返事ができなかった。
「僕も同席して、必要だったらもちろん口を出すよ。」
「湯川さんが一緒に居てくれるんですか?」
 僕は湯川さんが一緒に居てくれるなら、平静を保てる気がした。
「うん。僕も同席する。あの事があってからしばらく時間も経ってる。今ならお互いに落ち着いて話ができるんじゃないかな?」
「…はい。」
 湯川さんにそういわれるなら、きっとそうした方がいいんだろう。僕は素直にそう言った。

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