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ショートショート『音色』

「共感覚」って知ってますか?

どうも、共感覚所持者のクララリネットです。
今回は新しくショートショートを書いてみました。

私と同じ、
「共感覚」を持った ある男のお話。



【共感覚とは】

文字や数字に色が付いて見えたり、
音を聞くと色が見えたりするなど、
通常の感覚に加えて
別の感覚が無意識に引き起こされる現象のこと。
「NHK生活情報ブログ」より

ある男は、オーケストラの指揮をしていた。
ただし、普通の指揮者ではない。
「音が色で見える」指揮者である。


「もっと!ここは青い音にして!」

「青い音?」

「そう、青だ。今の君の音は少し薄すぎる。」

「……えっと、弱いってことですか?」

「ちがう!水色だからもっと濃くという意味だ。」

「えーっと、強弱をつけ…」

「そうじゃなくて!」


伝わらない。
色が見えているのは自分だけ。
けれど、指揮者である以上、
自分の理想の音を相手に伝えなければならない。


その夜、
男は研究者である友人に電話で愚痴を話していた。

「なぁ、どう思う?」

「どうって、
  見えないもの見ろって言う方が難しいだろう?」

「いやでも、『青く』って何となく分かるでしょー?
  ニュアンスというか、雰囲気というか。」

「共感覚って、何か特別な能力持ってて
  いいなーって思ってたけど、大変そうだな。」

「はぁ…。
  俺の頭で鳴っている音を
  そのまま聞かせてやりたいよ。」

「音をそのままねぇ…うーん……あっ、そうだ。
  なぁ、明日空いてる?
  ちょっとウチの研究室に来ない?」

彼にしては珍しく自信がある声だった。
男は翌朝、友人の研究室に向かった。


翌朝。
研究室に入ると、友人は紙コップを片手に立っていた。

「喉、渇いてない?」

半ば強引に勧められ、中に入っている液体を飲む。
無色透明で無味無臭。
見た目も味もただの水だった。

「なぁ、今回はどんな研究なん……はぁっ!」

急に、男の頭の中をキーンと高い音が駆け巡った。
耳鳴りではなく、
バイオリンの一番細い弦を弾いたような音。
どうやら目の前の友人から聞こえてくる。
聞こえると言うよりは感じる、だろうか。
友人は満足気な顔をしている。

「あ、もう聞こえた?」

そう言うと、友人は薬が入った薬包紙を取り出した。
その薬は、
「色を見ると音が聞こえる薬」だと言う。
男が飲んだ液体にはこの薬が入っていたらしい。

「お前の共感覚を味わってみたくてさ。
  色々試してたらこんなのが出来上がってしまってね。
  まぁ、お前の共感覚とは真逆だけどな。」

「あぁ。
  だからお前の白衣を見て音が聞こえたってわけか。」

「それでだ。
  これを団員に飲ませてみたらどうだ?
  無色透明で無味無臭。だーれも気づかない。
  お前の見ている色をそいつに見せれば、
  お前の理想の音を奏でてくれると思うよ。
  ただし!  
  大量摂取はするなよ。眠くなるからな。」

「風邪薬かよ。」


次の練習日から男はその薬を試した。
まずは「青い音」が伝わらなかった
ホルン吹きの青年に。
彼のペットボトルに薬を入れておいた。
何も知らずに飲む青年。

練習が始まった。

「この音、もっと青くできないか?」

「そう言われても…」

不満そうな青年の元へ近寄り、
彼の譜面に群青色の色鉛筆で書き込んだ。
青くして欲しい音符を丸で囲み、塗りつぶす。

青年の表情は戸惑ったままだった。
だが、数秒後、目を見開いてこちらを見てきた。

「こ…この音…」

「そうだ。この音を出して欲しい。」

青年の表現力が瞬く間に向上した。
男はたまらなく嬉しかった。
自分の考えがやっと伝わった。
この薬は言わば、コミュニケーションツールだ。

それからというもの、男は練習日には必ず、
この薬と色鉛筆や絵の具を持ってくるようになった。
男の指導は分かりやすい、と評判にもなった。



仕事が充実してくるとプライベートも潤ってくる。
隣町で、
世界的に有名なオーケストラ団体の演奏会がある
と聞き、ホールに向かった。

そこで彼は衝撃を受けた。
今までに聞いたことがない、
いや、見たことがない音だった。

ベートーヴェン作曲 交響曲第9番。
通称『歓喜の歌』。

楽譜がなくても色が蘇るほど聞いてきた曲。
だが、それとは全く違う色づかい。
真っ赤でもなく、朱色でもない。
光沢感があり、
見るだけで全身の毛が逆立つような感覚。
一瞬でこの音の虜になった。

この音色を表現したい!させたい!

家に帰ると、すぐさまあの薬を飲んだ。
そして絵の具を手にした。
チューブからそのままパレットに出してみる。
2色、3色と混ぜてみる。
水を加えてみる。


だが、聞こえない。
あの音色が鳴らない。
どう混ぜても、画材を変えても、
あの音色にちっとも近づかない。


そうこうしている間に、薬の効き目が切れてきた。
男は2袋目に手を出した。

絵の具を出す
混ぜる
描く
出す
混ぜる
描く

出す混ぜる描く出す混ぜる描く出す混ぜる
描く出す混ぜる描く出す混ぜる描く出す混
ぜる描く出す混ぜる描く出す混ぜる描く出
す混ぜる描く出す混ぜる描く出す混ぜる描
く出す混ぜる描く出す混ぜる描く出す混ぜ
る描く出す混ぜる描く出す混ぜる描く出す



飲む





床には絵の具と薬包紙が散らばっていた。

「…いま、なんじだ?」

すごく眠い。副作用か。
あれからどれくらい経ったかも分からない。
気分転換に外へ出ることにした。


外に出ると、青空が広がっていた。
お昼か。丸一日絵の具と向き合っていたのか。

男は、身体の中の空気と
外の新鮮な空気を入れ替えるように
深呼吸をした。

少し歩くか。



青空はトランペットが聴こえた。

雲はフルート

葉っぱはトロンボーン

横断歩道はバイオリンにビオラ


町中がオーケストラだった。
絵の具からだけでは聞こえなかった、
繊細な音たちがそこにあった。

もっと良く聞いてみたい。
男は立ち止まり、静かに目を閉じてみた。






何も聞こえない。
そうか、色を見ていないと味わえないのか。

「…ん?なにか聞こえる」

音楽は聞こえてこなかったが、
ある声が聞こえてきた。誰か叫んでいる?


「危ない!」


気がつくと、男は歩道に倒れていた。
周囲の音がうっすら聞こえてくる。

「鉄骨が落ちて……」

「だれか!救急車…」

「男の人が下に…」


薄れゆく意識の中、
男は死の恐怖など一切感じなかった。
むしろ喜びの方が大きかった。

「…こ…これだ。やっと…みつけた……!」

真っ赤でもない、
朱色でもない、
光沢感あり、
全身の毛が逆立つ感覚。


理想の音色を握りしめた男の耳には、
もう、何も聞こえなかった。

(了)



共感覚は薬でどうこうできるものではありません。
でも、私はこの感覚を楽しんでいます。

10年ぶりのショートショート。
結構書くのに疲れました笑。
気分転換にちょっと散歩してきます。

お、トランペットだ。

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