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スウェーデン移住計画2 - ビザ申請

梅雨も明け陽射しが強くなり始めた頃、僕とNinaは数枚の書類を持って部屋を出た。

向かう先はスウェーデン大使館。


僕とNinaは学芸大西口商店街を手を繋ぎながら歩き、駅へ向かう。

商店街は平日の昼間ということもあり、通りをゆく人はまばらだ。

夕方とは違い、今なら道の真ん中を自分たちのペースで歩ける。

何者にも邪魔されぬ歩み、しかし心なしか足取りが重い。

不安がまとわり付き、重みがある数枚の書類。

ビザ申請のための必要書類。

大使館が近づくほど重さが増している。


改札を抜け階段を上り、タイミングよく到着した日比谷線直通電車に僕たちは乗り込んだ。

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車内は空いていて、空席もある。

下車駅の神谷町駅までは20分とかからない距離だが、重さに耐えられず席に腰を預けた。


「ナーバスになってる?」


僕の口数の少なさに気がついたNinaが言った。


移住計画の中で唯一の不安要素であるビザ取得。

これさえクリアできれば僕たちの移住は9割り方終わったも同然。

しかしここで躓けば移住計画は白紙に戻る。

いや、白紙に戻るだけならまだいいが、完全に立ち消える。

小心者の僕がナーバスにならないわけがない。


「でも今日はさ、書類の提出だけだから」


Ninaが笑いながら言った。


「そうだよね」


つられて僕も笑った。

しかし、頭では分かっていても胸の中、お腹の中で飛び回っている何匹もの蝶。

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不安を追い出そうと、僕たちはビザ取得後の計画を電車に揺られながらあれこれと話し合った。


神谷町駅についたころには蝶は一匹残らず消えていた。


駅から徒歩10分、木々に囲まれた坂道を上りきった所に目的地がある。

オフィス街にありながら自然を感じられる場所。


「この辺の土地一帯、以前はスウェーデン大使館の持ち物だったみたいだよ」


Ninaが歩きながらそんなことを教えてくれた。

スウェーデンで感じたスウェーデン人の自然を愛する心。

それがここでも伝わって来る。


背丈を優に超える垣根沿いに歩を進めていると、突如として現れた赤い門。

その先の建造物に目を囚われ、僕は足を止めた。

決して高くはないが、圧倒的存在感を示している。

オーディン[1]の怒りに触れ、斜めに切り取らでもしたようフォルム。

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画像提供 : 建築を観る旅・塩野直之


以前何かで見た、ジャイプル[2]にあるジャンタル・マンタル[3]を彷彿させるその姿。

それもそのはず、これは後日知ることになるのだが、スウェーデンの建築家ミカエル・グラニートは、太陽の動きから発想を得て大使館を設計したのだそう。

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画像提供 : 建築を観る旅・塩野直之


知らずとして、これからの拠点になるであろう地といちばんの憧れがある地が交差した瞬間だった。


重厚な扉を開け、中を数歩進んだだけで僕の心は踊り出した。


「さすがスウェーデン大使館、なんだかスウェーデンに来たみたいだ」


調度品を眺め、ありきたりな感想を述べた僕にNinaが微笑む。

訪れている人も職員も誰もいない。

程よく広いフロアを色々見て周り楽しんでいると、程なくして大使館員が現れた。

僕は事情を説明し、書類を提出する。


「書類確認のため、15分ほどお待ちください」


静かな空間に大使館員の声が広がる。

一瞬の静寂。

その後15分間、空間は僕とNinaの笑い声で埋め尽くされていた。

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脚注
1  北欧神話の主神。神槍グングニルを持つ。
2  インド、ラージャスターン州の州都。
3  18世紀前半に建設された大型の日時計および天体観測施設。世界遺産になっている。

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