パンを焼いて夏
最近、パンを焼いている。
ひと月前に我が家へやってきたオーブンレンジがきっかけだった。シックな黒が食器棚の深いブラウンにことのほか馴染んでいる。レンジを新調するだけで、こうにもキッチンの格が上がるとは思っていなかった。
「パンでも焼いてみようか」
そう思い立ってからは早かった。手頃なレシピをスマホで調べ、夕方にスーパーで強力粉とドライイースト、ミックスナッツを買い込んだ。くるみパンのレシピだったが、他のナッツが混じってる方が賑やかでおいしかろうと気に留めなかった。
めんどうくさがりだから、普段は何でも目分量で料理している。この日だけは初めてのパン作りということもあってしっかり計量した。よく見たらレシピに全粒粉と書いてあった。んなもんねえよと強力粉を多めに入れた。そういえば無塩バターもなかった。塩を少なめにして、冷蔵庫にあったバター(風味のマーガリン)を適当に混ぜた。
こねる。手に付く。
こねる。手に付く。
なんなのだこの無限ループ地獄は。
牛乳が多すぎたんだろうか。部屋の温度が高すぎるんだろうか。どっちでも構わないが、とりあえず手に引っ付いた生地に早く独り立ちしてほしかった。半ばケンカ腰にこねられながら、彼は少しずつ落ち着いてまとまっていった。濡れ布巾を被せてしばらく放っておいたら、びっくりするくらい大きくなっていた。発酵は偉大。
ふっくら大きくなったまんまるの生地をいくつかに分けて成形し、再び放る。二次発酵。日本酒でかじった知識で発酵が手のかかるプロセスだとは知っていたけれど、たぶん、目の前ではイースト菌先輩が一所懸命に働いていたのだ。パンは本当に生き物なんだなあとしみじみする。
ほどよくまた膨らんだところでオーブンに投入。あとは焼くだけ。オーブンの前でスマホとパンを交互に眺めること10分。火傷をしないように取り出したナッツパン殿下の小麦色はまだ甘かった。数分、追い焼きをした。良い色になった。
粗く刻んだアーモンド、カシューナッツ、そしてくるみがぎっちり詰まったパンは、思っていたよりミックスナッツパンだった。焼きたてに勝る調味料なし。どれだけ不恰好でも、誰が何と言おうとも、すごくおいしいパンだった。
数日後にすぐリベンジした。焼き色だけはマシになったが、まだ発酵のいろはもおぼつかない。もっと、もっとおいしく作ってみたい。
先週末はレーズンパン皇帝に挑んだ。ちゃんと無塩バターも買ってきた。でもレーズンを湯通ししすぎてふにゃけさせてしまった。バターは多めだったからか今回はあまり手に引っ付かなかった。まるまっていく生地はかわいいし、ふくらんでいく姿は健気である。焼き色のついたパンは、愛おしさに溢れている。
香りは記憶と結びつく。焼き立てのパンの香りはそうして夏の1ピースになった。暑さのど真ん中へ差し掛かるこの時期に、ぼくは次にどんなパンを焼こうかばかり考えている。
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