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画数の多い漢字はカッコいい

「あいつよりまだ画数の多い漢字がいたとは…」

小中学校時代、新しく画数の多い漢字に出会うたびこう思っていた。ドラクエのレベル上げのように、学年が上がるにつれて画数の多い漢字が増えると何だか強くなった気がしていた。小さい頃から難しい漢字が好きだったので、若年性中学二年生症候群を患っていたのかもしれない。

最新の学習指導要領や常用漢字一覧は知らないが、印象に残って離れない漢字たちを、当時の記憶と勝手な憶測で、無駄に全力で紹介したい。


12画

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小学1年生で習う漢字で最も画数の多いのがこいつだ。シンプルながらもシンメトリーの三角形という安定した構造に、日本と西洋の美の折衷を感じることを禁じ得ない。

漢字の成り立ちには「象形・指事・会意・形声」の4種類がある。このうち、ものの形をかたどった「象形」は生徒にとって最も理解しやすく興味が持てるものだ。

「木」は「山」「魚」「馬」などに並ぶ象形漢字の代表格であり、「森」はそれが複数となることによって、木々が茂っている様子を示している。木が2つで「林」、3つで「森」。ということは4つなら…ジャングル…!?と想像力を掻き立てたのはいうまでもない。スーファミのドンキーコングをやりすぎていただけかもしれない。

何にしても、就学まもない生徒に漢字への抵抗感を持たせまいとする文科省の戦略とともに、この時期は基礎的な漢字の組合せで画数を稼ぐのが限界であることを感じさせる漢字である。


18画

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2年生になると一気に画数が6つも増える。18歳といえば車の免許はとれるし、2022年4月からは成人となる年齢だから、18画ともなれば立派な大人の漢字である。

何故2年生という子どもにこの難易度を求めるのか。時間割がわからないと困るからだ。なら1年生のときはどうしていたというのか。「月」「火」「水」「木」「金」「土」「日」の7字を覚えるだけで精一杯だったのだ。初等教育に対する文科省の配慮は、かようにも行き届いている。でも「月よう日」とか書くのは正直言ってスーパーキモいので嫌いだった。さっさとこの字を教えてほしかったことをこの場を借りて国に抗議する。

漢字の右上に注目したい。小学生は不思議に思う。「ヨヨ」って何やねんと。カタカナが不思議と連続する画に、生徒たちの目はくぎ付けになる。ここでも文科省は彼らの興味を惹くことに成功している。刺激が強いのだ。流石はR18指定の漢字である。

そしてその下に君臨するのが、かの有名な画数稼ぎ(Stroke Hunter)である「ふるとり(隹)」だ。

単体で8画を確保しつつ、「維」「集」といった定番位置から、「奪」「雇」のように特殊なポジションでも活躍できるその汎用性の高さは、さながらサッカーのユーティリティープレーヤーを思わせる。今後学年が上がるにつれて画数の多い漢字は増えていき、そこに「隹」は度々登場するため、この時期から難しい漢字に慣れさせるという意図もあるのだと考えられる。  


20画

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小学生で習う漢字で最大画数を誇るのがこいつら「Twenty三銃士」だ。低学年から「一番画数の多い漢字ってどんな字なんだろう…」と好奇心を高めていた生徒にとって、その答えが3つもあるというのは相当な衝撃である。彼らは初等教育の修了前から、何事も正解が1つではないという社会の理に直面させられる。

そんな教育指導は追い打ちをかけるかのように、「競」の字で生徒たちを資本主義社会に巻き込む。競争に勝たなければ生き残れないという現実を告げるにとどまらず、「立て!立て!」と挫折から這い上がる強さを求めてくるのだ。同じ漢字が隣り合う構造も文字通り「競り合う」ことを暗示しており、生徒たちが厳しい市場原理に抗うという選択肢は既に失われている。

続く「議」も似ている。この字は、民主主義社会の根本をなす国民による「議論」の重要性を生徒たちに説く。彼らは、互いの意見をぶつけ合うことでより良い結論に達することができることとともに、個人の意見を尊重することの意義をこの字から学ぶのである。また、右側の「義」は人間の道理に適った正義感と義侠心を表しており、生徒に人としての成長を期待する。

そんな多くの目標を課す傍ら、「護」の字が彼らを優しく守る。まるでアメとムチであり、国の初等教育戦略ここに極まれりとしかいいようがない。

その立役者は誰かといえば「隹」。奴の登場だ。左サイドの「ごんべん(言)」が上げてきた7画のクロスに、「くさかんむり(艹)」へ続く形で一気に8画を補うその得点力。遊戯王カード初期に名を馳せた強力な魔法カード「光の護封剣」のイメージも相俟って、この字が生徒に与えるゴッド感はすさまじい。


23画

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初等教育を終え、次なる敵はさぞかし画数が多いと思いきや、3画しか増えない。中学校で学ぶ最大画数は「鑑」の23画なのだ。同じく中学校で習う「襲」や「驚」の方が、字面の密度が高く画数も多いように見えるが、彼らは22画と1歩ならぬ1画及ばない。

「かねへん(金)」の重厚感と、右側のつくり(監)にある「臣」の高貴さがクールな雰囲気を演出する。何もかも斜に構えて空想に陶酔する中二病の生徒を、いとも簡単に補足するためのトラップだ。

一方で、この「鑑」という字は、「鑑賞」「鑑定」といった熟語からもわかるように、鏡に照らして真の姿を見極めるという意味を持つ。中学生ともなれば、内省を繰り返すことで己とは何かを悟りはじめるべしということを示唆している。

なお、「鑑」が中学生の習う漢字で最大画数ということは、すなわち常用漢字で最大画数ということでもある。ここで、画数の多い漢字は大きな節目を迎えることになる。しかし、一般社会の標準たる画数の限界が23画というのはやや不意打ち感があり、どこか消化不良に陥るのは気のせいだろうか。


24画

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そんな不満を払拭するかの如く、大空を颯爽と「鷹」が舞う。お前中央線でめっちゃ見かけるのに常用漢字じゃねーのかよという気持ちは死ぬほどわかる。だが事実、この字は人名漢字という異世界の住人なのだ。

この字の詳細について説明は不要だろう。画数稼ぎ(Stroke Hunter)の「隹」はここでも大活躍だ。足元に「鳥」という11画の大物を従えるため、上部のバイタルエリアから左サイドかけての一帯を「まだれ(广)」で確実にディフェンスしている。しかも、自身の左脇には「にんべん(イ)」という伴侶を携え、個人としての戦闘力をちゃっかり10画まで高めているあたりが抜かりない。

これから先の漢字は画数が一気に上がっていき、パーツの細部とその構成の理解に一層の観察力が求められる。「鷹の目」という言葉があるように、この字は、複雑な漢字であっても注意深く視線を傾け、そこにあるメッセージを読み解けという気付きを与えてくれる。


29画

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「鷹」が残したメッセージのとおり、この段階にきて5画も増え、字の構造がこれまでにない複雑さを見せてきた。おそらく、日常の暮らしの中で見かける画数の多さとしては間違いなくトップといっていい。

社会問題となって久しい「うつ病」の正体は、このように複雑怪奇な漢字なのだ。見ているだけで気持ちが不安定になってくる。どうして木と木の間に缶が落ちているのだ。ポイ捨てか。なんてやつだ。

そしてそんな上半身もさることながら、下半身は一体全体どうなっているのか。「わかんむり(ワ)」に分断された地下の世界には、理解不能な概念が渦巻いている。カタカナの「ヒ」みたいなやつの上にいるお前は誰だ。見たこともないし、「必」の変態かと思いきやよく見たらただの米印(※)じゃないか。漢字なのかすら怪しい。

というぐらいぐちゃぐちゃに掻き混ぜた挙句、最後はサッサッサッと「さんづくり(彡)」が簡単に締めくくる。テンションの上下が尋常じゃない。


33画

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いよいよよくわからない世界に突入してきた。ここは奈良か。なんかどう頑張ってもフォントが明朝にならない呪いにかかった。怖い。

この字は、書道をやっていた母親が持っていた古い漢和辞典で見つけたもので、読み方は「そ」だった。「鬱」がこの世で最も難しい漢字だと思っていたから、見つけたときの衝撃は大きかった。よく調べていないからわからないが、確か「麤才」(そさい)という熟語が例示で載っていた。意味は知らないし、知っていても20000%そんな言葉使わない。というかJISの漢字コードでこの字まで出ることを初めて知った。

冒頭で「森」の三角形構造に安定感があると述べたが、この字になると不安定感しかない。なぜ鹿が3匹いるんだ。ケルベロスか。


36画

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目眩がしてきた。四角形がたくさん見える。

この字は、いつだったか、会社帰りの父親が紙切れ1枚をぼくに渡しながら「こんな字があるらしいぞ」と教えてくれたものだった。小学生の当時は「うおおおおお36画もある漢字あんのかよ!上にはまだ上がいるな!」とはしゃいだものだが、冷静に考えて、この不気味な漢字を紙切れに書いて持って帰ってくるおじさんはかなり怖い。

紙切れによれば、この字は「ざくろばな」と読むらしい。やはり不気味だ。当時はそんなすぐにインターネットで検索することもできなかったから、父親の持ち帰ってきたその紙切れの情報を信用するしかなかった。後々調べてみると、実在する漢字であることだけは確かなようだった。

しかし、意味が不可解であるだけでなく「鼻」が部首になるという奇怪な事実を受け止め切れない。中国にしかない字なんじゃないのか。謎である。


64画

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美しい。だが何かがおかしい。

読み方は「てつ」。それ以外は知らない。基本的に、同じ漢字を複数書いて画数を稼ぐのは亜流だと思っていてどうも抵抗感がある。というかこの字に抵抗感の無い人は多分いない。最初に見たのはいつだったか覚えていないが、1つ前に紹介した「ざくろばな」よりも後だったことは確かだ。画数の稼ぎ方が卑怯になってきた。

ただ、この字は「ざくろばな」より遥かにカッコいい。遊戯王カードの最盛期を小学生で迎えた身としては、この字を見た瞬間「青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)」しか思い付かなかった。正確には、3体融合した最強カードの「青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)」だ。頭が1つ多いのは気のせいだということにする。ここに、攻撃力4500、守備力3800を誇る世界最強の漢字が爆誕した。

かのように思えた。


84画

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これはもはや漢字ではない。アートだ。
4頭いた龍のうち1頭は昇天し、雲となった。

読み方は「たいと」。実存したのかは不明だが、どうやら人の名字らしい。そんな名前を授かったが最後。名前を書き終えたとき、既に試験開始時刻から数分が経過している。解答欄にも収まらない。鉛筆の減りも激しい。

下から2-3-1とサッカーばりのフォーメーションを組んでいる点でも唯一無二の漢字であり、流石の名プレーヤー「隹」といえども活躍の余地はない。五角形の外観はまるで龍を呼び寄せるための魔法円(五芒星)のようであり、中二病をこれでもかというほど惹き付ける。また6文字から成るという空前絶後の構成は、バランスを少しでも間違えて書くと漢字の練習中と誤解されないことから、扱者には極めて高度な技術が求められる。

他を凌駕する圧倒的な画数、類を見ない威厳ある外観、技巧の凝らされたデザイン性。まさに、漢字界のラスボスに相応しい存在である。

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