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歌舞伎zakzak-5 江戸時代のボンドか、ガリレオか。洞察力に行動力そして好色?「毛抜」

introduction

「歌舞伎って長〜いストーリーの一幕とかを抜粋して上演するものでしょ」という声が観客席から聞こえてきたことがあります。すべてではありませんが、確かにその形での上演形式が多いです。江戸時代は幕が開くのが早朝、そして日が落ちるまでの上演でした。その中でひとつのお話を通しでやったりしたら、長くなるのも当然ですね。今回ご紹介する「毛抜」も『雷神不動北山櫻』という長いお話の第三幕にあたる部分で、七代目團十郎が制定した歌舞伎十八番のひとつです。「毛抜」という演目の通り毛抜が大きな手がかりとなって、悪家老の策略を見抜くという奇抜なストーリーもさることながら、主人公粂寺弾正(くめでらだんじょう)のキャラクターもこの演目が愛される大きな理由でしょう。

史上最年少の粂寺弾正 市川新之助

STORY

小野春道の息女・錦の前は、髪の毛が逆立つという奇病にかかり、予定されていた婚礼は延期されている。相手方の文屋豊秀の家臣粂寺弾正が、使者として様子うかがいに館を訪れる。家老・玄蕃(げんば)は姫の逆立つ髪の毛を見せて、この病気を理由に破談にしようとする。怪しんだ弾正は直に春道に会いたいと申し出る。春道を待つ間に、煙草盆を持ってきた小姓や、茶を運んで来た腰元にちょっかいを出すが、両人から袖にされる。暇を持て余し毛抜でヒゲを抜き始めた弾正。毛抜が床から浮き上がり、踊り始めたのを見て、姫の奇病のからくりを見抜き、春道に進言する。実はお家乗っ取りを企む家老・玄蕃の策略であったのだ。

粂寺弾正のキャラクター設定の面白さに尽きる

2022年12月5日〜26日 歌舞伎座
市川海老蔵改め十三代目市川團十郎白猿襲名披露
八代目市川新之助初舞台

襲名公演は歌舞伎界の一大イベント

昼の部
「歌舞伎十八番の内 毛抜」
粂寺弾正:市川新之助
腰元巻絹:中村雀右衛門
秦民部:中村錦之助
秦秀太郎:中村児太郎
小原万兵衛:中村芝翫
小野春道:中村梅玉
今回、市川新之助初舞台、史上最年少で粂寺弾正を演じます。

科学的推理力で解決。ガリレオ粂寺弾正。

お殿様、姫君、お小姓、腰元、悪家老、そして正義漢のヒーローという歌舞伎ならではのキャラクターが勢揃いする楽しくおおらかな一幕。お姫さまが「髪の毛が逆立つ奇病」にかかる始まりからしてメルヘンじみて興味そそられる。
そして主人公が悪家老のお家乗っ取りの企みを暴いて終るというシンプルな勧善懲悪ストーリーながら、解決する手がかりがあまりにもシュール。床においた毛抜が宙に浮かび踊り出したことから、磁力が天井からはたらいていることを見抜く弾正。現在でいえば福山のガリレオか。強力磁石?なぜ天井から方位磁石?とナンセンスではあるが、当時としては画期的なトリック!江戸時代の人々がどう受け止めたのだろう。

江戸時代の人々の性に対するおおらかさ

粂寺弾正は客先でありながら、その家のお小姓や腰元にちょっかいを出そうとしては失敗する。セクハラではありますが、愛嬌と同時に好色でもあるキャラクターは人間味があって、それも愛される理由。台詞にも性的なきわどい言葉が出てきますが、当時の言葉なので今の観客には雰囲気だけでスルーされる。そう、歌舞伎とはけっこう猥雑な面もある芸能です。これも含めて楽しんだ江戸時代の大衆の性に対するおおらかさを思わせます。

舞台と観客が突然繋がる一体感、これが歌舞伎

そして振られるたびに「こりゃまいった!」のポーズ。その後客席に向って「近頃面目次第もござりません」と、観客席にお辞儀をするという、まず他の演劇ではありえない状況。歌舞伎では、話の途中で、役ではなく演者にもどり口上が始まったり、踊りの途中で観客席に向かってお辞儀をしたり(藤娘)、「本日はこれまで」とお辞儀して幕!(髪結新三)という、他の演劇ではありえない現象が起きます。「ハムレットが話の途中で観客に向かって挨拶したら、お話がぶち壊しじゃないか」と思いますよね。しかし歌舞伎の場合、ずっとフィクション世界と見ていたものが、突然に舞台と観客席が一体になった感覚がして「あ〜やっぱり歌舞伎」と独特の快感を覚えます。

「びびびびび〜」の謎は深まるばかり

いくつかの演目の中で、若い娘が相手から嫌なこと言われたりした時、去り際に突然「びびびびび〜」と言い捨てて行きます。演目「鮨屋」のお里で、最初これを聞いた時、一体何が起きたのか衝撃を受けました。この「毛抜」の中でも腰元巻絹が弾正にセクハラされ「びびびびび〜」が出てきます。若い娘だけが使うようですが、これは江戸時代に普通に使われてた言葉なのか?当時のはやり言葉だったのか、歌舞伎だけで使う言葉なのか。強い言葉なので頭から離れず、いまだに謎は深まるばかり。

市川新之助9歳が弾正を演じるということ

今回(2022年12月)粂寺弾正を、新之助君が演じると聞いた時、正直驚きました。豪快ではあるけれど、色好みで人間的な魅力たっぷりのキャラクターを9歳の役者が演じられるのだろうか。そんな杞憂を抱いた人は私だけではないと思います。十一月公演「外郎売」を立派に演じた新之助君ではありますが、「毛抜」とは……。上手に演じたとしても、子どもが色気をみせるという奇妙なものに見えないだろうか。しかし、実際に舞台を見た感じは、つまり襲名興行の中における挑戦的なイベントとして、そして将来市川家を背負うであろう役者への試練としての事象として自然に受け取れたのです。お小姓や腰元に袖にされた後、いちいち床にひっくり返ってあんぐり口を開けたポーズの、その時ばかりは地の子どもらしさが目に楽しく、弾正の持つ子どものような大らかさと重なりました。そして9歳なりの身体の大きさで、大人が演じる役者に迫る様子は、表象だけ見れば奇妙ではあるけれど、あえてそれを演じさせること、そこに成田屋の気概を、将来の團十郎が重なって感じられたことはこの舞台の大きな成果です。

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