検事長の定年延長問題と“検察の威信”

〇コロナウイルス感染だけがニュースではありません。東京高検検事長の定年延長問題もコロナ感染同様、未解決のままです。この問題は、検事の定年制度を実質的に変更することで、検事総長人事に政権側が介入することを容易にするとして、大きな問題になっています。

〇検事の定年は満63才。検事総長だけは65歳。また、検事総長になるには現役の検事からだけ、という縛りがあります。他の公務員には無い、面倒な制度とも言えます。しかし検察内部ではそれによって、少なくとも検事総長の候補については前任者との年齢差などを考慮し、就任の何年も前から慎重に人事異動し、無理なく就任できるようにしています。したがって、急に検事総長候補を変えるのは難しく、結果的に人事介入からガードする役割も果たしていました。

〇検察は今年2月8日定年になる黒川弘務東京高検検事長が退任した後、名古屋高等検察庁の林真琴検事長を東京高検検事長に就任させ、さらに稲田伸夫検事総長が就任丸2年を超える今年7月退任した後、林氏にバトンタッチさせる考えだったということです。しかし安倍政権はこれを拒否し、政権寄りと言われる黒川氏を半年間定年延長させました。稲田氏の後の検事総長に据える考えだそうです(そうでなければわざわざ定年延長をしない)。

〇私は40年余り前、検察がロッキード事件の捜査から裁判に取り組んだ時期に、5年間検察を取材した元NHK社会部記者。その当時、やはり検事総長の選定に絡んで、今度と同種の問題が検察内部で議論になったことがあります。結局はこの問題は表面化せずに終わりましたが、今度の問題を考える手掛かりとして、ここで当時のことを思い出してみましょう。
 
〇ロッキード事件捜査の総指揮を執った布施健検事総長が1977年3月に退任した後、検事総長のポストは神谷尚男(~79年4月)、辻辰三郎(~81年7月)と引き継がれました。このうち、神谷氏から辻氏へバトンタッチされるときに問題が生じました。
検察幹部の取材で次の総長は、東京高検検事長の塩野宜慶氏という話が、複数の人から出てきたのです。この場合、定年制の問題が絡んできます。

〇神谷氏、塩野氏、辻氏(当時、最高検次長検事)は、それぞれ満1歳違い。神谷氏が定年まで総長を務めれば、塩野氏はその前に定年を迎え、総長になれない。辻氏は神谷氏の定年を待って無理なく総長になれる。従って、塩野氏が総長になるには、神谷氏が塩野氏の定年前、つまり自分の定年より11か月早く総長を辞めなければなりません。しかし、そうすると神谷氏は1年2か月程度しか総長を務められないことになります。これはいかにも短く、話に無理がある。そんな事情で、神谷氏の後の検事総長は辻氏で決まり、とみられていました。

〇塩野氏は戦前の公安検察の大立者で、司法大臣をした塩野季彦氏の長男。ロッキード事件が発覚した時、法務事務次官として渡米、捜査に必要な資料の提供を頼みに行きました。政治家と仲良くして総長を狙う、というタイプではなく、「塩野総長」を政権が後押ししているという話は全くありませんでした。検察的には超名門の生まれにしては腰が低く(検事らしくない)温厚で、言うことも常識的でした。そんなところが検察内部では、理屈が先に立つところがある辻氏より総長向き、と思う人も多かったのかもしれません。
この件は「検事総長とその他の検事の定年に2年の差が設けてあるのは、検事総長は少なくとも2年間はやれという意味だ」という正論が勝って、総長早期退陣論は立ち消えとなりました。神谷総長は1979年4月16日の定年の日まで務め、この問題は表に出ずに終わったのです。

〇ここで、今度の問題と40年前の問題を比較してみましょう。
まず動機の問題。40年前は検察内部の世論の動向──コンセンサスに絡む問題でしたが、今回は政権側の都合です。野党党首が指摘する通り「首相を逮捕するかもしれない機関の人事に官邸が介入するなんて、法治国家としての破壊行為だ」(枝野幸男立憲民主党代表)という大問題です。

〇次にそれを実現する方法。40年前のケースでは、あくまで当時の総長の早期勇退という総長の自主性に期待する方法が考えられました。今回は定年延長という、制度の枠組みを壊す乱暴な方法がとられました。検事の定年を定めた検察庁法には定年延長の規定はありませんが、森法務大臣は国家公務員法の定年延長の規定に基づいて定年延長を行った、としました。

〇国家公務員法と検察庁法は一般法と特別法の関係にあり、同じ問題については特別法の考え方が優先しますが、そんなことにはお構い無しの安倍内閣の強引な法解釈。法治国家を揺るがす、検事長の定年延長問題にとどまらぬ、ゆゆしき問題です。

〇しかし40年前と最も異なるのは、検察の威信の問題です。検察の威信とは政権と仲が良いとか、政権に可愛がられているので安定しているとかいう問題でありません。検察が持っている強大な権限を厳正公平に行使していると、国民に信頼されているかどうかの問題です。

〇その意味で、ロッキード事件で田中前首相(当時)の逮捕・起訴など、法を厳正に執行した当時の検察の威信は、かってないほど高まっていました。この検察の威信の前に、当時の政権は検察人事への要らざる介入など、とうていなすすべもなかった、といえます。
ひるがえって現在はどうか。森友・加計学園事件であれほど解明さるべき事案がありながら、ほとんど手を出さず、やったのは森友学園の籠池夫妻を逮捕・起訴しただけ。これでは国民の信頼はなく、検察の威信はないと言うべきでしょう。そもそも威信のない検察だからこそ、反撃の力はないとみて、横紙破りの定年延長などということが行われたわけです。
 
〇繰り返して言いましょう。この事件は無理が通れば道理が引っ込む安倍政権のやり方が、どこまで通用するか、という問題です。その裏側として、検察の威信を取り戻す方向に行くか行かないかの問題です。

〇3月3日、広島地検は先の参院選挙で、河井案里議員の陣営がいわゆるウグイス嬢への報酬を公職選挙法の規定の2倍支払っていた疑いのある問題で、河井議員の秘書ら3人を運動員買収の容疑で逮捕しました。止まっていた捜査がようやく動き出しました。検察の威信を取り戻すことにつながる動きとも言えます。この事件はどう決着するでしょうか。 報じられているように、連座制が適用され、河井案理議員が議席を失うことになるのでしょうか。こちらも目が離せません。


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