1000文字小説(コメディ)/張り紙⇔誤解だらけのマンション

深夜のエレベーター。
俺の両手に、ゴミ袋。

中に、冷凍庫で凍らせた生ゴミが入っている。
大量の。

ここは関東某所。
近くに、ディズニーランドがあるあの街。

それなりに都会だ。それなりにね。

バイクが暴走する音が遠くで聞こえている。

バカども。

中途半端な、都会にはバカが多い。
マンションの住人にも、クソが多い。

エレベーターは、まもなく一階に到着する。
上下する度、きしむ。

秋は隙間風。
今時、建付けの悪いエレベータなんて。
苦笑いする。

「寒い」
体を震わせる。

深夜に一階の“玄関”に向かっているのには理由がある。

エレベーターの壁に、張り紙。

『ルールを守ってください。一部のルールを守らない人たちのせいで迷惑しています。管理会社』

かなり古い。強い憤りさえ感じさせる。

気持ちはわかる。

エレベーターのボタンが黒く焦げている。
アイツらだ。

エレベーターの中で、タバコを吸ったバカがいるらしい。

タバコを吸うだけでも最低だが、
ボタンに火を押し付けるとは

正気の沙汰ではない。

バカども
再び遠くでバイクの音。

社会の底辺、ゴキブリ。

ドアが開く。
エレベーターの箱が、一階についたらしい。

ゴミ置き場に向かう。
手には凍らせた生ゴミの入った袋。

小動物の影。
ゴミ置き場から、走り出て道路の方へと走り去った。

奇怪な鳴き声がする。

『チュウ、チュウ』
ネズミだった。

背筋がぞっとする。

なぜディズニーランドのネズミは可愛くて、
実際のネズミは、
こんなに気持ち悪いのだろうか。

古いマンションは、塀で囲われていない。
暴走族も、ネズミも、誰でも簡単に出入りできる。

収集日を守らないクソどものせいでネズミが増殖する。

ネズミ対策を思いつく。
収集日まで、生ごみを冷凍しておく。

そして置き場のドアノブに袋をかけておく。

これならネズミは上ってこれない。
食害されない。

現代版、ネズミ返しというわけ。
名案。

俺の手が止まる。

いつものドアノブに張り紙が貼ってある。

『ドアノブに、ゴミ袋かけないでください。迷惑です。きちんと、隣のゴミ置き場においてください。きちんと分別して、袋の中の汁がこぼれないようにしてください。最低限のマナーを守ってください。管理会社』

俺は衝撃を受けた。

不覚だった。

凍らせた生ゴミは、朝を迎えるまでの間に、
解凍され、表面の水分が大量の汁を発生させていたらしい。

汁をモップで拭いている清掃さんの姿が浮んだ。

「誤解だ」

このマンションで一番、迷惑なのは、この俺ということらしい。

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