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ウクライナ問題基本構図-その2

〇前号の「中庸時評」で、ウクライナ侵攻をめぐり①私はロシアの戦争目的はロシアの自存自衛のためとは認め難い②ロシア研究者の岩下明裕北海道大学教授は、この問題の背景として、ロシアには自分たちは偉大な民族であり、周りに対しても自分たちが導かなければならない、みたいな思い込みがある(朝日新聞、2022年4月14日)と解説し③国際政治学者の田中明彦元東大副学長は、ソ連の版図を取り戻すことが大事だと考える独裁者に引きずり戻されて、世界は冷戦に舞い戻ったのかもしれない(朝日、3月15日)と言っている、と報告しました。
 
○この戦争が始まってからすでに2か月余。戦争はいつ終わるのか。さらにプーチン大統領がほのめかしているような核爆弾の使用があり得るのかが、大きな問題です。
この二つの問題の行方には、ロシアとウクライナの戦況が大きく関係します。戦争が始まった2月下旬段階では、ウクライナの早期の負け戦を予想する人が多かったようですが、その後の展開は、皆さんご承知の通りで、ウクライナは今も厳然として存在し、ロシアは当面、首都キーウの攻略を断念せざるを得ない状況となっています。
 
○では、この戦況好転はウクライナにとって、またウクライナを応援する国々にとって、誠に慶賀すべきことかと言いますと、そうとばかり言いきれないところが、国際政治の難しいところのようです。ロシアは、あまり追い詰めると暴発し、核兵器の使用に踏み切ったりしないか、と心配されているのです。事実、4月28日午後、プーチン大統領はサンクトペテルブルクで演説し、ウクライナへの軍事侵攻について、「外部から干渉するのは、我々の攻撃が稲妻のように早いものになることを知るべきだ」と述べ、ウクライナへの軍事支援を急ぐ欧米を強く牽制しました。この演説は、核兵器の使用を示唆したとの見方も出ています。
 
○世界はこれからどうなるのか。その予測は難しく、また、この問題ほど、我々素人と国際政治の研究者などのプロとの見方に大きな違いがある問題は珍しいといえます。例えば、我々は、この戦争は「プーチンの戦争」なんだから。、プーチン大統領が失脚でもしてくれればすぐ片付く、と考えがちですが、今や事態はそんなに簡単ではないようです。そこで、国際政治の見方のプロの意見を複数紹介し、それをもとに世界の行方を考えてみましょう。
 
○まず最初に、元外務官僚の孫崎亨氏の意見(日刊ゲンダイの連載コラム、2022年4月22日号掲載分))。国家が危機に瀕した時、指導者が最優先すべきは国民の命の消耗をできるだけすくなくし、国民ができるだけ正常な生活に戻ることだ(それは、そうだ)としたうえで、ウクライナにその道があるかと言えば、答えは「ある」だ、と言う。孫崎氏は、プーチン大統領が求めている「ウクライナはNATOに加盟しない」「東部に『自決権』を与える」に合意すればいいのである、と主張する。
うーん、楽観的な見方!事態を楽観的に考えることができること自体は、うれしいことですが、プーチン大統領の要求をこのような限定的なものとしてとらえること自体、大いに疑問です。こんなことで済むなら、とっくに停戦ぐらい成立しているはず、と言う気がします。
 
○しかし、孫崎氏の言いたいのは、この楽観論より、コラム後半にある、アメリカは戦争を長引かせたいのだ、と言うところにあるらしい。
孫崎氏は、この戦争の実態は「米国の武器」対「ロシア軍」の戦いで、ロシア軍が米国の兵器に勝ることはない。他方、ウクライナ東部のロシア人を守るという名目で戦争をしたプーチン大統領は絶対にウクライナ東部から離脱できない。かくして戦争は続く。
アメリカの目的はウクライナを救うことではなく、ロシアを破壊すること。それには時間がかかるので、アメリカはあらゆる手段を使って戦争を継続させるー戦争が長引くということは核戦争の危険がそれだけ長引くということです。そんなことをアメリカが望んでいるというのでしょうか。
孫崎異説には、楽観論だけでなく、悲観論についても疑問です。
 
○次に、国際政治が専門の中西寛京都大学教授の論考。日経新聞に掲載された、3回シリーズ「ウクライナ危機と世界」の中ーです(2022年3月31日)。この論考はウクライナ侵攻1カ月余の時点の世界の状況(今と変わらのない)とその後の展開を見据えた、極めて優れた論考です。
中西教授は世界の状況について、20世紀後半の冷戦のような対立が固定して安定する状況は一つの可能性に過ぎず、「安易に冷戦の比喩を持ち出すべきではない」。むしろ現状では世界大戦や革命と内戦といった20世紀前半の事例との比較を検討すべきだ、としています。
 
○中西教授は、これから先の見通しが優れていますが、それ以上に現状の「つかまえ方」がすごい。ウクライナへの侵攻が始まった後の[非人道的な被害状況は、直接介入を否定してきた欧米諸国の世論に共感と罪悪感を巻き起こし、強力な対ロ経済制裁に加え、ウクライナへの軍事支援も強化された]
その結果、「ロシアは追い詰められつつあるが、西側も交戦回避とウクライナ支援の両立が困難になっている」。
そしてロシア側(プーチン)の心理について、「軍事的苦境に陥った国が戦線を拡大することは軍事的には愚かな選択だが、勝機を失った指導者が支援阻止や、局面転換の期待から、戦争拡大という政治的賭けに出ることはありうる」―中西教授は冷静な筆致で、恐ろしいことを書く。
 
○さて、この戦争にはプーチン大統領の威信がかけられており、政変ないし革命でプーチン氏が排除されなければロシアが軍事的敗北を受け入れる可能性は低い。仮にそうしたことが起きたとしても、15の共和国という受け皿があった91年のソ連崩壊時とは異なり、プーチン氏に代わってロシアを統治する政治勢力は存在しない。世界最大の領土と4500発の核兵器、数十基の原子力発電所を抱えるロシアの混乱を世界は放置できず、プーチン後のロシアの秩序構築に自由主義諸国は追われることになるだろう、と中西氏は指摘する。
 
○中西教授は国際的仲介なくしては早期の停戦は難しく、圧倒的に有力な仲介候補は中国だとしています。そして中国は西側から仲介を求めてくる時期が来るのを待つのではないか、としています。
 そして最後に、「問われているのは、正義への衝動と世界的破滅の恐怖の間で、自由主義世界が国際秩序構築に十分な洞察力と自制心を備えているかどうかである」と締めくくっています。
日本はどうあるべきか。いたずらにロシアを非難する大言壮語するのではなく、こうした自由主義世界の努力を後押しする方向の頑張りこそが求められます。##

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