【小説】#自衛官の目覚まし時計(ショートショート)

「最近、朝起きられなくて、困っている。これ以上、遅刻すると単位が足りなくて落第しそうなんだ。教官に殴られる」
有田は言った。有田は防衛大学に通っている。

ここは、横須賀にある古びたバー。バーテンダーの老人も、バーに劣らず古びている。

「最も高い、目覚まし時計を買ったらいいさ」
老人は言った。
老人は、時に素晴らしく機知にとんだアドバイスをしてくれる。
「なぜだい?」

「最も高い目覚まし時計を買えば、金をかけた分、朝にはきちんと目が覚める」

有田は、老人の言いつけ通り、最も高い目覚まし時計を購入した。アドバイス通り、遅刻は全くなくなった。

一年後、有田は同じバーにいる。
「マズいことになった」
「なぜ、マズいのさ」
バーテンダーが聞いてくる。ソルティドッグを作っている。

「……前に買った最も高い目覚まし時計が、壊れたんだ。保証期間も、ちょうど昨日で切れているので、買い直さなければならない。だが金がない」
有田は、ポケットから目覚まし時計を出して、老人に渡した。

『携帯型振動式目覚まし時計・ソ●ックシェーカー』
クリップがついていて、ポケットに入れて使うタイプの目覚まし時計。バイブレーション機能が、最強である。

「これが、一万円前後するんだ。後一カ月間、寝坊をしなければ、無事に防衛大学を卒業できるんだが」
「そうか」
老人は、壊れた目覚まし時計を眺めている。

「ははっは」
老人は笑い出した。
「……こんな目覚まし時計に一万円もの大金を掛けるなんて、バカらしいにもほどがある。大丈夫、君は卒業まで寝坊することはないだろう。他にも、部屋にはチープな目覚まし時計があるのだろう。それで起きればいいさ。絶対に卒業したい、立派な自衛官になりたいと強く思えば、必ずうまくいく」
老人がアドバイスしてくる。

驚いたことに、老人のアドバイスは、前回と真逆である。

有田は半信半疑で、残りの一か月間を過ごしたのだが、一度も寝坊することはなかった。
無事に防衛大学を卒業することができた。

卒業式の日、あのバーに立ち寄った。
「結局、あれから、一度も寝坊することはなかった。チープな置時計で、きちんと起きられたのが不思議だ。理由がわからない」
有田が聞く。

「簡単だ」
「簡単?」
「……緊張感さ。是が非でも、卒業したい、自衛官になりたいという緊張感が、目覚まし時計の代わりになったんだ。それが、君の目を覚ますことになった……」
老人はお祝いにマティーニを入れてくれた。


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