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研究開発を後押しするのは、ランナーの経験。広島の医療機器メーカー勤務30歳女性の「困難乗り越え術」とは

 医療機器製造のJMS(広島市中区)で開発を担当する佐々木寛華さん(30)。研究者としての仕事を支えているのは、大好きな「走ること」で体得した困難乗り越え術だそうです。検査や実験に粘り強く取り組む佐々木さんのマイルールを聞きました。(聞き手・標葉知美、写真・浜岡学)

佐々木さんってこんな人
 佐賀県生まれ。熊本大を卒業後、熊本大大学院で分析化学を学び、2017年に医療機器製造のJMS(広島市中区)に入社。胃に管をつないで体内に栄養を送る経腸栄養システムの開発を担当する。大阪国際女子マラソン出場を目指す市民ランナーでもある。

入社6年目。仕事前の備えがあるそうですね。

 1日の動きを、前日の夜か当日の朝にイメージトレーニングします。付箋に予定を書いて、お気に入りのスヌーピーの手帳に張って。その時にだいたいの時間配分も考えます。終わった項目ごとにチェックして、全部できたら捨てる。こうすると効率的に仕事をこなせるんです。


 大きな会議など特別な予定がなければ残業はなるべくしません。基本的には午後6時半には退社するようにしています。ただ、早く帰るのを優先して仕事ができないのは嫌なので、常に効率化を考えています。


早く帰って、やっぱり走るんですよね。大阪国際女子マラソン出場を目指す市民ランナーなんだと聞きました。

 そうなんです。週2回ほど広島市中心部から安佐南区大町の自宅まで、走って帰ります。距離にして約10キロ。会社の近くで借りているランニングステーションでの着替えも含めると1時間ほどかかります。中学、高校、大学と陸上部で中距離を走っていました。入社2年目にフルマラソンへの挑戦を始めたんです。室内で機器や数値と向き合う時間が多いと、体を動かしたくなって。

 友達に言うとちょっと引かれますが、通勤とは別に木曜日はさらに夜10キロ、日曜日は20~30キロ走り込みます。今は42・195キロで3時間10分を切るくらい。走り続けるうちにきつい、しんどい感覚が消えて、いわゆるランナーズハイになる瞬間が気持ちよくて。私は「無敵ゾーン」と呼んでいます。

無敵ゾーン、ですか。

 これ、実は仕事にも通じる感覚だと思っていて。製品の開発も、うまくいくとき、つらいときなどいろいろな段階があります。でも、実験や検査でいい結果が出たときはすごく気持ちが晴れる。

 仕事に行き詰まったら「マラソンならこのあとはきっと無敵ゾーンが来る」って思うようにしていて。そうしたら、ハイな感覚を目指して前向きに考えられます。落ち込むより次にじゃあどうしたらいいか考えたり、別の検査や実験をしてみたり。開発って、ひたすら小さな失敗と小さな成功を繰り返していく地道な仕事なんです。

 今は、口から食べることが難しくなった人のために栄養を体に送り込む管などの開発をしています。一つの製品が完成するまで3年以上かかることもあるんですよ。

長丁場ですね。

 でも、フルマラソンのきつさを思い浮かべると「こんなの全然ましだ」と思えます。走ることで心身が鍛えられていますし、整えられている。走ることは、私流の「乗り越え術」。仕事とランニングがてんびんの左右の重しになってちょうど良いバランスを保っている感じでしょうか。あとは、タイムという目標を具体的に決めて実行に移す訓練にもなります。

走ることそのものも、リフレッシュにつながりますよね。

 もちろん。職場で考え方が合わずもやもやしたり、何年もかけて作った製品が商品化されなかったりすると、ウエアに着替えてとにかく走ります。

 ランニング中は心を使わず、頭の中の記憶を整理しながらレム睡眠に似た感じで走ります。自分の呼吸と風の音を聞いていると、手足が自然に動くんです。だんだんランニングウオッチでタイムを計りながらペースを上げ、「無敵ゾーン」に入る。家に着くころには、嫌なことは全て忘れてすっきりしています。

走りながら仕事のいいアイデアが浮かびますか。

 目の前の道とランニングウオッチに集中しますから、仕事のことはほぼ考えません。いいアイデアも浮かびません(笑)。でも、おかげで家に仕事を持ち込むこともありませんし、健康でいられるのだと思っています。

走ることが支えになっているのだと思いますが、そもそも医療が必要な人に役立つ機器の開発って、やりがいがあるんでしょうね。どんな所がおもしろいんですか。

 長年向き合ってきた製品は、わが子みたいにかわいいんですよ。形も色も、細かい修正を何度も加えてつくっていきますから。情が移るというか。
 管が顔の肌に触れる部分の痛みを和らげる保護カバーの開発では、丈夫でありつつやわらかな素材や、優しい色合い、利用者が入れる向きが一目で分かる使いやすい形を目指しました。何とか患者さんの痛みを和らげたくて。

佐々木さんが開発に携わった保護カバー

 そんな商品が、どこの病院で使われているのか、いまどのくらい売れているのか。巣立っていった後も気になります。

開発者の仕事、向いているんですね。

 子どもの頃から生き物と環境の関係を分析するのが好きでした。小学4年生の頃、家のミカンの木にいたアゲハ蝶の幼虫がさなぎ、チョウと形を変えていくのが面白くて。観察にのめり込みました。6年生までずっと自由研究はアゲハ蝶でした。

 観察を3年続けて、さなぎの色は、いた場所によって変わることに気付いたんです。葉っぱの上なら緑色、枯れ葉や枝なら茶褐色。外敵から身を守って生き残るためだと知って感動しました。自分の着目するところが年々変わっていったのも楽しかった。

 「何でそうなるのか」を突き止める研究の時間は、大人になってからもわくわくします。今は生物が対象ではありませんが、分からないことに対して原因を追究していくことにのめり込むのは昔と同じです。私にとってはアゲハ蝶が原点です。

研究の仕事は楽しいんでしょうね。でも、部署の7割は男性と聞きました。男性の多い職場、違和感はないですか。

 所属する4人チームで女性は私1人。一般職や工場での仕事に就く女性が多く、確かに研究開発の部署では少ないです。職場以外のところでは「リケジョ」なんて言われることもありますね。ただ、私自身は働く上で性別はあまり気にしていません。

 子どもの頃から好きなことをやり続けたらここにいたという感じ。女性だから仕事で悔しい思いをしたとか、そんな経験はないです。昔よりは増えているのでしょうが、女性の開発者や研究者がもっと珍しくなくなればいいなとは思います。

今春結婚されたそうですね。暮らしは変わりましたか。

 あまり変わっていません。夫も走るのが好きで、短距離が専門。種目が複数ある大会は一緒に参加します。休日は走るか大会に出るかが多いですね。これまでに広島県立もみのき森林公園(廿日市市)エディオンスタジアム広島(広島市安佐南区)といった地元の会場である大会に何度も参加しました。優勝したこともあります。

名古屋ウィメンズマラソンでもらったペンダント

 名古屋ウィメンズマラソンにも出場しました。来年は東京マラソンに参加します。新型コロナウイルスの影響でこの2、3年は遠出を減らしていましたが、また全国の大会を巡って旅をしたいです。

夫婦で走るって楽しそうですね。

 でも、いつもはあまり一緒に走らないんですよ。広島市内のランナーズクラブに三つほど入っていますがそれは1人で参加しています。走るときは、マイペースでいきたいんです。