稟議書と豆腐ひじきハンバーグ
重めの稟議書を書く仕事を抱えている。ある業務の向こう一年以上先までの方向性を上席に伺うもので、決裁された暁には、部署内外の多くの関係者が参照する文書だ。
詳細は別紙に譲りつつ、背景や根拠をバランスよく。各項目のトピックセンテンスは、わかりやすく短文で。冗長な詳細は要らない。現段階で明言できること。できないこと。全方位に向けて立っていられる文章と構成。それでいて、企画の魅力が伝わる内容。
そう考えを巡らせながら書く稟議書でいつも頭を悩ませるのが、冒頭の要旨である。稟議書の目的や概要を二、三行に要約するのだが、誰もが真っ先に目を通す看板にも似た役割。どう書けば一番伝わるか、推敲は延々と終わらない。
たとえば、今週のお弁当の作り置きに家庭内決裁が必要だった場合、稟議書の要旨は次のようになる。
豆腐ひじきハンバーグを作りたい旨が、理由を添えて端的に書かれている。他の理由も含めた詳細が本文にあるので、要旨には「等」を入れてある。過去の実績のくだりは、「九月はこのハンバーグを一度も作ってないから新規性があり、献立インターバルの観点で問題はない」の意味である。
一方で、要旨にここまで書かなくてもいいという指摘もありそうである。主題ファーストを重視し、書き始めは「今週のお弁当の主菜は、」の方がわかりやすいかもしれない。結論である「豆腐ハンバーグを作成したい」を前に持ってきて、「今週のお弁当の主菜として、豆腐ハンバーグを作成したい。理由は、…」と文を分ける方法もある。ただ、数行しかないスペースに短文を二つ書くのはいかがなものか…と別の自分が囁く。理由には栄養と満腹感、彩りと保存性、過去の実績を併記したが、栄養と彩り、満腹感と保存性の方が字面的に収まりがよくないだろうか。「豊かな」は栄養にもかかるし問題なさそうである。満腹感と保存性の両方にかけられる修飾語は?「高い」だと平凡すぎる気がする。でも「満腹感が高い」というコロケーションは違和感がある。「満足感」に置き換えれば「高い」で通してすっきりいけそうだが、日常のお弁当に必要なのは満腹感あって満足感ではないとすると、その書き換えは適切ではない。そもそも要旨でこんなに理由を列挙する必要なんて、やはりないように思えてくる。思い切って端折るのも一手ではないか。「等」こそ、そんな言い切る勇気の無さの現れに見える。お前は一体誰に「他にも理由があるんです」と言い訳しようとしているのだ。気概を持ち、豆腐ひじきハンバーグを選んだと胸を張れ。いや待て落ち着け。確かに豆腐ひじきハンバーグはひと月以上作ってないが、別のハンバーグは数週間前に作ったのではなかったか。「過去一ヶ月間の実績」と明記して誤りとなってはいけない。再度事実確認をした方がよさそうである。仮にそのハンバーグが、鶏のひき肉を使用したものであれば「つくね」に分類されるはずだが、その場合はハンバーグとして重複カウントされるのだろうか。まずはハンバーグの定義を確認するのが先決だろう。ハンバーグの定義が規定された法令かガイドラインはあっただろうか。ねえよ。
思いつくままに書いたら大変なことになった。豆腐ひじきハンバーグを例に挙げたせいでふざけてる感じが止まないのだが、大真面目のくそ真面目である。稟議書に限らず、あらゆる資料、メール1本、チャット1投稿も、程度の差こそあれ同じ意識で書いている。
慌ただしく目まぐるしく過ぎる日々の中で、忙殺されるのは容易い。楽しめるかは心の持ちよう。仕事と創作の境界線は、厳格なようで実は緩やかだったりする。ぼくは作家でもライターでもないけれど、小説家が物語の一行目に命を懸けるのと同じように、稟議書の要旨も書きたいと思う。
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