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『The Synagogue at Babyn Yar』追悼の場所

昨年トロントで公開された展示『The Synagogue at Babyn Yar』は、第二次世界大戦中にウクライナの首都キエフで起きた大虐殺の経緯と、資料保存や記念碑制作といった活動をまとめている。1941年9月29日、ナチス・ドイツ軍の通告を受け北西部にある渓谷バビ・ヤールに集まったユダヤ系市民は順番に銃殺され、谷に埋められた。翌日までの二日間に合計33,771名が亡くなったとされている。バビ・ヤール大虐殺の詳細は「Babyn Yar Holocaust Memorial Center」のYouTubeチャンネルや2021年公開の映画『バビ・ヤール Babi Yar. Context』でも見ることができる。

今回、展示の核となったシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)は、2021年にバビ・ヤールに建設された小規模なもの。一般的な会堂と違い、建物全体が日々の祈りを記した書物の形をしている。使うときには利用者たちが「飛び出す絵本」の要領で壁や柱を動かして開き、使わないときには閉じられるよう設計されている。書物は一人で利用するものだが、この会堂は市民が一丸となって開く必要がある。また、大戦中に失われた古来の建築技術を蘇らせたいという願いと、毎日手をかけて維持していきたいという想いから、木製にすることを選んだ。永遠には残らないもの、やがて壊れたり痛んでしまうものができるだけ長く続くように手をかけること。それが追悼の真意なのだという。小さな会堂には後世に残したい数多くのメッセージが込められている。

展示会場では、実物大の写真や映像を通してシナゴーグ内部を詳しく見られるようになっていた。監修したのはオンタリオ州の写真家エドワード・バーティンスキー。映画『Manufactured Landscapes』を見てからずっと彼の類まれなる視点に心打たれてきたが、今回初めてウクライナ系であることを知った。とりわけ目を引いた展示はカーテンで囲まれた円柱のインスタレーション。中へ潜り込むと、頭上に色鮮やかな天体図が浮かび上がった。まるで楽園に咲いた花々のようにも思える図は、大虐殺のあった日と同じ星回りを描いている。そこに記された話によれば、虐殺の数時間前、十歳ほどの少年を連れた男性が夜空を見上げているところを見かけた地元民がいた。男性は空の彼方を指差しながら少年に何か説明していたという。二人とも夜のうちに服を剥ぎ取られて銃殺された。埋められた遺体は後に虐殺を隠蔽するため掘り起こされ、焼却されて谷に撒かれた。あの夜、自分たちの運命を悟った男性は、神の在るところについて幼い息子に聞かせていたのだろうか。

The Synagogue at Babyn Yar


ロシアによるウクライナ侵攻から二年が経った今年二月、トロント市庁舎ではウクライナ援護派のデモが行われた。雲一つない冬空の下で市民が国旗を掲げる。ちょうど青と黄色の花が咲き乱れるような情景だった。守られるべきだったものが眠る埋葬地は、今この瞬間にも広がり続けている。