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オシロさんと灯り/小さな雑貨屋のお客様シリーズ

「灯りのもつ力というのは本当に、思っている以上に凄いんですよ。」
普段はおっとりして物腰の柔らかな話し方をするオシロさんが、そのとき言葉にすこし力をこめて言った。


駅からちょっと歩く街はずれの雑貨店シルクケットには
今日も色んなお客さまが来る。オシロさんはその1人。

小さなサーカス小屋のような雑貨店をオープンして2ヶ月程経ったある日、
ふいにこのお店を知って遊びに来てくれたダンディな男性のお客様。
話を聞くとどうやらこの店のご近所に住んでいるらしい。
アンティークや古いものが好きで、都内に住んでいたときはよく色んな美術館や博物館、アンティークショップなどに出掛けていたという。

シルクケットではヨーロッパのアンティーク小物も取り扱っているので最初に来店くださったときアンティークについてのお話でとても盛り上がり、それ以来お散歩ついでによく覗いてくれるようになった常連さんだ。


ある風が心地いい日、いつものようにオシロさんがやってきた。
その手に小さな小さな包みを大事そうに持っている。
「これは今や貴重になった、もう生産されていない昔のエジソン球なんですけどね、この灯りをちょっと見てもらいたくて。」
小さな包みを開くと、薄くてきれいなガラスの電球が出てきた。

お店を改装するとき、照明を変えるために電球をいくつか見てきた。今はレトロブームで、フィラメントをあえて見せるような昔っぽい電球も売っている。
だけどオシロさんが持ってきた電球はたしかに現行品にはない雰囲気で、ガラスの先っぽがちょろんと突き出ている。ガラスの表面のちょっとした歪さが手作りでつくられたような風合いを醸し出す電球だった。

「なんだかガラスの見た目もかわいらしいですね。」
「昔は電球のガラスもひとつひとつ手作業だからね。これを何かスタンドにつけてスイッチを入れてみて。」

わたしはそこにあったスタンドライトの笠をはずして、そのエジソン球をくるくるっと取り付けた。
カチッ

スイッチを押してからほんの少しの時間差があり、フィラメントが光ったとき、たしかにほわあっと音がした気がする。
その灯りはまるで蝋燭に火を灯したときみたいだった。

わああ!と、私は思わず声が出た。
「蝋燭みたいなあたたかさを感じます!」
「ね、その通り。まるで蝋燭の火みたいでしょ。
 今じゃこういう灯りはなかなかないんですよ。」

しばらく灯した光を二人で眺めていた。
「なんだかこれを付けるとね、部屋の空気があったまる感じがするんです。今のLEDは長持ちして便利だけど、このような光のあたたかさは感じられないよねえ。灯りが違うだけで空気感も違って感じるんです。まあ、毎日使ってたら電気代がかかっちゃうけどね。」
はははっと軽やかにオシロさんが笑う。続けてこう言った。
「ちょっとほっと一息つきたい時や、寝る前の読書する時間にこの電球の灯りを使うとリラックスできるんですよ。あまり使うと電球がススで黒くなっちゃうからちょっと特別な時にね。」

アンティークや古いものの価値を理解して、貴重なコレクションでもあるけど普段の日常に落とし込んで実際に使えるものは使っていくオシロさんのライフスタイルはとても素敵だ。


ところで、とオシロさんが切り出した。
「今度結婚してお子さんが生まれる方へのギフトを探しているんだけど何かおすすめはありますか?」

私は赤ちゃんも、パパママもみんなで使える
フランス産マルセイユ石鹸をお勧めした。

アレルギーが出にくい、肌に優しいホースミルクの石鹸は
目の肥えたオシロさんにもちょっと珍しく映ったようで
ほう、と目を細めてうれしそうにギフトを購入してくださった。
「ここはちょっと変わってて、人に勧めたくなるものが置いてあるんだよなあ。贈り物を探すときはここに来て相談しようと思っているんだよ。」

またきまーす とオシロさんはまたゆったりした口調でそう告げて、帰っていった。

年齢が親子ほど離れているオシロさんはこれまで自身が見てきたり、経験されたことをたくさんお話ししてくれる。するとこの小さなお店にいるだけの私の世界がどんどん広がっていくのだ。

次はどんなことを教えてもらえるんだろう。


#シルクケットのお客さまシリーズ
これは実際にご来店いただいたお客様をモチーフにしたフィクションのお話です。

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