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ハイブリッドorオフィスワークどっちが良い?離職率・生産性などの違い。論文紹介「Hybrid working from home improves retention without damaging performance」

こんにちは!シンギュレイトnote編集部です。

今回は、働き方に関する論文紹介です。コロナ禍を機に、リモートワークが進みましたが、直近ではオフィス回帰のニュースもよく目にするようになりました。Amazonが、全日オフィス出社になった、というニュースは記憶に新しいかと思います。

ですが、全日オフィス出社は果たして本当にいいことなのでしょうか?1日でもリモートワークを入れないほうがいいのでしょうか?結局、どの働き方が一番いいの?

今回は、そんな疑問に答える論文の紹介です。週2日のリモートワークをしたグループと全日オフィス出社グループでの離職率・仕事の満足度・生産性・昇進率を約2年にわたって比較しました。果たしてその結果は?

紹介論文:Hybrid working from home improves retention without damaging performance
筆者:Nicholas Bloom, Ruobing Han & James Liang, 2024

前川朋也 シンギュレイトサイエンスチーム 京都大学大学院人間・環境学研究科修士1回生 京都大学総合人間学部卒。現在、京都大学人間・環境学研究科修士1回性。専門は認知心理学。大学院では主にVR機器を用いて現実感や存在感に関する研究を行う。2022年にインターンとしてシンギュレイトに参画。依頼、実験用プログラムンの作成運用、イノベーション・サーベイの改善、信頼や慶弔に関する論文の調査を行う。
論文紹介者:前川朋也

ここがわかれば9割OK!(論文でわかること)

1. 離職率が33%減少
特に非管理職、女性、通勤時間が長い従業員に対して、ハイブリッド勤務は離職率を大幅に低下させる効果がある。

2. 仕事の満足度の向上
ハイブリッド勤務を行う社員はアンケートにおいて高い仕事満足度を示す。

3. 生産性への負の影響はない
ハイブリッド勤務とフルタイムのオフィス勤務による社員への影響を比べても、生産性や昇進率に違いはない。

4. リモートワークの経験により、管理職のリモートワークへの懸念を払拭
ハイブリッド勤務を導入する前後を比較すると、リモートワークへのマイナスなイメージがプラスへと変わった。

1. 背景と目的

パンデミックを契機に、リモートワークやハイブリッド勤務の導入が進み、今や多くの企業で取り入れられる働き方となっています。しかし、これに対する意見は依然として分かれています。多くの従業員は「柔軟な働き方」を評価し、家事や育児との両立がしやすくなる一方で、経営者の中には「リモートワークが生産性を下げる」と懸念する声も根強く存在しているのです。

このリモートワークにおける「働きやすさ」と「生産性」の問題は、これまで大規模に検証されていませんでした。今回の論文ではリモートワークにより実際に働きやすくなっているのか、また、生産性はどうなっているのかを調べるために、中国の大手IT企業のTrip.comがハイブリッド勤務の効果を調べる実験を2年間かけて行いました。

2. 実験

被験者

ソフトウェアエンジニア、マーケティング、会計、財務の職種

勤務形態

ハイブリッド勤務グループ:水曜日と金曜日は在宅勤務、それ以外の3日間はオフィス勤務。
全日オフィス勤務グループ:週5日全てオフィス勤務。

指標

  1. 離職率:退職した従業員の割合を測定し、ハイブリッド勤務が離職率に与える影響を評価しました。離職率のデータは、実験期間中に従業員が会社を辞めたかどうかに基づいて収集しました。

  2. 仕事の満足度:アンケート調査を使用し、従業員の仕事の満足度やワークライフバランスの向上を評価しました。満足度アンケートでは、仕事の満足度、ワークライフバランス、生活の満足度、退職意向などの項目について、0~10のスケールで評価しました。アンケートは、実験前後で実施され、時間経過に伴う変化を確認しました。

  3. 生産性:従業員のパフォーマンス評価スコアとエンジニアの「コード行数」を用いて測定しました。パフォーマンス評価は、半年ごとに実施される公式レビューに基づき、マネージャーや同僚、部下の評価を総合して算出しました。エンジニアに関しては、日々のコード行数(提出されたコードの行数)をデータとして収集しました。

  4. 昇進率:昇進の有無を2年間にわたり追跡し、ハイブリッド勤務がキャリア進展に与える影響を評価しました。昇進率は、実験期間中およびその後の2年間の間に昇進が発生したかどうかで比較しました。

3. 研究結果

3-1.離職率の変化

図1は、離職率と勤務形態の関係を表したグラフです。縦軸に離職率をおき、青棒は全日オフィスグループ、赤棒はハイブリッド勤務グループを指しています。4つあるグラフは、左から、参加者全体 / 従業員or管理職 / 性別 / 通勤時間(90分超or以下)で比較したグラフです。

図1:離職率と勤務形態の関係

ハイブリッド勤務を実施したグループでは、全日オフィスグループに対して離職率が約33%も減少しました。特に、非管理職女性従業員、そして長時間通勤を行う従業員において、顕著な効果が確認されました。具体的には、非管理職の従業員では40%、女性従業員では54%、長時間通勤者では52%の離職率の低下が見られています。

3-2.満足度アンケートの結果

表1は、満足度と勤務形態の関係を明らかにした表です。表の上から、「ワークライフバランス」「仕事の満足度」「人生満足度」「友人に(ハイブリッド勤務を)勧められるか」「仕事をやめたいと思うか」について、両グループに聞いた結果を表しています。

表1:満足度と勤務形態の関係

ハイブリッド勤務グループでは、全日オフィスグループに対して仕事の満足度が向上しました(ハイブリッド勤務グループの満足度スコアが、7.835から8.185へ向上)。また、ワークライフバランス(表1,1行目)や退職意向の低下(表1,5行目)も観察されました。

3-3.生産性・昇進率の違い

続いて、全日オフィスグループとハイブリッド勤務グループでの生産性と昇進率の違いを調査しています。調査は、2021年6月から2023年5月にかけて行われ、半年ごとに4分割してグラフに表しています。図2,3ともに、左から「2021年6月-12月 / 2022年1月-5月 / 2022年6月-12月 / 2023年1月-5月」です。

図2は、生産性と勤務形態の関係です。縦軸は、生産性のA〜D各評価の出現割合を示しています。生産性の評価付けは、パフォーマンス評価やコード行数をもとにして行われています。

図2:生産性と勤務形態の関係

図3は、昇進と勤務形態の関係を表したグラフです。縦軸は、昇進率を指しています。

図3:昇進と勤務形態の関係

これらの結果から、ハイブリッド勤務かどうかに関わらず、パフォーマンス評価スコアや昇進率に有意な差はないことがわかりました。また、エンジニアの生産性(コード行数)にも影響は見られず、ハイブリッド勤務はパフォーマンスに悪影響を与えないことがわかりました。

3-4.ハイブリッド勤務への意識の変化

両グループの実験参加者に、実験前後でのハイブリッド勤務に対する評価を聞きました。その結果を示したのが図4です。緑棒で表されているBaselineは実験参加前、水色棒で表されているEnd lineは実験参加後のアンケート結果を示しています。

  • 図4左図:縦軸はハイブリッドワークの生産性への影響に関する印象(たとえば”5-15% less efficient”は「ハイブリッドワークによって5-15%生産性が上がると思う」という選択を示す)。横軸はその選択肢を選んだ従業員の割合を示す。

  • 図4右図:縦軸はアンケート結果をスコア化したもの。横軸は管理職と従業員に分けた上での実験前後の結果を示す。

図4:実験前後でのハイブリッド勤務に対する評価

アンケートの結果、従業員では0.7ptから1.6ptへ、管理職では-2.6ptから1.0ptへの増加が見られました。従業員、管理職どちらにおいても増加が見られますが、管理職では元々マイナスイメージだったものがプラスに転じたことから、ハイブリット勤務を経験したことで、ハイブリッド勤務自体への意識もよくなったことがわかります。

4. 考察とインサイト

本研究の結果は、近年広がりを見せるハイブリッド勤務の利点を強調しています。離職率や仕事満足度の向上、生産性の維持という結果は、これからますます普及していくであろうハイブリッド勤務を導入する際の懸念を解消する結果と解釈できます。

とはいえ、他の先行研究においては、ハイブリッド勤務が生産性に負の影響を与えることも示唆されています。この違いの原因は仕事内容、会社規模、オフィス環境、文化的要因など、さまざまな要因が考えられます。つまり、ハイブリッド勤務が万能薬というわけでもないのです。

それぞれの会社の特性を認識し、最適な勤務形態を選ぶことが大切です。しかし、過度に恐れる必要もありません。実際に導入することで、ハイブリッド勤務へのイメージが変わることが実証されています。慎重に検討しつつも、勇気を持って勤務形態を模索していくべきではないでしょうか。

本研究ではハイブリッド勤務が取り上げられましたが、フルリモートになるとどうなるか、オフィス出社が4日になるとどうなるかなど、会社にいない日数を比較した研究はまだ多くありません。オフィスワークだけでなく、リモートワークという新たな勤務形態の選択肢を得た現代において、最適な勤務形態を追求することが、今後の企業の発展において重要になるでしょう。


最後まで、お読みいただきありがとうございました。今後も、信頼や傾聴、組織開発にかかわる論文を紹介していきます。もし今回のnoteが、「参考になった」「面白かった!」と思った方は、ぜひ記事への『スキ』とフォローをお願いします!