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【2022 映画感想 005】『ユンヒへ』 女性同士の愛の話ではなくて

2019年製作/105分/G/韓国
原題:Moonlit Winter
配給:トランスフォーマー
監督・脚本:イム・デヒョン
製作:コウ・キョンラン
出演:キム・ヒエ(ユンヒ)、中村優子(ジュン)、キム・ソへ(セボム)、ソン・ユビン(ギョンス)、木野花(マサコ)、瀧内公美(リョウコ)
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/dearyunhee/

言葉少なに情感を伝える、雪の街がぴったりくる作品でした。

明るく元気な娘セボム(キム・ソへ)とは対照的に、どこか影のあるシングルマザー、ユンヒ(キム・ヒエ)にはかつて女性の恋人がいました。

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そのかつての恋人ジュン(中村優子)がユンヒに宛てて書いたまま出さずにいた手紙を勝手に出す叔母マサコ(木野花)と、母宛に届いたその手紙を勝手に読む娘セボム。この点については、観ている最中も、観たあとFilmarksにメモするときも、どうなんだろう? と思ったし、今も思っています。この二つの行為は普通は絶対にしません。それをさせるのであればそうさせる理由の描写が必要でした。

この経緯を当のジュンとユンヒは最後まで知りません。少なくとも、気づいたという明確な描写はありませんでした。気づいたとしても、結果としてはよかったのだからまあいいわ、となるでしょうか。いいわと思いつつも、なんだかもやもやが残るんじゃないかと思うんですよね。少なくとも観客の私の心には残りました。

だって、よくない結果を招くことだってあるわけですよ。

ジュンもユンヒも大人で、行動しないことを選ぶ権利だってあるわけで、行動するにしてもそれは今じゃない、って思ってるだけかもしれないし、とにかく勝手にやっていいことじゃない。たとえ野暮でもマサコはジュンに何か一言言うべきだし、セボムは母宛の手紙を読んではいけないんです。たとえそれが、愛ゆえの行動だとしても。

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もちろん、映画の中で正しくないことをさせることも全然ありです。フィクションなのですから。というか、それができるのが映画。しかし、そうさせることが(話の流れの中で)必要だからそうさせる、というのではなく、そうさせることが必然であるような描写がないと、観客はそのフィクション世界から現実に引き戻されてしまいます。あれ? と醒めてしまうんです。

変に個人的にヒートアップしてしまいましたが、ともあれ、二人のその行動によって停滞していたユンヒの人生が動き出します。

本作は女性同士の恋の物語として紹介されていることが多いですが、その点は本作の一部分に過ぎません。むしろ私はこれを母娘の物語であり、傷ついた中年女性の再生の物語と捉えました。

ユンヒがかつて恋した人はたまたま女性で、そのために精神科を受診させられたりと、周囲の無理解によって傷つきました。しかし彼女の傷はそれだけではありません。韓国の家父長制的かつ階級的社会の中で、女であることによって傷つけられ、不利益を被り、それが現在にも尾を引いていて、笑顔を忘れて日々を凌ぐような生活をしています。

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そんなユンヒは、おそらく、度々訪ねてくる別れた夫インホ(ユ・ジェミョン)からも、一緒に暮らす娘からも「幸せじゃない」と思われています。
元夫は、娘からなぜ離婚したのか問われて「一緒にいるとなんだか寂しくなる」からだと答えます。それはユンヒの心が自分に向けられていないと感じるのと同時に、ユンヒ自身の抱える寂しさを感じとったということでもある。度々ユンヒに会いに来てしまうことや、終盤に自分の再婚を告げたときの様子からそのように感じ取れます。娘はもっとダイレクトに、両親の離婚の際、母の方に来たのはお母さんが寂しそうだったから、と言う。

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しかし、当のユンヒの内実は、寂しいとか幸せじゃないとか、そんな風にはっきりと定義できないようなすごく複雑なものなのだろうと思います。だからユンヒはほとんど喋らない。黙って一人でタバコを吸うしかないのです。

家族は一番近くにいる存在だけれど、実はお互いに知らないことをそれぞれ抱えて生きているのかもしれない。問題のない関係の母娘といえども互いに全てを晒しているわけではありません。
娘は母の過去を知らなかったし、母は娘の現在を知らなかった。
小樽への旅によって、母は娘の現在を少しだけ知り、娘は母の笑顔と将来の夢を知る。母と娘は、娘がある程度成長すると、それぞれの役割から離れて生身の人間として心が触れ合う瞬間というのがあるものですが、その辺りの機微が終盤に描かれています。

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ユンヒとジュンの恋はどんなに心を焦がしたものであっても、ほろ苦い過去のものであり、いまはそれぞれの物語の一部に過ぎない。無言で見つめ合うしかないような、続きを紡ぎようもないような話なのです。再会は、たぶんそのことを確認し合う機会だったのでしょう。そしてきっと、ここからそれぞれ一歩を踏み出すことになるのでしょう。

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