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ライトノベルの賞に応募する(35)

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 翌朝起きて朝食を取ると、朝の会で成田さんから大富豪についての新しいルールが発表された。ゲームをするときは必ずオトナを一人入れること。そして、「バカ!」とか「死ね!」という言葉ではなく、聞いた人が傷つかないような言葉選びをみんなで一緒に頑張ってしていこう、と呼びかけがあった。
 その後成田さんと湯川さんに言われて、倉庫で昨日僕を待ち伏せしたメンバー3人にも同じ話をして欲しいと言われたから、湯川さんと、3人とそれぞれ違う職員さん3人と、ペアになって順番に話をした。僕がセレクションを控え、専門的な練習をしたいと思っていて、今一人で練習するけど、それはみんなを馬鹿にしてるからではない事。内容はだいたい同じで、3人ともほとんど同じ反応だった。プロを目指しているほどだとは知らなかった。大体そんな感じで、僕は一人で集中して練習したいことをわかってくれたし、大富豪の新しいルールについてもわかってくれたと思う。馬鹿とかそういう言葉がつらく感じることも伝えた。
 僕はその後、初めて学習室という、学校の教室を少し小さくしたみたいな部屋に行って、みんなと並んで5年生の算数と漢字のドリルをやった。学年は変わったばかりだし、学期は始まったばかりだ。最初からやることに違和感はなかった。
 お昼を食べて、当番表に従って、初めてみんなと掃除をした。2階の廊下と階段の担当で、学校と同じような掃除用具入れから、柄のついたブラシみたいなほうきを使って、順番に掃いてごみを集めて、モップを掛けた。
 そのあと松波さんともう一人女性の女の人が僕を呼んだので、やっぱり午前中と同じ4人掛けのテーブルの部屋で話をした。
 松波さんと一緒に居たのは畠さんという人で児童心理士だと言った。松波さんは児童福祉士と言って、保護者のケアを専門とする、畠さんは児童心理士といって、僕たち子どものケアを専門とすると言った。二人が児童相談所の僕たちの担当で、ワーカーさんと呼んでくれればいいと言った。
 母親は昨日退院して、いったん帰宅したあと、僕の学校の学習用具を持って、児童相談所に来て二人と初めて面会したそうだ。僕たち二人の様子を伝えてくれて、セレクションについても話してくれたそうだ。
「お母さんには、これから向かい合ってもらわなきゃいけない問題がいっぱいある。それをお母さんが受け入れることができて、改善することが叶ったなら、シュウ君とミワちゃんとまた会えるようになる。」
 と言っていた。
 おばあちゃんは施設のショートステイにとりあえずいるけど、長期的に入所できる場所を探しているらしい。
 お父さんは、明日警察を出て、母親が病院に連れて行くと言っていたそうだ。アルコール依存とほかに問題がないか、精神科の病院で医療保護という自分の意思だけでは退院できない、結構厳しい制度の中、入院するそうだ。最低でも2か月は入院することになるらしい。お母さんは看護師だから、父親のことはもともと、アルコール依存と鬱を疑っていたらしい。でも父親が言うことを聞いてくれないから、病院に行ったことはないそうだ。でも今回のことを機に、病院での治療を本格的に受けてもらうように始めると言っていた。
 そして僕のセレクションの話になった。母親はセレクションに選ばれたことを喜んでいたらしい。受験費用については、母親が負担すると決まった。
「ピアノの発表会とか、習い事の特別な行事にここから参加することも、他の子で、今まであったから。」
 と言って、僕が27日にセレクションに出れることは、できることになった。でも、お母さんが家族が解決しなきゃいけない問題がいっぱいあって、しばらくはここで過ごすことになった。その間、学校にも行けないし、サッカースクールに通うこともできない。それは受け入れて欲しいとのことだったので、僕は「はい。」とだけ返事をした。
 そして、その次がとても難しい問題だった。
「今は、ミワちゃんとシュウ君同じ部屋で過ごせるように、自宅から遠いこの施設での受け入れが決まって来ている。でも、もう少し規模の大きい、男女別で、4人位づつの大部屋で、幼児、小学生、中学生、高校生、と分かれて生活する施設が、割と自宅のすぐ近くにあって、そこに移動するなら、そこから今まで学校にも通うことができるかもしれないし、サッカースクールをそこから通うこともできるかもしれない。でも、今みたいにミワちゃんと同じ部屋では過ごすことができなくなる。全く会えないというわけではないけれど、一緒に生活することはできなくなる。それについてどう思う?」
 と聞かれた。僕は返事をすることができなかった。
「シュウ君とミワちゃんの場合は、お母さんが無理やりに接触しようとしているわけではないし、今回の件も、こうなってしまった今の状況も理解している。お父さんもしばらくは入院することが決まっているし、ミワちゃんが前と同じ幼稚園に行くことは難しいかもしれないけど、シュウ君が今までの学校にそこから通うことはとりあえず危険はないと判断した。」
 そうだ。ミワの寝顔が、僕を支えてくれていると気が付いた矢先なのに…。
「すぐに返事が欲しいというわけではなく、ゆっくり考えて欲しい。」
 と言われた。要するに、学校とサッカーを取るか、ミワの寝顔を取るかということだ。僕はすぐに返事ができることではなかった。
 学校の学習用具と僕が個人的に使っていた中学受験用の問題集も渡された。
「ここで、これを使って勉強してもいい。」
 とのことだった。でもみんなが使っていないサッカー用具については、お母さんが面会の時に持って来てはくれていたけど、持ち込んでいいか判断ができなかったので、とりあえず預からなかったそうだ。
「シュウ君は、ここでのサッカーの練習に、その用具は必要?」
 と聞かれたので、
「もちろん、あったほうが嬉しいです。」
 と答えた。スパイクとソックスと脛あては当然あったほうがいい。ないのでは感覚が少し違う。
「具体的に何が必要?」
 と聞かれたので、
「スパイクとソックスと脛あて、それに自分のサッカーボールもあるので、できればそれで練習したいです。」
 と言った。ここの職員の人たちとも、持ち込むことを許可していいか、検討してから回答すると言われた。
「サッカースクールの人たちとも、私たちが話をして、セレクションの参加についても、詳しい事を聞いてみる。」
 そうだ。とりあえずセレクションに行けることが決まってほっとした。タカシとの約束を守れる。タカシとセレクションに出れると決まって、僕は心が躍った。


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