【小説】あるダンサーの死(ショートショート)

「今日で、4日目か」
タケヒサは、あるウイルスに感染して、入院を余儀なくされている。巷を賑わせているあのウイルスだ。幸い重症には至らなかった。後遺症も残っていない。

――横浜の病院である。駅の構内で倒れて、そのまま救急車で運ばれた。

だが、ちょっと気掛かりなことがある。
深夜、病院のロビーに、幽霊が出るのだ。幽霊は老人である。サンタクロースの衣装を着た白髪頭の老人が、いつまでも踊っている。
(お爺さんは、どこか痛々しいほどだ)
タケヒサは、あの幽霊を、なんとか成仏させてあげたいと考えていた。

――仲良くなった女性看護師がいる。入院の初めから終わりまで、マスクをしたままの付き合いである。こんなことは初めてだった。生涯にニ度とないだろう。
「看護師さん。深夜のロビーの不思議な話って、知っていますか?」
「え、何の話?」
「サンタクロースのコスプレをした老ダンサーの幽霊が出るんです。僕は、二階の階段のところで、それを見物しているんです。不思議と怖くはないですが……」
「あの幽霊ね」
看護師は言った。
「何とか、成仏させてあげたいのです」
「この病院で亡くなった、舞踏家の幽霊が出るのよね。あなた明日、退院でしょう。今日の夜に、見せたいものがあるわ」

「これ、あの舞踏家が元気だった頃に、子供たちを励まそうとクリスマスに、イベントを開いたの」
看護師は、夜、写真を持ってきた。
真っ赤なサンタクロースの衣装を着た老人が、颯爽と踊っている写真である。生き生きしている。子供たちが、老舞踏家を囲むように、拍手をしながら盛り上がっている。
「その翌日に交通事故に遭った。後は車椅子生活。二度と、踊れなくなってしまった。だから、それが彼にとってのラストダンス」
「え」
「舞踏家は歩けなくなってしまったの。認知症も出ていて、この病院で亡くなった」
「あの幽霊は?」
「あれは、幽霊ではあるけれども、舞踏家の思いが具現化したものだと思う。本当は、自らの足で立って踊りたかったと思うのよ」
「へえ」
「成仏させることが全てではないわ」
「……」
「それより、退院おめでとう。後遺症もなさそうだし。もし何かあれば、近所の病院に行ってください。元気で」
看護師は、こう言うと立ち去ってしまった。

――間もなく、あの時間がやってくる。
「老ダンサーのパフォーマンスを観ることは、もう二度とないだろうな」
タケヒサは、幽霊の最後のダンスを見る為に、静かに階段を降りて行った。

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