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昭和の記者のしごと⑭外国人労働者

第1部第13章 日本経済を左右する外国人労働者問題

 

外国人労働者を包括的に取材した先駆的な取り組み

 1991年(平成3年)夏、私が1都6県の首都圏を取材・放送エリアとする首都圏部のデスクとして取り組んだ外国人労働者問題の5週間にわたる放送は、新聞、TVを通じてマスコミではじめてこの問題を包括的に取材した、先駆的なものだったと思います。「多民族共住時代」というタイトルで、夕方のニュース番組で連続5週間、計25回放送しました。      放送は平成になってからです。しかし、外国人労働者の増大とそれを受け入れるシステムは昭和の経済政治状況の産物です。それを取り上げたこの放送は昭和の記者のしごとの一つと呼んでよいでしょう。

外国人労働者問題は社会部や経済部の取材対象のはずです。しかしTVも新聞も記者クラブを通じての取材に忙しく、新しく出てきた問題に中々取り組みません。私の外国人労働者問題取材のきっかけは、東京の首都圏部に転勤する前の3年間前橋のデスクをし、太田市や大泉町など群馬県東部の工業地帯で、工場で働く外国人が急増しているのに気がついたためです。そうした外国人労働者の賃金不払い問題や子弟の教育問題などを単発のニュースとして取り上げました。しかし外国人労働者問題は複雑で、散発的にニュースを出しても見る側に中々わかってもらえないと思いました。

 日本を含めて先進国の外国人労働者問題とは、いわゆる単純労働に外国人労働者が従事する問題です。日本の外国人労働者問題のややこしさは、法の建前としては単純労働に従事する外国人の入国を認めていないのに、実態としては合法非合法様々な形で外国人が入って来て、単純労働に従事していることから生じています。

私はこの取材は、まず外国人労働者問題の見取り図を把握してから取り組まなければならない、と考えました。           

 

労働内容と合法性で見取り図を作る

そこで問題を整理するため、労働の内容と日本への入国と就労の合法性の問題の二つの要素でグラフを作り、その中に日本に居る外国人労働者を位置づけてみました。

図の縦軸に労働の内容をとり、上に行くほど単純労働性が強まり、下に行けば熟練労働性が強まることとします。横軸は合法性の問題で、右へ行くほど合法性が強まり、左へ行くほど非合法とします。まず、グラフの左上のコーナーに不法就労者が来ます。数は推定21万人で、当時の最大勢力でしたが、取締りの強化で次第に減少してきています。

一方、日系人は入管法上「定住者」という在留資格で入国が認められ、入国したあとの活動に制約がなく、単純労働に就くことが可能です(実際、ほとんどが単純労働に従事しています)。結果的に日系人は日本が初めて導入した合法の外国人労働者ということになります。グラフの右上のコーナーに来ます。外国人ではない1世の日系人を含めて、この当時15万人前後。不法就労者の減少に合わせて急速に増えていました。

 研修生は実務研修という名目で単純労働に従事していますが、研修という面から見ても

労働という面から見ても制度の趣旨とは大きなずれが生じていました。日系人と同じ右上のコーナーですが、非合法に近い縦軸よりに位置します。留学生・就学生(高校レベルの留学生)は一定の時間内のアルバイトが認められていますが、本来の労働力ではありません。こうした人たちで働いているのが何人か、はっきりわかりませんでしたが、やはり不法就労の取り締まり強化に伴い急増中だったのは確かで、研修ビザによる入国者は1989年(平成1年)2万9千人、90年3万7千人、91年4万3千人となっています。右下のコーナーは入国管理法で就労を認めている投資・経営・医療・高度な技術などに関わる熟練労働者、いわばエリート外国人のための場所です。

 

見取り図を基に5週間の放送を構成

 このようにざっと見ただけで日本の外国人労働者は性格の違ういくつかのグループに分かれ、しかもその消長は一方が減れば一方が増えるという有機的な関連があることがわかりました。そこでシリーズの構成として、第1週目の放送は「今、何が起こっているか」として、身近なところで外国人労働者が急激に増え、様々な問題が起こっていることを取り上げました。そして2週目が「研修生・留学生・就学生」、3週目が「日系人労働者」、4週目が「不法就労者」。この3週間で見取り図で明らかになった、立場の異なる3つのグループの外国人労働者の実態とそれぞれがかかえる問題を追いました。最後の週は「共に住むために」として、現実問題として外国人労働者とともに住んでいかなければならない日本人が何を求められているか、問うものとしました。

 このうち研修生の問題について。取材して痛感したのは建前と本音の乖離、ということです。研修生は建前としては先進国たる日本が発展途上国に技術移転をしていろいろ教えてあげる、ということになっています。しかし実態として受け入れ側は不法就労に代わる合法の労働力受け入れの方法とはっきり捉えています。来る側も基本的に日本で働いて稼ぐ、というつもりで来ていると思われます。外国人労働者を中小企業に世話するブローカーは、本当に研修というつもりで来ているのは大雑把に言って1割だ、と言っていました。

労災保険が出なかった中国人研修生の死亡作業事故を取材しました。労働基準局に聞くと、100%労災保険を適用しないのではなく、労働中の事故と認定できれば適用する。ところが労働中の事故と認定すると、研修ではなくなってしまい、一緒にいた他の研修生も違法な研修に参加していたことになるので、中国に帰ってもらうことになるという。だから関係者もこれは労働中の事故で労災保険を適用しろとは中々言えない、というのです。

同じような矛盾した問題は労働報酬の問題で、インドネシアから来た研修生が畜産のきつい仕事をやらされて1ヶ月に2万円しか報酬が出ない、と手紙で訴えてきました。入国管理局に聞くと、研修という観点から言うと、報酬については問題はない、と言います。つまり研修生は報酬が安いのを問題にしているのですが、まさのその報酬は安ければ安いほど労働性がなくなって研修としては問題がない、というのです。その一方で、ほかの研修生を入れている側からは制度に沿って(報酬を安くして)真面目にやると、研修生は働く意欲がなく(当たり前!)役に立たない、どうしたらいいか、という訴えもありました。


日本に“日系人社会”を作って生き抜く

日系人の問題。私は取材を進めるにつれて日本に出稼ぎに来る日系人について、我々日本人は大きな錯覚があるのではないか、と思うようになりました。南米の苦しい事情はさておき、貧しい日本から出て行かざるをえなかった日本人が、結局、豊かな日本に戻ってきて、幸せなんじゃないか。多くの日本人がこう思っていたのではないでしょうか。

しかし実際に日本の日系人を取材してみると、まず仕事の内容は不法就労のアジア人と同様、きつい、汚い、危険のいわゆる3Kの仕事が多いのです。雇用の状態はほとんどが構内下請けというややこしい形をとった人材派遣会社からの派遣―間接雇用です。それに言葉や生活習慣などの違いからくる孤独感、祖国愛(祖国は日本ではない!)など、日系人は外国人労働者そのものなのです。だからこそ、日系人は仲間同士連絡を取り合って、サッカー大会や、法律相談や日本語教室などの会合を開くなど、かつて南米でそうしたように、日本に日系人社会を作って生き抜こうとしている、と感じました。

こうして実態を見ていきますと、日系人労働者の問題は同胞を暖かく迎える、といった問題ではなく、外国人労働者を受け入れると様々な難しい問題が生じる、と考え、真剣に対処すべき問題だ、と伝えました。


不法就労者はアジアからの出稼ぎ

不法就労のアジア系外国人の問題。これまで外国人労働者の代表のように受け取られてきましたが、よく考えてみると、非常に特殊な形の外国人労働者なのです。例外はありますが、家族は連れてきていません。基本的に立場が非常に弱く、日本人より安く働くのが前提になっています。基本的に解雇しようと思えばいつでも解雇できます。雇っている企業側にとって非常に雇いやすい、都合のいい労働者なのです。

不法就労はかって日本の高度経済成長を支える力の一つになった、出稼ぎに似ています。出稼ぎは家族をみんな地方に置いて、労働力だけが一極集中の東京に出てくるということです。福祉や教育の問題などは地方で面倒を見て、東京は労働の部分だけを味わったわけでした。


30年後の外国人労働者問題―問題は残ったまま

この取材をしてから30年余り。日本の外国人労働者問題はどうなっているのでしょうか。いや、これからどうなるのでしょうか。

我が国の少子高齢化はさらに進んで人手不足は厳しさを増し、どうやって外国人労働者を受け入れるかは、我が国がいま抱える最大の問題の一つ、と言っていいでしょう。

 ところがこの問題への対応が先送りされ、依然、本質的な問題が何も変わっていないことに驚いてしまいます。

この章の最初に紹介した日本の外国人問題の見取り図を見ながら、政府が発表したデータを見てみましょう。

①  日本の外国人労働者問題の基本問題は、法律上、単純労働に従事する外国人労働者は受け入れないことにしている一方、産業の現場では、その単純労働をこなす外国人労働者を強く求めているところにあることは、すでに説明しました。その建前と本音のギャップをカバーするため、かっては不法就労の外国人の流入があれほどに膨れ上がったわけです。国の取り締まり強化の結果、去年(2022年)1月1日現在、日本における不法残留者(その大多数は不法就労者)の数は、法務省によると6万6000人余にとどまっています。これから推定すると、不法就労の外国人労働者は、かっての3分の1以下に激減しています。

②  また「定住者」というカテゴリーで、合法的に単純労働に従事することが認められている日系人(ブラジル人、ペルー人)は、一時は、不法就労者に代わって、最も多くなり、全盛を極めましたが、その後 減少に転じ、去年10月の国別の日本での就労者数は、ブラジルは13万5000人、国別の順位は、ベトナム(45万3千人)、中国(39万7千人)、フィリピン(19万千人)に続く4位です。

③  しかし、その一方で、研修をしながら単純労働を替わって担う技能実習者が、日本から技術を受け継ぐはずなのに位置づけがあいまいなまま、一大労働集団として動いています。 つまり、非合法の不法就労の外国人労働者や合法の日系人労働者の減少を、労働者と認められず、したがって、待遇も悪い技能実習生らがカバーしているわけです。外国人労働者を必要としながら、本質的な制度改善に至っていないことは変わっていないのです。

④  法務省は外国人労働者問題に取り組む「有識者会議」を作り、去年(2022)12月、初会合を開いた。有識者会議は外国人の受け入れの方向性を議論し、受け入れの方向性を議論し、適切な受け入れの体制を関係閣僚にも提言するとしている。この春に中間報告を出し、秋には最終報告ををまとめるとしている。

こうした改善案を練るのは良いことだが、ことは急を要する。掛け声倒れにならぬよう、しっかりした検討をお願いしたい。##

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