ベルマーク
「あんたぁ、それ、まだ使うとうじゃろ」
ノートに入れかけた刃が止まる。
「書き終わったん、持っちょらんのん?」
「全部、捨てた……」
「はぁ、そないじゃけ、あんた、勉強出来んのと違うん?」
「ええわぁや、今、そんなこと」
「ほじゃけど、まだ使うノートじゃろ、穴開いとったら困ろうが」
母は上体をひねって手を伸ばす。はさみとノートを取り上げられると思って身構える。手が止まる。部屋の、動的な主体が、伸びたつるつるの手から、底のない視線に置き換わる。
「いつまで」
「は」
「いつまでにいるん」
「……あした」
溜息が部屋を満たし、腰の悪いはずの女が立ち上がる。私はそれを黙って見上げている。なんか……なんかあったじゃろか……。襖がガタとなる。床が軋み、買い置かれた古い日用品が、次第に畳を占めてゆく。
いつものスープの素、泣く弟を黙らせるためのスナック菓子、展開された清酒のパック、牛の赤い石鹸箱などから、マークは少しずつ剥離して、私の掌に集まってゆく。切り取られ、並べられたベルマークは、ベルと言うより目に見えて、私は思わず視線を逸らす。切れ長の、瞼の重そうな目はみな一様にこちらを向いて、知っているのに立ち上がらなかった私をにらみつけている。
やがて学校に、車いすが三つ届く。ぴかぴかの車いすはどこか誇らしげで、先生は、君たちがお友達を助けたのだとほめてくれる。
私は車いすを見下ろしてそっと手を触れる。あなた、私の道徳を正し得なかった、たくさんの視線で出来ているのよ。そう知ってほしくて、私は椅子の輪郭をそっと愛しむ。
🔔先日、とある企画で行った「15分ライティング」の作品をリテイクしたものです。お題はタイトルの通り「ベルマーク」でした。動画はそのうち公開されると思います。ここまで読んでくださりありがとうございました!
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