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誰ロク:後日談 HO1



★誰がロックを殺すのか

 HO1: 遥春・アルファルド (ギターボーカル)
 全員生還


シナリオ本家 (ピクシブ)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11186717


・BGM: なんでもないシンク by.sasakure.UK


本編:約5000文字




わたしにはコンプレックスがある。

わたしは高校生である。
さして目立った特徴のない高校生。
あえて言うなら音楽を聞くのが好きなくらい。それもラジオをぼんやり流すだけ。

ある夏を境に、よく聞いていたグループの曲が、グループらが、どんどん減っていった。ネットでは「集団自殺」「行方不明」総じて「音楽家総決算」などと囃し立てられている。わたしはそれを皮切りにネットでそれらを調べ始める。「竜巻事件」。「ミュージックフェス」。「flamboyer」。


わたしは怒られる。
同級生にコンプレックスをなじられる。
家族に怒られる。
わたしは部屋に閉じこもり、音楽家調査の最終局面に辿り着く。
なけなしの荷物を手に家を飛び出す。
バスに乗り、電車を乗り継いで、目的地を目指す。
バンドのライブハウス。


予想より小ぢんまりしていてわたしは驚く。
ともすれば見逃しそうなほど、地味で、景色に埋まっている。
ここがあのflamboyerリーダー、『遥春・アルファルド』がいるという楽器店?
それでもわたしは入る。
楽器屋側は閉店していて、周りもただの商店街で、寄る辺なんてない夜。

ライブハウスには穏やかな音が響いている。
音の継ぎ接ぎ。
曲にならない何か。
わたしは思い通りの刺激に辿り着けず、棒立ちになっている。
開いたままに固定された扉の一歩後ろに立っている。
おもむろに音が止む。
誰かが「いらっしゃいませー」と呑気な声を出す。
わたしは後ずさりする。
「入りな」
聞き覚えのある声。
何度でも聞いた声。
わたしはおずおずと踏み出す。
とうとうライブハウスに入る。

困惑する。
誰かがジュースをこぼしたらしいシミ。
開けたまま端に寄せられたパイプ椅子。
雑に束ねられたコード。
たぶん、楽器を置く台。
使い古されていて、でも整然と並んだゴミ箱。
机の上に大量のジュースのペットボトルと紙のコップ、
大きな給湯器と粉コーヒーとかのスティック、
紙皿と、開けたままの袋菓子、
クッキー屑。
誰の趣味だか、壁に大きな西洋剣。
その先に引っ掛けられた帽子。
あまりにも見慣れた帽子。
期待外れ。
予想外。
終わった。
つまらない。
「わたし、お金、持ってない、です」
何がflamboyerだ。
注目バンドだ。
バンド解散だ。
ドラム、音楽界撤退表明。
ベース、別バンド参入を発表。
Mr.Noiseもといキーボード、取材拒否。
flamboyerは実質活動休止。
音楽家総決算の最後のバンドだとかいう、
ロックミュージシャンのリーダーが、こんな、こんな、

「リクエストは?」
「え?」
「茶ァか、ジュースか、コーヒーか」
「あのぅ━━、わたし、」

黒い人がギターを置く。音が止まる。
「いいから、座ってけ」
あの噂のflamboyerのリーダーが、音を止めた。
わたしのために歩いた。
わたしなんかの手を取った。
わたしは悲鳴を上げようとした。
上げようとしたのだ。
上げるには、疲れ切っていた。
flamboyerのリーダーは、
思ったより小さくて、穏やかで、もっさりしていて、
勝手にほうじ茶を渡してきて、
わたしをパイプ椅子に座らせる。
なに、ここ。
なに、この人。
なに、ここの人。

一連のことがなかったみたいに音が再開する。

やっぱり、曲ですらない。
いや、曲かもしれないけど、そこそこ、音は繋がってるけど。
探し人はどこ。
黒点の魔術師、炎歌歌手、新世代のロッカー、
魂の斬り裂き魔。
flamboyerリーダー、遥春・アルファルド。
張り裂くばかりの歌声と、
激情のパフォーマンスと、
歌い終えた後の、汗にまみれた顔は、
もうどこにもないのかな。
バカだった。
バカだ。
あれは引退ライブだったらしいから。
なんか、「最後の新曲」とか、オカルト話ばっかだし。
聞いた人は大絶賛。
なのにテレビもなんも全部故障して録音できなかったとか。
マイクもない。
スピーカーもない。
バックミュージックもない。
チケット売り場も、ペンライトも、CDも、
満員御礼も、スタッフも、馴染みの掛け声も、
わたしが勝手に期待したバカみたいに、ない。
鼻歌と、ギターの音だけがある。
捨てたのかもしれない。
いつも歌う時にかぶってた帽子を脱いだみたいに、
帽子をあんなへんぴなオブジェに引っ掛けたみたいに、

「リクエストは、よ、お嬢さん」

━━黒色の男の人がそう言った。

「おかね、ないです」
「取ってねェ」
「ないです」
「リクエストも?」
「ないです、ったら」

疲れた。
わたしは疲れた。
黒い人はギターを抱え直す。
ああ何やってんだろわたし、と気疲れしている。
財布とかだけ持ってどこに来てるんだか。
おっさんが金も取らずに弾き語りしてるだけのライブハウスとか…バカすぎる。
なんにもない。
なんにもない、はずだったのに、

なんでかぼろぼろ泣き始めていた。
なんでかわたし好みの曲が始まっていた。

誓ってリクエストしてないし、
チケットお金払ってないし、
好きな歌を言ってもいないし、
お茶飲んでただけだし、
それがいつの間にか、
わたしのためのステージに、
わたしのために彼がうたっていた。
なんなの、この人、
なに、この曲、
なにしてんの、この人。
何知ってんのよ、この人。
金、払わせろ。

何分かかったかわからない。
一曲だったかもしれない。
メドレーだったかもしれない。
音の繋ぎ、だったかも。

「リクエストより、『なんにもない時にほしいうた』、でした」

拍手はない。
まばらな人たちが揃って、飲み物と菓子を取りに行く。
━━ちがう、曲が終わるまで、誰ひとり立たなかった。
そしてわたしも立つ。

「なに、ですか」

なにさまですか、と言うのは避けられた。

「はじめまして、だな。遥春・アルファルドだ」
「知ってます」
「と思った」
「思った?」

と、思った?
むちゃくちゃだ。

「なに、歌ってたんですか」
「おめェの欲しい曲」

セミロングの黒い人はさらりと言って笑う。

「どうやって…………」
「どうやってだと思う?」

どんな魔法を使ったら、そんなことができるのか。

「…どうやってかねェ?」

……なんで。

「ここじゃァいつも通り、だ。客見て、息聞いて、それが変わる音を取って、繋げて、取って、そしたら、相手を想う曲ができンだよ」

できんだよ、って。
当たり前みたいに、言うのは激情の魔術師。
できたら、わたしのプレイリストは何様だ。
世界中の音楽家は型無しだ。

「━━わたしのこと、何も知らないのに?」
「うン」
「そんなわけないじゃないですか。どう見ても家出中の学生ですよ」
「そんだけなわけねェだろ。大切な観客だ」

当たり前みたいに。
なんで当然みたいに、大切って言えるのだろう。
学生服のわたしを、咎めないのだろう。

「わたしの方こそ、わかりません」

わたしはその発言に勇気が要る。
わたしのその発言には悪気がある。

「遥春・アルファルドさんはどうしたんですか。どうかしたんですか。こんな、ところで、flamboyerリーダーが、歓声も浴びずに、マイクも使わずに、あの熱狂を集める遥春さんは、この狭い部屋で、汚くて、曲すらなくして、なんで、歌って、わたしなんかに歌って、わたしには、わからない、だって天下の遥春さんは、こうじゃない、知りません、あなたは、誰?」

誰?「誰?」自分で言い直す。
「誰?」彼も繰り返す。

「ふふっ、ははははっ」

何を笑うのか、わたしにはわからない。
今明らかに、わたしはののしった。
ほがらかに、乗り出した。

「多面性だろォがよ、ボクも、おめェも。何千人魅了するボクも、目の前のヒト1人へ弾き語りしたいボクもよォ、ボクってなァコト、だ」

そして、どちらのボクもお気に入りだ、と。
それに、ここァボクの家だと、彼は言った。
わたしは真っ赤になる。

まばらな人たち。
戻ってくる人たち、またねという人たち、まだかと座る人たち、
わたしの知らない遥春さんを、心待ちにする人たち、
わたしが否とした遥春さんを、認めた人たち。
まばらな人たち。
世間が否とした遥春さんを、認めた人たち…。

「わたし」

遥春さんを見つめる。
動画で見た人を焼き切りそうな彼でも、
画像で見た黒ウサギみたいな彼でもない、穏やかな目を合わせられる━━遥春さん。わたし、

「おかね、ないです……」
「なンだ、そんな心配か、急に。基本無料だ。飲みモン菓子も好きに取ってけな、ボクが勝手に演奏して聞いてもらってる方がボカァありがたい」
「帰りのおかね…………」
「…………」

ああ。
さすがに引かれた。
「大丈夫か?」って他の人のびっくり声が聞こえる。
しばし、目を閉じて、ため息をついた。
じゃなくて、深呼吸だった。
ぱん、ぱん、と手を打つ。ギターを置いた。

「この辺でおやつ休憩な━━ボク裏でパンケーキ焼いてくるからよ、みんな食ってけェな!」

ぱあっと笑う遥春さんに、わたしは何か感じている、
炎のなんとかといった、この人に、直接会えて感じたなにか。
パンケーキ焼いてくる?
遥春さんは立ち上がる。
立ち上がると、
がんっ、 と聞こえて、わたしは驚いて身をよじる。

ぎゃあ。

パイプ椅子が三脚は吹き飛んで、

「……こんなドジなおじさんに会いに来た覚えはありません」
「おじ……! ボカァまだ20代だぞ!」
「遥春さん、まーたやったのか」
「メンバーに笑われるぞ」

大の字で転んだ遥春さんが、周りの呵々大笑を誘う。
心底泣きそうな、悔しそうな顔をしている。
そうだっけ。
そう、広報でネタにされてたっけ。
わたしにはコンプレックスがある。
この人もコンプレックスがあると言っている。
こうやって間抜けたところ『も』と言っている。
……そう、読んでいる。

「ったくよォ…! もう!焼く!」

椅子に座り直して、リクエストのことを考える。
わたしのうたについてを考える。
この人はわたしのことも、きれいな歌にしてくれる?
いやなことを、きれいなものに変えてくれる…?

焚き火がいい、と。
みんなで囲める焚き火がいい。
心が凍えてたまらない人が、身を寄せられる焚き火がいい。
薪木も持ち寄れて、火を分けて持ち出せる焚き火、
話をして、話を聞いた、わたしは食べる手を止めている。

「flamboyerは火柱だ、がよォ、遥春1人は、それがいい」

小さな使い古されたライブハウス。
備品があっても使わないで、毎日歌う。
誰かが使わなければ、毎日歌っているという。
それがいいから、いいと言う。
周りの皆も、良いと言う。
わたしは意外と言う。
よく言われると彼が笑うと、得心する。
バカだ。
バカだった。
遥春さん1人しかいないことをわかってて、flamboyerに会いたいなんて思って行動して失望して。
四角いパンケーキが山積みである。
たぶん卵焼き器で焼いている。
…バカだ。
ホイップを顔の、おでこにつけている。
……ほんとにバカ。
パンケーキを囲むみんなは、それも気にせず一緒に食べている。
…………なんて、バカだろう。

「帰る、や、帰れねェんだっけ」
大人であるくらい、お金貸せばいいのに。
「もうちょい、聞いてッか?」
子供であるからって、甘えればいい。
「それともよォ、弾いてみるか」
音楽家であるくらい、楽器大切にすればいいのに。
「みんな忘れて、働くか、ココで?」

それぐらい、決められればいい。
いいのに。
この焚き火が気持ちいいから、

「……わたし、帰らないと」

ここじゃないって言う。
わたしの居場所はここじゃない。
決められないから、いられない。
遥春さんはしょぼくれる。
しょぼくれているのに、クリームをつけている。

「……でも、」

焚き火が気持ちいいから、
わたしの居場所はここじゃないから、

「今度また普通に来ていい、ですか」

とびきりのバカ野郎だ。
普通じゃなく来るとはなんだろう。

「だから、もう一曲ください」

今度は面と頼んで、パンケーキをもう一枚戴いた。


わたしのことが、うたに変わる。
やさしいやさしい、強くてやさしいロック。わたしをいじめるきらいなわたしが変わる。
うたに変わる。
焚き火を囲んで、わたしを歌う。
みんなで囲んで、わたしが聞かれる。
恥ずかしいことを聞かれているのに、
わたしはこのうたが好きだと思っている。
泣きながら口ずさんでいる、
わたしはわたしのうたを覚えようと声にする。
彼という楽器を使った、ワンマン・セッション。
ロックでわたしとみんなが活きるなら、
なんにもないわたしが楽しいわたしになって、
悲しいわたしがなんにもならなくなってもいい。

これからのわたしには、ロックがある。
自分にさして気付いていなかった高校生。
あえて言うなら、
そのことに気付いたその日その演奏を聞きながら、
眠ってしまったことが想定外━━かな。






★後日談の後日談:

 この後、ぬし子ちゃんのためにハルバルは電話とか色々連絡して、一泊してもらって宿代と称してお店を1日手伝ってもらって、運賃と称して多めにおこづかいを渡して駅まで送りました。

遥春くん(温和)
ダイスがぽんこつゆえドジっこ設定に

ロックバンド『flamboyer』は各メンバーの諸事情により「実質休止」となった。

リーダー・遥春は、バンド結成以前の、実家の音楽屋の店主としての仕事を再開。ささやかで地味な店の、ライブハウスの経営も変わらず続けている。

遥春は、毎夜のようにライブハウスでギターと声だけの、即興の歌を弾き語りし続けている。それこそが彼の本望だったのだが、その穏やかになった気風に、来訪したファンの中には失望して帰る者も多いようだ。

もちろん、バンドマンたちにライブハウスを貸しもするし、楽器の指南も行なっている。店の方で楽器の修理やチューニングも承っている。

精悍な顔立ちの日本人ながら、黒い肌。そしてドジなところが愛嬌がある、という受けは変わらない。

冷たい世の中に焚き火のあたたかさを求めるように、今夜も遥春の弾き語りを聞きに、曲をリクエストしようと人々がまばらに集まってくる。

そしていつかきっと、この世の奇妙を彼に託すための来客があるだろう。


2024.4.7
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