【小説】#ボーイッシュ&ガーリッシュ(ショートショート)

「ニューハーフの人、モロッコ行くこと多かったでしょ」
サエコが笑う。

久しぶりに、家に来たサエコは別人のよう。
髭を蓄え声も太い。
メンズのスーツを身につけている。

私の母親は目を丸くしている。

「モロッコ」
私が聞く。
慌てぶりを表に出さない。相手への配慮。

「そう。性別適合手術のこと」
サエコは言う。
「――」
「私。性別適合手術をしてきたんだ。一カ月くらい会社休んだけど、一応成功」
「そうか」
何と声を掛ければいいか、ちょっと迷った。

「おめでとう」

「ありがと」
サエコは、ちょっと照れている。

「サエコ、昔から行動派だったから」
「行動派?」
「モロッコ行ったんでしょ」

「違う」
サエコは、病院の資料を差し出してくる。
資料は日本の病院のものだ。

「FTMは、女性から男性の適合手術のこと」

資料には、こう記されている。
FTM
①子宮・卵巣摘出術/尿道延長術/陰核形成/睾丸形成術を施行。
②尿道延長術では尿道を新しく作り陰核の付け根まで移動。
③陰核形成術では、陰核の位置を前方に移動。
④睾丸形成術ではシリコン性の球体を皮下に埋め込む。
⑤使用する麻酔は全身麻酔/硬膜外麻酔/腰椎麻酔/局所麻酔。

「私は①から⑤までコンプリート。全て日本の病院」
「サエコ、男子にモテモテだったはず」
「ふふ。アレは過去」

「色々調べたんだけど。ドミニカ共和国のサリナス村って知ってる?」
サエコが聞いてくる。
「知らない。適合手術が盛んなの?」
「いや。この村では、第二次成長期に性別が変わってしまうんだ」
「手術?」
「ナチュラルなまま、勝手に変わるんだ。”ゲヴェドース”っていうらしい」

「この村の少年にとって、思春期とは男性器が生えてくる時期。村で生まれる子供の一部は男性器を持たずに生まれ、少女として育てられる。だが、彼らはやがて少年に変わってゆく」
「へえ」
「約50人に1人の割合」

「遺伝性の疾患で、男性ホルモン・ジヒドロテストステロン(DHT)の量に影響する5a還元酵素が完全に欠落しているらしい」
「それが、少女が少年に変わる理由か」
「そう」
「ある母親は、子供が、女だろうと男だろうと、変わらず愛しますと宣言している」
「素敵」
「でも例外もある。身体が変わってきた子供たちに“悪魔”や”汚らしい”などと言う住民もいるって。酷い話さ」

「そのうち、この村に行ってくる。ゲヴェドースの子と話をしてみたいんだ」

「さすが、行動派」
私はサエコを、友人として誇りに感じ始めている。


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