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ゲーマーはハッカーに向いている?「エシカルハッカー発掘・育成プロジェクト」

「エシカルハッカー」ってどんな人?どんなことをするの? CLARK NEXT Tokyo「ゲーム/アプリ」コースの生徒たちが興味津々に受けた授業の様子をレポートします。

ゲームデバックからセキュリティを学ぶ

「今日の授業のテーマは、『ゲームデバッグを通して、エシカルハッカーになるための第一歩を踏みだそう!』です。みなさんが待ちに待った、EXDBチャレンジに挑戦してもらいます」
  教壇に立つ「ガイド」の三浦宗一郎さんがそう告げると、教室の生徒たちから拍手がわき起こった。

 ここは東京都板橋区に校舎を構えるCLARK NEXT Tokyo。夏休みに入った7月のある日、一つの教室に十数人の生徒が集まった。今日は特別授業「エシカルハッカー発掘・育成プロジェクト」が開かれるのだ。受講するのはおもに「ゲーム/アプリ」コースの生徒たち。この1カ月ほど前に1回目の授業がオンラインで開かれ、生徒たちはエシカルハッカーという職業があることを学んだ。

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東京都板橋区にあるCLARK NEXT Tokyo

 この授業は、一般社団法人HASSYADAI social(東京都港区、以下ハッシャダイソーシャル)と、株式会社デジタルハーツ(東京都新宿区、以下デジタルハーツ)が共同開発した教育プログラムで、経済産業省の「未来の教室」に採択されている。「未来の教室」とは、さまざまなICT(情報通信技術)を活用した新しい学び方を試みる事業で、CLARK NEXT Tokyoがその実証校の一つとして選ばれたのだ。

 授業を運営するハッシャダイソーシャルは、10代の若者が進路を選ぶときに、学歴や家庭の事情などで格差が生まれることを憂慮し、それぞれが自分の夢を諦めることなく可能性を追求できる社会を目指して、講演などさまざまな活動を行なっている。クラーク記念国際高校のモットーである「夢・挑戦・達成」と通じるその理念に同校の広報を担当する瀬上奈緒さんが共感し、今回の特別授業が実現した。

  教壇に立つ三浦さんはハッシャダイソーシャルの一員で、これまでも多くの高校を訪れ、若者のキャリア支援に力を注いできた。今日は「ガイド」という役割で、生徒たちと一緒にエシカルハッカーについて学ぼうという姿勢だ。

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エシカルハッカーについて説明するハッシャダイソーシャル「ガイド」の三浦宗一郎さん

エシカルハッカーという職業

 エシカルハッカー。近年、ICTやインターネットの急速な発展とともによく聞かれるようになった。「ハッカー」と聞くと、ネット上の情報を盗んだり、悪用したりする人のようなイメージが先行し、あまりいい印象を持たないかもしれない。しかし、これに「エシカル」がつくと180度変わる。エシカルは日本語で「倫理」を表し、エシカルハッカーとはまさに高い倫理観と道徳心のもと、コンピューターやネットワークに関する高度な技術、知識を活用して、悪意を持つハッカーからの攻撃を防ぐ技術者のことを指す。サイバー空間では個人情報や知的財産の盗用などが後を絶たず、軍事機密の漏洩など、国家間の大きな問題に発展する危惧もある今、エシカルハッカーの育成が世界的な喫緊の課題となっている。日本では2020年現在で、19万人も不足しているといわれる(総務省2018年度「我が国のサイバーセキュリティ人材の現状について」より)。

 クラーク記念国際高校が、「テクノロジー」をテーマに2021年に開校したCLARK NEXT Tokyoは、eスポーツ、ゲームアプリ、ロボティクスなどのデジタル分野のコースを入り口に、次世代に必要とされる考え方や技術を身につけることを目指しており、情報セキュリティ分野などをはじめとするデジタル人材の輩出が期待されている。そのため、コンピューターやゲームに興味のある同校の生徒たちに、エシカルハッカーについて見識を高め、将来の職業の選択肢の一つとして考えてもらおうという意図のもと、この授業は企画された。

ゲームのようで、実は思考力と忍耐力を鍛える練習に

 三浦さんは、冒頭のように授業を始めたあと、エシカルハッカーについて、どんな職務なのか、現在、世界中でいかに必要とされている人材なのかを説明した。そして、登場したのがデジタルハーツの加治敏志さんだ。プロのエシカルハッカーである加治さんは、ゲームのデバッグ(コンピュータープログラムの欠陥やバグを発見し、修正する作業)からキャリアをスタートし、その後、社会的な意義の大きさに引かれ、エシカルハッカーとして仕事の幅を広げた。

 加治さんは「ゲームデバッグとは、発売前のゲームソフトをテストし、キャラクターやアイテムの挙動を実際に試し、何かバグが隠れていないか調査する仕事です」と説明。三浦さんが「実際にプレーしながらする仕事ですよね。うらやましい!」と言うと、生徒たちも「うん、うん」と頷いた。しかし、「と、思うでしょ。でも、単に遊んでいるのではないんですよ」と加治さん。ゲームデバッグは、思考力と忍耐力を必要とする作業であり、そこがエシカルハッカーの仕事とつながる部分だという。

 そして、加治さんは今日のメインイベントである、ゲーム上のバグを見つけるゲーム「EXDBチャレンジ」について説明した。加治さんが社内の人材研修用に一人で開発したというこのゲームは、RPGゲーム上の要所要所に「教官」がいて、バグの見つけ方のヒントを与えてくれるというもの。それに従いながら、バグを見つけ、1ステージごとクリアする。このゲームには10のカテゴリーがあり、今日はその一つ「ギミック」に挑戦する。ギミックとは「仕掛け」という意味で、加治さんによると、「バグを見つけるには、色々な要素を組み合わせて工夫することが必要」。なんだか難しそうだが、やりがいがありそうだ。

 実際、こうしたデバッグはチームで行われることが多いので、この授業でも3、4人1グループでチームになり、机を向かい合わせにして、挑戦することになった。

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チームが向かい合って「EXDBチャレンジ」に取り組む

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R P Gゲームでデバッグの練習ができる「EXDBチャレンジ」

 一人ひとり自分のパソコンでゲームに取り組むが、チームで相談したり、助け合ったりするのはO K。ゲームは9つのステージに分かれているので、チーム全員でステージを一緒に突破していく。先にバグを見つけた生徒が他のメンバーにアドバイスするなど、協力しあいながらクリアを目指した。

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デバッグではチームワークによるコミュニケーションも求められる

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生徒がゲームデバッグに挑戦する様子を見て回る加治さん(左)

この授業を自分の好きなことや強みを生かすチャンスに

 生徒たちは終了の時間がくるまで、集中力を途切らせず、EXDBチャレンジに没頭。ゲーム後は、チームごとに感想を発表した。「楽しかったけど、難しかった」という意見が大半だった。大半のチームは5ステージまでクリアし、6まで進んだチームもあった。みんな初めてのチャレンジだったが、充実した様子だ。

最後に加治さんから講評が述べられた。

「バグを見つけられなくてイライラしたかもしれませんが、今日、ギミックに挑戦してもらったのは、思考力が必要だからです。隠しイベントも用意されていますし、実際の流れにないところに潜んでいるバグもあります。先入観にとらわれていると見つけられない。そういうところを学んでほしいと思いました。エシカルハッキングとゲームデバッグは、手法は違いますが、考え方は同じです。エシカルハッカーといっても、扱うものには色々な分野があり、それによって習得する技術も違いますので調べてみてください。これを機会にエシカルハッカーに興味を持ってもらえたら嬉しいです」

今日の授業を振り返り、三浦さんはこう話す。

「生徒の皆さんが楽しそうに取り組んでくれたことがとても嬉しかったです。今の社会は学歴などで線を引かれ、取り残される子たちも多いです。私たちは一人ひとりの可能性を伸ばす体験を通して、自分の強みを見つけてそれを生かしもらうための活動をこれからも続けていきます」

 自分が好きな専門的なことに打ち込めるという理由で、CLARK NEXT Tokyoのゲーム/アプリコースに入学したという1年の五味淳惟(ごみ・あつのぶ)さんは、「普段、できないことができて楽しかった。いつもやっているゲームとは違い、デバッグなので、考え方を変えなきゃいけなくて勉強になりました。現場で実際にプロとして活躍している方にお話が聞けたのもよかったです」と、感想を話してくれた。加治さんや三浦さんの思いが届いたようだ。

取材・文/稲田砂知子


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