道に咲く花と雑草 EP.渋谷

カランコロンカラン
「いらっしゃいませーお好きな席にどうぞー」
 彼女の名前は渋谷 沙彩(しぶや さあや)
新大久保にあるパンケーキ屋で働いている、26歳の女性だ。
 昔から口を開けば「わたしケーキ屋さんになる!」と毎日のように豪語していた。
 現在は「Amer」というパンケーキ屋でバイトという日々を送り続けている。見た目には気を遣っているものの彼氏はおらず、小さなアパートで一人暮らし。
 小さい頃の予定ではもうすでにケーキ屋をやっていて、華やかな20代生活を送っていた。今じゃケーキとパンの境界線にあるパンケーキ屋で、バイトする日々。小さい頃の夢はとっくに諦めていた。

カランコロンカラン
「いらっしゃいませ〜お好きな席にどうぞ〜」
入ってきたのは40代〜50代くらいの中年男性。明らかに酒癖の悪そうな男だ。と偏見を頭の中で浮かばせていたが、いざ近寄るととんでもなく酒臭かった。沙彩の偏見は大当たり。
 メニューを渡し、できるだけ中年男の酒臭を吸わないように早口で「お決まりでしたらお声掛けくださーい」と言い。すぐさま背を向け厨房の方に歩く。
 するともう食べたいメニューが決まっていたのか「おぉーい、ちょっと待ってくれぃ」と枯れ気味の声が聞こえてくる。
 背を向けた瞬間呼び止められた少しの恐怖に「はぁい!」と雄叫びを上げるように返事をした。
 店内の客が一斉にこちらを向く。咄嗟に「すいません失礼いたしましたぁー」と謝る。
 「ごめんごめんな、急に」「いえこちらこそ急に大きな声出してすいません。お決まりですか?」
「いやいやあのぉさぁ、あのぉ〜」と母音を長めに喋り始める。呼び止めてきたものの何か恥ずかしそうにしている。
 「あのぉ〜あれよインスタグラム?だっけ、あれで君をぉ、いやいや!違う、パンケーキ美味しそうだなぁーって思って」
 「あ、そうでしたかありがとうございます!結構SNSをご覧になって来てくださる方多いですよ!」
 「あ、そ、そぉーなんだねぇ。じゃっじゃあパンケーキください!」
 「パンケーキですね!たくさん種類があるんですが普通のスタンダードなパンケーキでよろしいでしょうか?」
 「お、じゃあ1番うめぇやつお願い、します」
沙彩は明らかにこの男性が私を目の前に緊張していると分かっていた。沙彩はモテはしないもののスタイルは良く顔立ちも整っているため、この店には沙彩目的で来る客も少なくない。
 レジの際に連絡先を渡してきた客もいる。
この男もおそらくそうだ。
 「1番美味しいやつですねかしこまりました〜」酒の臭いに慣れてきたのか段々とゆっくり喋れるようになっていた。

「お待たせしましたー」沙彩がチョイスしたのはバナナホイップパンケーキ。生地の上に多量の生クリーム、バナナが乗り。その上にチョコレートソースがふんだんにかけられてる。いかにも女子高生が頼みそうなものだった。

「こいつぁカロリー高そうだな。おじさん一口で参っちゃうよぉ笑」
「ごゆっくりどうぞー」おじさんの一言には反応せずすぐさま他のお客の対応に向かった。

 遠目から中年男の食べっぷりを見ていると、パンケーキをがむしゃらに頬張っていた。すると頬についた生クリームを指でなぞるように取り、舌で舐めた。
その瞬間、沙彩は親父の事を思い出した。父はまだ沙彩が8歳の頃に交通事故で亡くなっている。
 沙彩の9歳になる誕生日の1週間前に亡くなった。
 その父が、顔についた食べかすを手に取って舐める私を見ていつもこう言っていた。
 「指を舐めるんじゃない!汚いぞぉ〜」と。
ふと思い出した父の記憶に、涙が出そうになる。
「沙彩〜!沙彩〜!」店長の霧がかっているような声が段々鮮明に聞こえてくる。
「沙彩〜!沙彩〜!」「は、はい!」
「何ぼーっとしてんの、レジ!」「すいません!」

革ジャンを着て、パンケーキに食らいつくその男性の姿はどこか父に似た雰囲気を出している。

「ありがとうございます!またお越しくださいませー」
 店から出る客を見送る。

「Amer」は夜方20時に閉店する。沙彩の最寄りは指扇駅。
 店の閉店後、どこにも行かず駅に向かう。帰り道小腹が空いた沙彩は、道すがらセブンイレブンというセブンなのかイレブンなのかどっちなのか分からないコンビニに立ち寄る。
 すると、入り口に入ってすぐ横にあるテーブルスペースに男子高校生と思われる2人が、特大サイズのペヤングを頬張っていた。
楽しそうでもなく何やら悲しそうに2人で分け合い、話していた。
 雑誌を見るようにしながら、男子高校生の会話をうっすらと聞いていた。
 「やっぱ俺らモテないよなー」「一生童貞のままかもな」
 どうやらモテない高校生の会話のようだ。それを片耳で聞きながら、普段読まないようなスポーツ雑誌を手に取る。
 「なぁーんかさぁーいっつも好きじゃないやつにはモテて、気になってる人には興味なさそうにされるし」「わかるわぁ」
 モテない男子達の会話はこんなにも面白いと思う反面、自分も彼氏がいないという現実を受け止める。

 とっくにお腹が空いていたことは忘れ、もうすでに読んでいたスポーツ雑誌も3枚目に突入していた。
 男子高校生達はずっといる自分に気付いたのか話しかけてきた。
「お姉さんも食べます?」左に座る癖っ毛気味の細マッチョ体型の男が言う。「バカ!お前食べるわけねぇだろ。すいませんね。」と右に座るセンター分けの普通体型の男が言う。
 男子高校生の食べかけという女子が必ず口にしないような物を、気が付いたらペヤングにかぶりついていた。男子高校生達は亜然とする。
「君たち全然モテないんだよね。私もだよ。」急に我に帰ったのか「ご、ごめんね急に怖かったよね。ペヤングありがとう。なんか君たちのおかげで頑張れる気がした。」そう言いすぐさまコンビニを出た。

意味不明な行動をする自分を心の中で嘲笑う。「何やってんだろ私」と口からつい漏れてしまう。

 普通に電車に乗り、吊り革に手をやり左右に揺れる。「指扇〜指扇〜」というアナウンスが鳴る。
さっきの男子高校生達を思い浮かべながら、耳にしてるAirPodsでウルフルズの「バンザイ〜好きでよかった。」を聴き歩く。


つづく

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