見出し画像

ようこそ「寺子屋 『創』 」へ



 
 ぼくが「寺子屋 『創』(そう)」へやってきたのは、5年生のはじめだった。

 4年生の途中から、ぼくは学校に行かなくなってしまった。理由は自分でもよく分からない。友達とトラブルがあったわけでも、勉強についていけなくなったわけでもない。ただなんだろう、言い知れぬ息苦しさが日々だんだん強くなって、とうとう学校にいけなくなってしまったのだ。

 実際ここ数年、ぼくのような子供は爆発的に増えていた。

 いよいよ事態を重くみた大人たちは、今までの教育方針とは全く違った新しい学校を沢山作り始めた。色々な子供がいる。だから色々な学校があっていいじゃないか。つまりはそういうことらしい。

「太郎にぴったりな学校を見つけたぞ」

 そう言ってお父さんが勧めてきたのが「寺子屋『創』」だった。

「合わなかったらいつでもやめていいよ」
 父さんも母さんもそう言ってくれて、ぼくはとりあえず『創』に行ってみることにした。

「ようこそ『創』へ。担任の「時雨まさる」です」

 初登校日、校門で迎えてくれたのは「時雨」先生だった。

「おはようございます」

 初対面があまり得意じゃないぼくは、緊張しながらなんとかそう口にした。

「楠木太郎(くすのきたろう)君」

「はい」

「よろしくね」

「はい」

 廃校を利用して作られた『創』は校舎は古いが、自然が豊かで空気が美味しい。校庭はぼくが前に通っていた小学校の3倍はあった。しかもその校庭は国立公園のような芝生になっていて、寝転んで本を読んでいる生徒や、朝からバーベキューの準備をしている生徒がいた。
 
 パン パァーーン
 
 校庭にいた男子生徒が軽快にトランペットを吹いた。とても明るいその響きに、なんだか僕は元気をもらった気がした。

 校舎に入って始めに先生に案内されたのは、木の匂いのする部屋だった。広さは普通の教室の半分くらいだろうか。図工室にあるような作業台の周りに、いくつか椅子が並べられている。

「じゃあさっそくだけど、授業を始めようか」
席につくと直ぐに先生はそう言った。

「えっ、クラスは? 教科書もぼくまだ持ってません」

 クラスに案内されて、みんなの前で自己紹介。席の場所を指示されて。席に着くと授業が始まる。ぼくは教科書を持っていないから、隣の席の子に見せてもらわなきゃいけない。そんな展開は覚悟していたのだ。

「ああ。『創』にはクラスとかないんだよ。まあそのうち一緒に行動する子はできるかもしれないけど。最初は基本一人だよ」

「そうなんですか?」
 ぼくはびっくりした。確かに今までの学校とは大分違うとは聞いていたけど、そんな細かいことまで聞いていなかった。

「寂しいかい」

「いえ。大丈夫です」

「気楽だって思ったろ?」 
 ぼくの心を見透かして先生がいう。

「はい」

「太郎は正直ものだね。それでいい。一人になりたかったら思うぞんぶん一人になればいい。そのうち誰かといたくなったらそうすればいい。ただ、食事はみんなで食べた方が美味しい。だから昼ごはんは食堂で、ここへ通う他の生徒とみんなで食べることになる」

「はい」

「あと、うちの学校には教科書ってものがないんだ。一応必要な時にはそのテーマにあった冊子を配ることになってるから楽しみにしておいて」
 ぼくはコクリとうなずいた。なんだかよくわからないけど。本当にぼくが前に通っていた学校とは何もかも違いそうだった。

「では、太郎。さっそくだけど君が一番苦手な教科はなんだい?」

「国語です」

「なるほど。じゃあ、今日の授業は国語にしよう」

「えっ、先生は鬼ですか?」
 先生がとっても話しやすかったからか、ぼくはついそういった。

「ハハハ。鬼ではないよ。ただね。一番苦手だった教科からやってみる。一応それが『創」の方針なんだ」
 おそろしい方針だ。ぼくは顔を引きつらせた。

「国語のどの辺が苦手なんだい?」

「教科書に載っている小説は好きです。でもそれ以外は。あとは国語のテストがとっても苦手です」

「なるほど。小説ってことは太郎は物語が好きなんだね?」

「はい」

「じゃあ結構、読書はする?」

「いえ……漫画がばっかりです」

「ほう、漫画が好きなんだ。漫画のどこが好きなんだい?」

「読んでてワクワクする感じかな」

「いいじゃない。どんなの読むの?」
 それからぼくは、大好きな漫画の話を先生にした。驚いたことにぼくが好きな漫画を先生は全部知っていた。話は弾んで、今連載中の続きが気になる漫画について、今後の展開を2人で予想したりもした。

「じゃあ。これから国語の授業のテーマは漫画だな」
 漫画の話がひと段落したところで、突然先生がそう言った。

「えっ そんなのありなんですか?」

「ありだよ。だって太郎は漫画が好きなんだろ?」

「はい。でも……」

「OK、OK。あと、目標も決まり。太郎は今学年が終わるまでに読み切りの漫画を一つ完成させる」

「どういうことですか?」
 ぼくは意味がわからず聞き返す。

「まあこれも『創』の決まりなんだけど。生徒は自分が大好きなテーマにおいて、自分で何かをつくりだすことを目標にするんだよ。つまり太郎は大好きな漫画を自分でかいてみる」

「ぼく、漫画なんてかけないですよ」

「なんで?」

「なんでって、かいたことないですもん」

「誰にだって初めてはあるよ」

「それはそうですけど」

「自分でつくってみるとね。色々発見があるものなんだよ。まずは気楽にやってみようよ」


 
 翌日からしばらく、ぼくの授業は1時間目から6時間目までずっと国語になった。
 自分の漫画のストーリーを考えるために、とりあえず読んだことのない漫画を100種類ほど片っ端から読む。それが最初の課題だった。ありがたいことに図書室にはぼくが読んだことがない漫画が沢山そろっていた。
 ただ、この課題には、読むのに加えて以下のようなルールがあった。

 1.漫画に出てきた自分の知らなかったことはインターネットを使って徹底的に調べる。
 2.その漫画のどこが面白いのか、「ストーリー」「キャラクター」「設定」などの項目ごとにまとめる。
 3.漫画ごとに好きなコマを3つ選んで、それそっくりに書いてみる。

 「国語授業と言いつつ『分析』の勉強でもある。それから絵を書いているからね。図工の授業でもある。分からないことをパソコンで調べているから『パソコン』の授業でもある」
 国語だけで大丈夫かというぼくの疑問に先生はそう答えてくれた。

 2ヶ月が過ぎ、漫画を100種類を読み終えると、次に先生から漫画のストーリを書いてみるように言われた。驚いたことにその時には、ぼくの頭の中には書きたいストーリーが思い浮かんでいた。

 主人公はトランペット吹き。光をなくした世界に、再び光を取り戻すことができるという幻の曲の楽譜を探す旅に出る。道中、同じく幻の楽譜を求めて旅をしているさまざま楽器奏者と仲間になり、共に旅をしていく。いくたびの困難を乗り越えて、主人公一行はついに幻の楽譜を発見する。ラストは仲間全員でその楽譜を演奏する。そうして世界に光が戻るのだ。

「とってもいいストーリーじゃないか」

 ぼくが書いたストーリーの概要を先生は手放しで褒めてくれた。

「ありがとうございます」

「太郎は音楽も好きだもんな。ピアノが少し弾けるんだっけ?」

「うん。最近全然練習してないけど」

「でも、なんで主人公をトランペット吹きにしたんだ?」

「なんかトランペットってかっこいいから」

「なるほど。じゃあトランペットってどんな感じで音が出るか知ってるか?」

「いや、全然知らないです」

「じゃあ今から音楽室に行ってちょっとトランペット吹いてみよう。実はおれはトランペット吹けるんだよ」

「そうなんですか?」

              *

 初めて握ったトランペットはずっしりと重く冷たかった。
 マウスピースをつけて、そこに口をあてて思いっきり吹いてみる。ところが、どんなに息を入れてもトランペットから音が出ない

「息じゃなくて、唇の振動をマウスピースに伝えるんだ」
 ぼくはそれを意識してやってみたけど、どうにもうまくいかなかった。

「むずかしい。簡単に音が出ない楽器なんてあるんですね」

「あるよ沢山。トランペットは出しやすい方だと思うけどね」

「ちょっと貸してみ」
 そう言って、先生はぼくからトランペットを受け取り、吹いてみせた。

 パンッパァーン パパパッンパァーンーーー
  
 高らかに響く伸びのあるその音は、どこまでも遠くへ飛んでいきそうな気がした。

「すげぇ」 ぼくは声をあげた。

「かっこいいだろ」

「はい。……そのくらい吹けるまでにどのくらいかかるんですか?」

「練習しだいだよ。なんなら明日から半分は音楽の授業にするか?」
 先生はそう言って微笑んだ。


 
 『創』へきて半年。ぼくはその日、裸足で校庭を走り回っていた。いよいよ漫画をかき始めたけど、先生に「どうもぼくは人間を書くのが苦手で」って話したら「人の骨格の形を知れば、人間らしい絵がかけるかもよ」と言われ、しばらくずっと理科と称して人の骨格について学んでいた。いよいよ今日からは体育。自分でいろいろ体を動かしてみて、骨格の知識を深めていくのだ。
 午後からは音楽。トランペットの練習だ。最近ようやくきれいな音で吹けるようになってきた。
 
 パン パァーーン

 音楽室から、トランペットの音が聞こえた。
 きっと「かずき」君だ。
 先生が教えてくれた。ぼくが登校日初日に見たトランペットを吹いていた生徒。学年はぼくと同じで、音楽が大好き。かずき君の目標は「作曲」なんだとか。作曲するために今は色々な楽器について学んでいるらしい。

 「太郎の漫画に出てくる最後の曲を、かずきが作曲することにしたら楽しいと思うんだよな」

 先生は笑いながらそう言っていた。
 今度、「かずき」君に勇気を出して話かけてみようかな。
 ぼくは思った。 

いつも読んで下さってありがとうございます。 小説を書き続ける励みになります。 サポートし応援していただけたら嬉しいです。