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深大寺の休日

深大寺が主催する短編恋愛小説「深大寺恋物語」という文学賞に去年
『深大寺の休日』という作品を応募しました。

結果、惜しくも最終選考で落選だったのですが、なんと選外作品として
ホームページに記載していただきました。

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小説は4000字で綴った、大学生の恋の物語です。
名作映画、『ローマの休日』をモチーフにしています。
奥手の大学生の僕が、ある日、意中の女の子からデートに誘われる。そんなところから物語は始まります。

上記リンクからも読めますが作者特権、記載可能なので以下にも記載します。よろしければ是非、お読み下さい。

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深大寺の休日

「『江本』なら別にいいって」

鋭利な言葉だった。

(やだわ奥さん! そんな失礼なものいいってある?)
(でも僕高いよ。一時間五万円。お支払いは現金のみです)

 おどけた返しはいくつか浮かんだ、でも結局それは口から出なかった。

「……うん」

「『うん』って。やったじゃん江本、私とデートだよ」

「……いうねぇ」

そういい返す僕は、激しく動揺している。

まさか、『杏菜』はマトリョーシカの一番奥に隠した僕の気持ちを知っているのか?

「江本もデートくらいしたことあるでしょう?」

「一応」

「一応って何よ。土曜日ね。ちゃんと案内してよね」

一方的に話を終わらせ、彼女は西棟の方へ走り去っていった。

『デート』。そう呼ぶことにたいした意味がないことは分かっている。ただ、それでも僕は高揚し、すでに緊張すらし始めていた。

午後の講義をすっぽかし、買うあてもないのに生協をグルグル。その後ひたすらキャンパス歩いた。それでも息苦しさで飽和して、全力で自転車を漕ぎ、一人暮らしの部屋に戻り布団を被った。

暗闇の中、さっきの会話を思い出す。

                 *

「江本、寺とか好きでしょ」

昼休み、中庭でぼーっとしていた僕のところに杏菜は突如現れ、唐突にそう言った。

「……まあ、普通の人よ──」「私、深大寺に行きたくてさ」

さえぎって、彼女は一方的に要求を述べた。

なんでも大学の近くの深大寺へ、彼女はずっと行きたいと思っていたらしい。ところが不運にも彼氏も周りの友達も、神社仏閣にまったく興味がない。一人で行くのはさすがにと思っていたところ、僕が写真サークルの学内展に発表した深大寺の写真を見て、僕に白羽の矢が立ったという。

「連れてってよ」

「……いいけど……彼氏は大丈夫なの?」

束縛がかなり強い。

杏菜から、彼氏の『菊池』についてそう聞いていたから、僕は尋ねた。

「江本なら別にいいって」

                *

菊池とは確かに面識があった。学科が同じで共に寮暮らしだったから、他の友達も含めて何度か遊んだことがある。ただそれだけだった。少なくとも僕は菊池について何も知らないと思っている。一体、菊池は僕の何を知っているというのか?

とにかく菊池は僕を安全無害な男と判断した。そういうことだった。そして当然それは杏菜自身も同じということだ。僕は未だ緊張で波打ってる胸が少し痛むのを感じた。

せっかくの土曜日は雨降りだった。

杏菜はセミロングだった髪をバッサリと切って僕の前に現れた。

僕は正直面食らった。髪型はおそろしく似合っていたし、何より艶かしかった。新しい彼女の誕生。そんな風にさえ思った。

「私、晴れ女なんだけどな」

彼女が不満を漏らす。

「知らないよ」

「さては雨男だな」

「いや、曇り男です」

「なんだそれ。ところでどう?」

「何が?」髪のことだとわかっていながら僕はごまかす。

「江本はおバカさんですか?」

まったくだ……。僕は今、またマトリョーシカを外側に1つ追加したのだ。

「……そうかもね」

「髪型くらい、自分で決めたいじゃない」

彼女はそういって、指先で髪をはじいた。

「決めたらいいんじゃないの? 自分の髪だし」

「ありがとう」

なぜ彼女にお礼を言われたのか、僕にはわからなかった。

「歩いていこうよ」

深大寺行きのバスの話を始めると、彼女は言った。雨が降っているし、歩くと意外と距離があると僕は言ったのだが、彼女はどうしても歩くことにこだわった。

傘と大きな雨音のせいで、僕たちは無口になって歩いた。実際話すことをいろいろ準備してきたはずなのに、いざとなると、そのどれもがつまらないように思えた。彼女は退屈してないか? 僕はそれを心配したが、歩いている彼女は満足そうだった。

深大寺周辺をゆっくり散歩して、鬼太郎茶屋によって、山門、ナンジャモンジャ、本堂から釈迦堂、お土産を見た後、極上の蕎麦を食べる。そんなコースを考えていたのだけれど、深大寺通りまで来ると「蕎麦が食べたい」と彼女が言って、結局蕎麦屋に入った。

「計画くずれちゃった?」

蕎麦をすすりながら、彼女がからかうように言う。

「計画なんか立ててないよ」

僕はまたマトリョーシカを追加する。

「けち」

「そうだね。ここも割り勘だね」

「それでも、私のいうことはよく聞いてくれるのね」

「……」

蕎麦屋を出ると杏菜は僕の提案なんて無視して、勝手気ままに行動を始めた。『水車館』見た後、おみやげ屋を何軒か周り買い物を楽しみ、次に団子屋へ行って4種類の味すべてを堪能した。さらにその後、陶芸の絵付け体験をすると言い出した。

雨は一向に止む気配を見せなかった。でも、雨降りの深大寺はわるくなかった。深い緑が雨を全て受け入れ、雨と完全に同化し、ここをより一層特別な場所にしているように思えた。

「今日はやりたいようにやるの」

絵付けをしながら彼女は改めてそう宣言した。その言葉に含まれた決意や渇望、僕はそこでようやく、彼女が抱える束縛のストレスの断片をみた気がした。

彼女は菊池と付き合っていて、幸せなのだろうか……

「やっぱり釈迦如来見ようよ!」

絵付けを終えた彼女に僕はいう。

「だから興味ないって仏像はさ」

「杏菜ぜったい気にいるよ。人生でじっくり仏像を見たことある? 本気で観察すれば、今まで気づかなかった魅力がきっと見つかるよ」

僕は今度は譲らなかった。

「なんか理屈っぽいな」

「理系だからね」

僕はそう言って、釈迦堂へ向かって歩き出した。彼女がついてこないならそれまでだ。そう思った。でも、彼女はちゃんとついてきてくれた。

釈迦如来像は静かに僕たちを待っていた。

美しかった。それは記憶の中のそれよりも格段に美しかった。僕自身、今までこの美しさにまったく気がついていなかった。そう思った。この感覚……今日駅でショートカットの杏菜を見た時を思い出す。僕はふと彼女の横顔を見た。彼女は何も言わず、静かに釈迦を見ている。

「どう?」

僕はおそるおそる聞いた。

「何が?」

お返しだった。

「釈迦如来像」

「うん……とっても美しいと思った。正直、びっくりした」

そういった杏菜に、僕はいよいよ参ってしまった。彼女の感想は心からのものだと分かったし、なにより思った通り彼女はこの美しさを理解してくれたのだ。しかし……すぐに猛烈な寂しさがこみ上げる。今や僕の気持ちはもう何重にもなったマトリョーシカの一番奥にあって、しかもそれを取り出したところで、どうなるものでもないのだ。

「えっ? なんか江本泣きそうじゃない。そんなに感動したの?」

不意に杏菜にいわれ、我に帰る。

「……ブッダの……悟った者の悲しさがわかったんだ」

「何それ?」

「なんだろね……」

「次はおみくじ引こうよ」

おみくじの創始者「元三大師」の秘仏が深大寺にあると蕎麦屋で話した時から、彼女はここで引くことに決めていたらしい。僕自身そんなウンチクを並べつつ、深大寺でおみくじを引いたことはなかった。大体、おみくじが何をしてくれるというのか。

「二人とも『凶』かもね」

僕は言った。

「江本は悲観的ね」

「深大寺はドーピングしてないからね」

「どういうこと?」

「引いた人を満足させるために『吉』の数を増やしてないってこと。だから『凶』が多いって噂がある」

「私、今日は『大吉』引く気がする」

彼女は確信に満ちた顔をする。

結果、杏菜は『凶』で、僕は『大吉』だった。

「こんなに自由なのに『凶』なの……」

彼女はぽつりと言った。

一方僕も自分の『大吉』について考えた。

確かに杏菜と出かけることができた。釈迦如来の美しさを共有できた。でも、結局、僕の中のマトリョーシカは今日、さらに大きくなった。果たしてこれで『大吉』と言えるのだろうか?……

「電話かかってきちゃった!」

突然、杏菜は言った。

確かに彼女の手の中で携帯電話が震えている。

彼女は「ごめん」と言って僕からかなり距離をとって電話に出る。

遠くの彼女は、電話口の向こうの誰かに仕切りに説明しているように見えた。僕にはもうわかっていた。菊池から電話がかかってきたのだ。

「行かなくちゃ」

電話終えて戻ってきた彼女がそう言った。

予想し、覚悟していたことなのに、びっくりするぐらい重い言葉だった。

(やだわ奥さん、これほど重い言葉ってある?)

(では、三時間四三分でしたので十八万円です)

僕は心の中でだけそうつぶやく。

「……そう。送ろうか?」

僕は必死で何ともない顔をつくる。

「大丈夫。アイツがバイクで迎えにくるから。ひとりで来てることになってるし」

「……?……そう」

「ごめんね。なんか今日私の見たいところばっかりだったね……今から江本は行きたかったところ、ゆっくり見て」

「……うん」彼女はずるい。

「ありがとね。バイバイ」

満面の笑みで彼女が手を振る。

「うん。こっちこそありがとう」満面の笑みを返す僕もずるい。

僕は彼女の後ろ姿を茫然と見つめている。

今の彼女に、ショートカットは似合っていなかった。

遠くからバイクの音が聞こえてくるような気がした。

これで本当に『大吉』か?

僕は僕に問う。雨音がドラムロールのように響いている。

…………冗談じゃない!

僕の心が激しく異議を唱える。

『江本なら別にいいって』彼女の言葉がマトリョーシカを開ける。

『江本はおバカさんですか?』彼女の言葉がまたマトリョーシカを開ける。

『髪型くらい、自分で決めたいじゃない』……『私のいうことはよく聞いてくれるのね』……『うん……とっても美しいと思った。正直、びっくりした』……『……ひとりで来てることになってるし』

心に焼きついた。彼女の満面の笑みが強烈に浮かび上がった時、僕はマトリョーシカを全て開け終えている。

「行かなくていいんじゃない!」

雨音に負けないくらいの大声で僕は杏菜を呼び止めた。



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