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【映画】ハイウェイの彼方に(2019)

note初投稿は2019年のアメリカ映画『ハイウェイの彼方に』

「足取りが重いな。大丈夫か?」
出所の朝、看守はラッセルを振り返りながらそう言った。

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21年の刑を終えたラッセルは、おそらくは逮捕時に着ていたのであろうスウェットの上下といういで立ちで刑務所を出る。
彼を迎える者はいない。出所時に着るものを差し入れしてくれる近親者もいなかったのかと、彼の孤独に思いを馳せる。
ラッセルの足を重くしてるのは、外の世界への不安だったに違いない。

バーガーショップで働き始めたラッセルは、髭も髪も伸び放題で寡黙だったが、先輩店員に「あなたが10人欲しい」と言われるほどまじめに働いた。

初めて店の戸締りを任せられたある晩、彼は店の裏のゴミ捨て場で赤ん坊を発見する。警察に届けようとするが、すでに店の電話のある部屋は施錠されている。携帯も車も持たないラッセルは、赤ん坊抱えアパートへと急いだ。

犯罪歴のある中年男ラッセルが、ある日捨て子を発見したという話だ。
アパートに帰ったラッセルは警察に通報しようとするものの、結局途中で電話を切ってしまう。執行猶予中の身である彼は、誘拐犯と間違えられることを恐れたのだろう。

やむなく赤ん坊の面倒を見始めるラッセル。しかしこの出来事が彼の人生を変えることになる。

いや、これはたまらん。
赤ちゃんも可愛いのだけど、赤ちゃんと接するラッセルが負けないほどに可愛い。コミュ障気味だった彼がいちいち赤ちゃんに話しかけ、不器用ながら懸命に世話をする姿に、口角上がりっぱなしになった。

いつしか父性みたないものが芽生え、愛情を注ぐラッセル。海に連れて行って自分の家族の話をしてきかせる彼の表情は明るい。
しかし、あることをきっかけに、彼は赤ん坊を手放すことになる。
それは無責任からでなく、むしろ責任感から。

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後半は長距離バスで故郷を目指すロードムービーへとシフトし、新たな出会いもある。

監督/脚本は、これが監督デビューとなる俳優のローガン・マーシャル=グリーン。78分とコンパクトだが、イーサン・ホークの魅力もあり、チャーミングでハート・ウォーミングな映画に仕上がっている。刑務所に逆戻りすることを恐れるラッセルの心理が、しばし映画にサスペンスフルな味付けをしているのも緩急が効いて面白い。

ユーモアのセンスもいい。特に気に入ったのは、ラッセルの職場であるバーガーショップのアイテムを最大限生かしているところ!
コーヒー用クリームにマヨ&マスタードは大活躍だし、ペーパー・ナプキンの最後の出番にも笑ってしまった。


もう一つ、重要なアイテムは
信頼の証であり、時に赤ん坊をあやし、文字通り心の扉を開ける。「鍵」はいつもラッセルの身近にあった。


* 以下は少しネタバレになりますのでご注意ください *

終盤の展開はともすれば棚ぼた感があり、主人公の頑張りによる成長物語にこだわる人にはクソ映画に見えるかもしれない。
でも前科者が自分だけの力でまっとうに生きていくのは容易ではないはずで、父親がいかに息子を愛していたかを思えば、これも悪くないではないか。

今年はドラマ『半沢直樹』で「ほどこされたらほどこし返す。恩返しです!」という台詞が話題になったが、ラッセルの恩返しは、父の思いを繋ぐことだった。
思えば捨て子のエラ(赤ん坊の名前)は、彼女に出会う前の孤独で無力なラッセルに通じる。エラという守るべきものを得て、生きる力を得た彼は、父からもらった愛情をエラに注ぐことで、不運からドン底にある彼女に光を与えたのだ。

ちなみに原題の『Adopt a Highway』はアメリカの道路清掃システムのことで、市民ボランティアや企業が道路の一部の区間を「養子」として引き取り清掃や植栽を行うことらしい。これにより行政は負担が軽くなり、里親側のボランティアや企業は看板で名前をアピールしたり精神的な充足感を得るという見返りがある。

できる範囲の援助をすることで精神的な成長を得る。本作の本質を言い表したタイトルと言えるだろう。

ラッセルは新たな人生を歩み始める。何かを始めるのに遅すぎることはない。

グッド・ラック!ラッセル