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アフリカの角を行く ~アディスアベバ・ジブチ鉄道の乗り方~


アディスアベバ・ジブチ鉄道とは?

 2023年7月、季節は真夏……
 何を思ったのか、真夏に世界一暑いと言われるジブチへ行く狂乱の旅行を計画してしまった。あまりにも暑い時期なので観光客が少なく、現地ツアーが催行されないほどの時期だった。

アフリカの角(外務省「わかる!国際情勢」より引用)

 東アフリカの内陸国であるエチオピアは、ケニア・ソマリア(ソマリランド)・ジブチ・エリトリア・スーダン・南スーダンと国境を接している。「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ大陸の北東地域に位置しており、この地域は、アフリカ・中東・アジアの文化と物流が交差する場所である。さらにスエズ運河へ向かう大型船の集まる海運の要所でもあり、エチオピアは内陸国であるが、輸出貨物の約90%をジブチの港湾から船で運び出している。ゆえに、エチオピアにとってジブチとの交通網は非常に重要である。
 元々、この地域にはフランスが100年以上前に建設した「ジブチ・エチオピア鉄道」という鉄道が存在した。ところが、不十分なメンテナンスなどが原因で荒廃し、2010年に廃線となってしまった。当面はトラック輸送で凌いでいたが、道路状態が悪く20時間以上かけてジブチへ貨物を運んでいた。そこに手を差し伸べたのが中国だ。一帯一路構想の一環として中国主導による新鉄道が建設されたのだ。
 新鉄道の「アディスアベバ・ジブチ鉄道」はその名の通り、エチオピアの首都・アディスアベバと隣国のジブチを結ぶ鉄道である。2018年に全区間で運転開始した比較的新しい鉄道だ。そんな、アディスアベバ・ジブチ鉄道についての情報を日本語で得るのはなかなか難しい。そこで今後の旅行者のために少しでも参考になるよう、乗車録をまとめておきたいと思う。

アディスアベバ・フルレブ駅

 旅客列車の始発駅であるフルレブ駅は市街地からかなり離れたところにある。バスなどの公共交通機関はないので配車アプリ「RIDE」を使用して駅へ向かった。市内中心部のアディスアベバ・スタジアム付近から約15キロ、運賃は480ブル(約1,300円)だった。駅舎は旧ジブチ・エチオピア鉄道を模した立派な建物だった。入口に近づくと妙に既視感がある…… どうみても中国鉄道だった。筆者が最近、中国ラオス鉄道も利用したのだが、そちらの鉄道にもかなり似ている。

フルレブ駅にはエチオピア・ジブチ・中国の国旗が掲げられている
フルレブ駅の駅名標

 セキュリティチェックを受けて入場したフルレブ駅構内には、売店や自動販売機が一切なかった。唯一、買物ができそうなのは駅前でゴザを広げていた露天商くらいなので、飲食物は事前に市内で購入する必要があるだろう。ただし、後記するが一応食堂車がある。
 ホームに出ると各ドアの前に車掌が立っており、乗車券の確認と座席への案内をしてくれた。ホームで列車の写真を撮っていても特にお咎めなしだった。

客車用のERP型機関車は中国国鉄のHXD1型機関車(和諧1型)を元にした車両だ
機関車にはゲエズ文字で「エチオピア鉄道」と書かれている
客車に行先と列車番号のシールが貼られているが現在は同列車でナガド駅まで行けない

乗車券の種類と購入方法

 乗車券をネットなどで予約することはできないので、当日駅で購入できるか非常に不安であった。結論から言うと余裕で購入できた。しかし、公式サイトには出発24時間前までに購入せよと記されているので、確実に購入できる訳ではないと、あくまでも参考に留めて欲しい。また、アディスアベバでは駅以外に市内でも購入できる窓口があるので前日に買う場合はこちらを使う方が便利だと思う。
 座席は「Hard seat」「Hard Berth」「Soft Berth」の3種類がある。中国の硬座、硬臥、軟臥だと捉えてよさそうだ。今回は長距離移動なので贅沢してSoft Berthを選んでみた。支払方法はエチオピアブルかジブチフランの現金のみだった。また購入に際してパスポートの提示が必要になる。アディスアベバ~ディレダワのSoft Berth下段は3,942ブル(約10,500円)だった。この運賃は外国人旅客用で、ローカルの利用者は半額程度になるようだ。
 なお、2023年9月時点のダイヤは一日で全線乗ることができないダイヤになっている。これは筆者が自作したアディスアベバ・ジブチ鉄道の時刻表である。ご覧のようにディレダワ駅で終点となってしまうので一泊する必要がある。

筆者自作の日本式時刻表。旅客列車は2日に1本運転される
アディスアベバからディレダワへの乗車券

列車の設備と沿線風景

 列車は機関車1両+客車10両の編成で、Hard seat 5両、Hard Berth 3両、Soft Berth 1両、食堂車 1両だった。Hard seatはごく普通の固定式クロスシートで、4人ボックス席と6人ボックス席があった。自由席だが、それほど混雑していないので区間によっては1つのボックスを占領することもできそうだ。Hard Berthは開放型の3段式寝台だ。ベッドはあまり柔らかそうに見えず、名前通りに固そうだ。シーツなどのリネン類はある。なお、上段寝台からは車窓を望むことが難しそうだ。そして、Soft Berthは4人定員の個室で2段式寝台だ。室内ではコンセントが利用できた。また、個室なので鍵をかけることができるが、外から開錠することができないため、相部屋で利用する場合は使うことができないだろう。

Hard seat (硬座)は2+3の固定式クロスシート
Hard Berth (硬臥)は3段式解放型寝台
Soft Berth (軟臥)は4人定員の個室

 食堂車では小さなカウンターでスナック類とソフトドリンクを販売している。特にコーヒーは「シニー」と呼ばれるデミタスサイズのカップで提供されるのがエチオピアらしい。また、筆者は直接確認できなかったが、時間帯によってはパスタを販売しているようだ。ここで1リットルのミネラルウォーターとポテトチップスを購入したところ10ブル(約27円)だった。

食堂車はかなり盛況のようだ
水とポテチで10ブル(約27円)だった
同室の方が振舞ってくれた食堂車のパスタ。スパゲッティの手食はなかなか難しかった

 列車はアディスアベバ近郊を走行しているが、かなり速度を落として走行している。とにかく線路内立ち入りが多いようで、常に汽笛が聞こえ、急ブレーキがかかることも頻繁にあった。窓から外の様子を伺うと、線路脇を歩く人を何度も見かけたので、ここでは線路に入っていけないということが常識ではないのかもしれない。郊外に出ると列車はスピードを上げるが、今度は遊牧民の家畜が線路内に入ってくる。そのため、各駅には遅れて到着するのだが、停車時間に余裕を持っているようで、発車時には大幅な遅れが発生しなかった。
 列車は広大なアフリカの草原を駆けてゆく。旧ジブチ・エチオピア鉄道のルートを踏襲して建設されているので廃線跡を見かける場所も多々あった。線路脇には遊牧民のテントが多数あり、時には列車に手を振る子どもの姿も見かけた。

奥に見える鉄橋は旧ジブチ・エチオピア鉄道
こちらも旧ジブチ・エチオピア鉄道の廃線跡が残っている
列車に向かって手を振る子どもたち
線路のすぐ横には遊牧民の営みがある
ジブチに近づくとテントの形状も異なるようだ

気になる中国要素

 アディスアベバ・ジブチ鉄道は中国によって建設されたため中国らしさを感じる場面がある。駅構内の雰囲気も似ており、一斉改札のスタイルも中国鉄道と同じだ。その他、細かい部分でも中国鉄道の物や仕組みをそのまま利用している場合があり、探してみると面白いかもしれない。

列車内の給湯器は中国鉄道と全く同じ
切符売り場の窓口用スピーカーなども中国製

旅客トラブルで3時間遅れる

 突然、大騒ぎする旅客が現れ、車内が騒然となった。ミエソ駅で発車を見合わせて車掌と駅係員が対応するが一向に収集せず、警察まで出動する事態になってしまった。現場検証のようなことを行っていたので何らかの事件だったのかもしれない。周りの人に聞いてみても何かあったようだが詳しくは分からないと言っていた。予想外に列車が遅れてしまい、夕食の時間帯になってしまったが食べるものが無いのでどうしようかと困っていると、同室の方が前記した食堂車のパスタを分けてくれた。ビニール袋に入ったスパゲティを手食するのは貴重な体験だったかもしれない。結局、このトラブルで3時間も遅れが発生してしまった。なお、列車が遅れてもディレダワ駅ではミニバスやリキシャの客待ちが大勢いたので足に困ることはなかった。

ミエソ駅で長時間運転見合わせとなってしまった

情報がほぼ無いディレダワという街

 ディレダワはエチオピア第二の都市である。大都市だから一泊するところは多くあるだろうと思い、ディレダワについて検索するが情報がほぼ無い。ホテルは検索するとヒットするが、予約できる宿がほとんどなかった。なんとかネット上で予約できる一軒のホテルを発見し、予約完了のメールが返信されたので一安心…… と思っていたのが甘かった。出発直前に念のためホテルに再確認のメールを送ってみたのだが、返信がない。口コミサイトなどから情報を確認すると、どうやらネット上の予約フォームは生きているが、実際には営業していないようだ。出発前に気づけて良かったが、代わりのホテルが見つからず、最終的にAirbnbで民泊することになった。ところが当日にホストの都合が悪くなり、部屋が使えないというトラブルに遭遇した。電話で連絡を取り合い、最終的に代替のホテルを用意してくれた。チェックアウト時にもらった明細を確認すると、Airbnbに支払った代金より高かったのでホスト側が損しているのではと心配になった。ちなみにエチオピア人の英語はインド英語のような訛りがあり、電話では意思疎通が非常に難しかった。

ディレダワの街はそれほど大きくない
急遽手配してもらったホテルはかなり豪華だった
ディレダワ駅と市街地の移動はオートリキシャしかない

 ディレダワでは観光できる時間がほぼ無かったので、少し街を歩いただけなのだが徒歩圏内で観光できるようなところは無いと思う。イスラム色の濃い街なのでモスクが多い印象だった。(ちなみに滞在したホテルの真横にモスクのミナレットがあり、朝5時にアザーンで強制起床)エチオピア第二の都市であるが、人口はアディスアベバと10倍以上の差があるので大都市という雰囲気は感じられない。観光客としてはハラールやアワシュへの中継地点として訪れる以外の理由がないと思う。

ディレダワ駅

 リキシャでディレダワ駅に戻ってきた。駅舎はフルレブ駅を少し小さめにしたような雰囲気で、やはり駅周辺には何もない。窓口で2日目のディレダワ~ジブチの乗車券を購入した。こちらも当日に窓口で問題なく購入できた。発行された切符は手書き補充券のようだった。ディレダワ~ジブチのHard seatで972ブル(約2,500円)だった。これから乗車する列車は国を跨ぐ列車なので駅コンコース内に設けられたブースで出国審査を受ける。ホームではエチオピア国内行きとジブチ行きで乗車する車両を分けて案内していた。ただし、車両間の行き来はできるので正直あまり意味がないような気がする。この日の客車はHard seatとSoft Berthの2種類しか連結されていなかった。食堂車も連結されていない。乗車時間が短いからだろうか。

ディレダワ駅の駅舎
コンコースはかなり広い
ディレダワ駅でエチオピア出国のスタンプをもらった
出国審査に並ぶ多くの人が持っていた謎の草…ちょっと怪しい
ディレダワからジブチへの乗車券

エチオピアからジブチへ

 車窓はジブチに近づくにつれ、緑が少なくなり荒野に変わっていった。沿線に住む遊牧民のテントが少なくなっているのだが、ひとつ気づいたことがある。エチオピアとテントの形が明らかに異なるのだ。帰国後に調べてみると、どうやらソマリアからの難民が建てたテントのようだ。
 ついに列車はエチオピアとジブチの国境にあるダワンレ駅に到着した。この駅には駅舎が2つあり、まずはアディスアベバ寄りの駅舎でエチオピア国内のみ利用する旅客が全員降車した。列車はすぐに発車して1.5キロほど進んだジブチ寄りにある、もうひとつの駅舎に停車した。ここで約30分停車して客車の切り離しを行っていた。なお、アディスアベバ寄りのダワンレ駅は看板がアムハラ語表記であるのに対し、ジブチ寄りのダワンレ駅はフランス語表記だった。もしかすると管轄が異なるのかもしれない。

ダワンレ駅にはイミグレーション施設はあるが使用されていなかった
陸路での国境越えはいつも緊張する

 さきほど、2日目の列車には食堂車が連結されていなかったと記したが、乗務員がポットを持って車内を回っていた。コーヒーを販売しているのか聞いてみると、販売はしておらず、乗務員の為のものだと言われた。でも、よかったら一杯ごちそうするわよと、頂戴してしまった。やさしい!

エチオピア最後のコーヒーは鉄道員用のコーヒーだった
アジア人がよほど珍しいのか自分の方をずっと見てくる (笑)

ジブチ・ナガド駅

 列車はようやく終点のナガド駅に到着した。コンコースに入国審査のブースがあり、日本で取得したビザはスムーズに利用することができた。なお、ジブチのeVisaが陸路入国で使えるかよく分からなかった。(周りにエチオピアとジブチ国籍の人しかいなかったので)駅舎はディレダワとあまり変わらない様子だった。こちらの駅周辺に何もなく、当然両替所もないのでジブチフランを入手することができない。駅からジブチの市街地までは結構な距離があるので客引きのタクシーに聞いてみるとブルまたは米ドルでもオッケーだった。 ケンピンスキー(ジブチで一番大きいホテル)まで20米ドルで交渉できた。

列車の本数は少ないがナガド駅はかなり立派な駅だった
2日間お世話になった客車とお別れ
電光掲示板がフランス語表記になって国が変わったと実感する
コンコースにはナガド駅の模型が設置してあった

 ちなみにナガド駅で写真を撮っていると警察官に制止されてしまい、スマートフォンを没収されてしまった。駅舎の撮影そのものは問題ないが、警官が映り込んだことが問題のようで当該の写真は消去させられてしまった。エチオピアでは写真に関して寛容であったが、ジブチはかなり厳しいので注意が必要だ。この後もジブチでは観光地であっても写真を撮っているとたびたび警官や兵士による職質を受けた。軍事施設を多く抱える国だからなのだろうか? しかし、一般市民からはボンジュール! サラーム! と声を掛けられ、フレンドリーな面もあった。

ジブチはかつてフランス植民地だったため当時の建築物が残っている
ジブチシティの中心にある人民宮殿

まとめ

 アディスアベバ・ジブチ鉄道はやはり中国鉄道の影響を強く受けていると感じた。利便性としては平均速度30km/h程度でかなり遅く、遅れやすい。さらに外国人運賃があるので安くない。鉄道旅を目的にする人以外は正直、飛行機やバスを利用した方が良いと思った。ただし、沿線の風景はなかなか魅力的でアディスアベバ〜ディレダワなら乗る価値があると感じた。

乗車日:2023年7月5~6日

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