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✩ 文学夜話 ✩ ジャック・プレヴェールの詩と翻訳問題


以前、下の記事でも翻訳にまつわる問題について述べましたが、今回も翻訳の問題について述べたいと思います。


今回取り上げるのは、フランスの詩人、ジャック・プレヴェール(1900-1977)の詩です。彼は素敵な詩をたくさん書いていて、私も影響を受けているのですが、この度いくつかの和訳を比べてみたところ、問題が多いことが分かりました。

この記事では彼の「劣等生」という詩の和訳を例に挙げ、指摘したいと思います。以下では二つの英訳と三つの和訳を比較しますが、まず三つの和訳を並べてみましょう。

「劣等生」平田文也訳・堀口大學監修(1982)

彼は頭でノンと言う
でも 心ではウイと言う
好きなひとにはウイと言うが
学校の先生にはノンと言う
彼は起立して
質問を受ける
すっかり問題が出そろうと
いきなり げらげら笑いだし
何もかも消してしまう
数字も 単語も
年代も 人名も
文章も 罠も
先生からはおどしつけられ
できる子たちにからかわれても
いろんなチョークで 彼はかく
不幸の黒板に
幸福の顔かたちを

「劣等生」窪田般彌訳(1989, 新版2007)

彼は頭をふってノンと言い
心のなかでウイと言う
好きな人にはウイと言い
先生にはノンと言う
彼は立っている
質問がなされる
問題がすべて出されると
突如 彼は気違いじみたように笑いだす
そして 何もかも消してしまう
数字も言葉も
日付けも名前も
文章も仕掛けられた落とし穴も
先生にはおどかされ
神童どもの罵声を浴びながらも
彼はあらゆる色のチョークで
不幸そのものの黒板の上に
幸福の顔を描く

「劣等生」小笠原豊樹訳(1991)

あたまは「いやだ」と横にふり
心のなかで「いいよ」という
愛するものに「いいよ」といい
教授先生には「いやだ」という
起立して
質問されて
問題がすっかり出そろうと
いきなりげらげら笑いだし
何もかも消す 何もかも
数字も ことばも
年月日も 名前も
文章も 罠も
先生はとびきり渋い顔
優等生は囃したてるけれど
いろんな色のチョークをとって
ふしあわせの黒板に
しあわせのかたちをえがく


お互いにかなり違う表現があるので、どの和訳を読むかによって印象が変わりますよね。ではこの中でどの和訳が良いでしょうか。

少し過激に聞こえるかもしれませんが、客観的に見てこれらの翻訳はどれも問題だらけです(訳者はみなお亡くなりになっているので、ちょっと厳しく批判しても傷つく人はいないかなと思います)。どの部分にどういう問題があるのか以下で詳しく述べていきます。最後の方では私による和訳も披露します。

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