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境界に立つ常立神(トコタチの神)(『古事記』通読⑭ver.1.22)

※連載記事ですが、単独でも支障なくお読み頂けます。初回はこちら

『古事記』5番目の神は、天之常立神(アメノトコタチの神)、6番目の神は、国之常立神(クニノトコタチの神)です。

よく似た名前の二神ですが、天之常立神(アメノトコタチの神)は別天神(ことあまつかみ)のラストとなる神であり、国之常立神(クニノトコタチの神)は、神世七代かみよななよの初代となる神で、属性が全く違います。

また、この二神は共に独神ひとりがみです。このことの意味するところについて明らかにしていこうというのが、今回の趣旨です。

神々の構造



それでは、いつものように、稗田阿礼と一番の読み手であったであろう当時の皇子との対話ダイアローグで解説を進めて行きます。


■常立神(トコタチの神)と産巣日神(ムスヒの神)

皇子 造化の三神の働きですべてがそろって満ち足りていた天に、宇摩志阿斯訶備比古遅神が登場したことによって、均衡が破られ、天以外に生命が溢れていく物語が始まったんだったよね(通読⑩~⑬で解説)。

阿礼 おおよそ、そうですね。

皇子 それでその次に、天之常立神(アメノトコタチの神)が、その次に、国之常立神(クニノトコタチの神)が誕生されるんだよね。

阿礼 そのとおりです。

皇子 これって、高御産巣日神(タカミムスヒの神)と神産巣日神(カミムスヒの神)の関係と同じだよね。

阿礼 同じ関係と言えるところもありますが、同じではない関係だとも言えますよ。皇子はどこが同じだと思われましたか?

皇子 阿礼はさ、いっつも、当たり前のことを当たり前にはうなずいてくれないよね。まあ、いいけど。

阿礼 当たり前に思っていることが、実は先入観、思い込みかもしれないと常に疑ってみないと、時には命を落とすことになるかもしれないことは、肝に銘じておかなければなりませんよ。
ヤマトタケル様が伊吹山の白猪を、神の使いだと根拠もなしに断じられたあとどうなりましたか?神の怒りで命を落とすことになりましたよね。
当たり前を疑わないで言葉にすることは、「言挙ことあげ」という致命的な行動ですよ(『古事記』では、ことあげを、物事をはっきりという、理屈を言うなどの意味では用いていません)。

皇子 わかったよ。根拠から言うよ。

阿礼 ありがとうございます。わかっていただけて、嬉しいです。


産巣日神(ムスヒの神)との違い

皇子 高御産巣日神(タカミムスヒの神)と神産巣日神(カミムスヒの神)は、ともに産巣日神(ムスヒの神)だよね。
そして独神ひとりがみだから、高御産巣日神(タカミムスヒの神)と神産巣日神(カミムスヒの神)は補完関係にあるわけではない。互いに比較してはいけない、独立した神様だ。
ここまでは、いいよね。

阿礼 はい。間違いはありません。

皇子 それで、高御産巣日神(タカミムスヒの神)が誕生し、その次に神産巣日神(カミムスヒの神)が誕生し、という順番に誕生したのだから、最高のムスヒの神である高御産巣日神(タカミムスヒの神)でも創れなかったものが、神ならではの働きを行ったムスヒの神である神産巣日神(カミムスヒの神)によって創られた、それで高天原の世界ができたんだよね(通読⑦で解説)。

阿礼 よく理解されましたね。おおむね、そのとおりです。

皇子 それでね、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)も、ともに常立神(トコタチの神)で、そして独神(ひとりがみ)でしょう。
これって、二柱のムスヒの神の関係とまったく同じだよね。
ということは、天之常立神(アメノトコタチの神)が成し得なかった常立とこたちの働きを、国之常立神(クニノトコタチの神)が誕生したことによって成し終えることになると思うんだ。
どう、完璧な説明だろう?

阿礼 おそれ多くも、残念ながら、皇子様には見落としがあります。

皇子 えっ?なんで?まったく同じ関係じゃないの?

阿礼 高御産巣日神(タカミムスヒの神)と神産巣日神(カミムスヒの神)の関係と、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)の関係には、大きな違いがあります。
高御産巣日神(タカミムスヒの神)は、高御たかみ、すなわち最高の産巣日神(ムスヒの神)様で、神産巣日神(カミムスヒの神)は、神ならではの産巣日神(ムスヒの神)様です。同じムスヒの神様でも、異なる働きをされたことが、名前から分かります。
ところが、天之常立神(アメノトコタチの神)様と国之常立神(クニノトコタチの神)様の違いは、場所だけです。働きに違いはありません。

皇子 場所が違えば、そのものも違うはずだよ。例えばさ、飛鳥の国の山と近江の国の山は違う山じゃないか。

阿礼 そうではありません。飛鳥に降る雨と近江に降る雨は同じという意味で、飛鳥の山と近江の山は同じ山なんですよ。

皇子 同じ山じゃないよ。形も高さも違うし。

阿礼 確かに、今見える飛鳥の山と近江の山は違う山です。でも、もし一晩のうちに、その山が入れ替わってしまったらどうでしょうか。やっぱり飛鳥にある山は飛鳥の山と言われ、近江にある山は近江の山と言われますよね。

皇子 うーん。そうだね。確かに。ということは、天之常立神(アメノトコタチの神)様と国之常立神(クニノトコタチの神)様は同じ神様っていうこと?

阿礼 二神は属性が異なりますし、誕生された時も違いますから、同じ神様ではありません。そうではなくて、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)は、常立神(トコタチの神)としては、何ら違いがないということです。

皇子 同じ常立神(トコタチの神)なのに、違う神様ってどういうこと?なぜ、同じ神様が二柱も誕生する必要があったの?

阿礼 高御産巣日神(タカミムスヒの神)と神産巣日神(カミムスヒの神)の関係と、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)の関係との、もう一つの違いがヒントになります。

皇子 もう一つの違いって?

阿礼 高御産巣日神(タカミムスヒの神)様と神産巣日神(カミムスヒの神)様は、数多いムスヒの神様のうちの二柱ですが、常立神(トコタチの神)は、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)の他にはいらっしゃいません。

皇子 確かに、ムスヒの神には、和久産巣日神(ワクムスヒの神)がおられるし、玉積産日神(タマヅメムスヒ)、生産日神(イクムスヒ)、足産日神(タルムスヒ)もムスヒの神々だよね。でもそれがどういうヒントになるの?

阿礼 天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)の関係を理解するには、この二柱が、たった二神しかいないトコタチの神であることの意味を考えれば良いのです。

皇子 そんなこと言われててもわからないよ。


常立神(トコタチの神)はどうして二柱なのか

阿礼 ムスヒの神様には、いろんなタイプの神々がいらっしゃる。だから、たくさんの数のムスヒの神様がいらっしゃいます。ひょっとしたら。私たちもまだ知らないムスヒの神様もいらっしゃるかもしれないし、これから先も新しいムスヒの神様が誕生されていくかもしれません。

皇子 ムスヒの神様は、創造の力を発揮する産む神様である一方、どんどん創造されていく産まれる神様でもあるってことだね。

阿礼 そうですね。産むことと産まれることは分けることができません。それが創造ということですね。

皇子 常立神(トコタチの神)は、創造神ではないから、いろいろなタイプがどんどん増えていったりはしないんだね。でも、二柱めの常立神(トコタチの神)様が誕生されたってことは、増えているってことだよね?

阿礼 本当に増えたのでしょうか?

皇子 どういうこと?

阿礼 常立神(トコタチの神)であることはいったん置いておいて、全く同じ神が二神いらっしゃるということは、どういうことが考えられますか?

皇子 双子の神様。神様の分身。神様の移動。実は同じ神じゃなかった。そっくりに作られた別の神様。あとは…。

阿礼 いろいろな可能性を考えられましたね。さすがは皇子です。それでは、ひとつずつ吟味していきましょうか。

皇子 うん。

阿礼 まず、二神の常立神(トコタチの神)は、独神ひとりがみで、個別に誕生されていますから、双子ではないですね。

皇子 そうだね。

阿礼 それから、もし分身だとすると、二神だけの理由がないですよね。

皇子 確かに。分身なら、三神も四神も五神もと常立神(トコタチの神)が増えてもよさそうだね。

阿礼 それから、移動だとすると、天之常立神(アメノトコタチの神)が国之常立神(クニノトコタチの神)になったとたん、天之常立神(アメノトコタチの神)は無くなってしまうはずですが、そんなことは『古事記』には書いてありません。ということは、移動されたのでもないはずです。

皇子 うん、まあ、都が移動しても移動する前の都は無くならないけど、それはもう都とは呼ばれないから、やっぱり移動でもないのか…。

阿礼 そう、都も街並みや建物など形が本質ではないですから、天皇がお移りになられれば、街並みや建物などが何一つ変わらなくても、そこはもう都ではないですよね。

皇子 二柱の常立神(トコタチの神)様は、実は同じ神じゃなかったというのはどうかな?
天之常立神(アメノトコタチの神)には、常立神(トコタチの神)の他にも別の特徴があって、国之常立神(クニノトコタチの神)にも、常立神(トコタチの神)の他の別の特徴があって、二神は別の神様なんだけど、常立神(トコタチの神)の性質だけ見ると同じだから、違う神様だけど共に常立神(トコタチの神)と呼ばれている可能性はあるんじゃない?

阿礼 なかなか突飛なお考えですね。

皇子 いや、だって、神々の中には、複数の性質を持っている神様がいるでしょう。大国主神(オオクニヌシの神)なんて、大穴牟遅神(オオアナムヂの神)だったり、葦原色許男神(アシハラのシコヲの神)だったり、八千矛神(ヤチホコの神)だったり、宇都志国玉神(ウツシクニタマの神)だったり、いろいろな性格を持っているでしょう。全然とっぴな考えじゃないよ。

阿礼 そうですね。突飛と申し上げて失礼致しました。しかしながら、天之常立神(アメノトコタチの神)も国之常立神(クニノトコタチの神)も、『古事記』には常立神(トコタチの神)としか書かれていないでしょう。
書かれていないのに、勝手に他の性格を想像してはいけません。それでは『古事記』ではなくなってしまいます。

皇子 それはそうだね。他の性格があったら、別の名前も書かれているはずだもんね。
じゃ、そっくりに作られた別の神様ってのはどうだろう。分身なんじゃなくって、天之常立神(アメノトコタチの神)をもとに、そっくりに創造されたのが、国之常立神(クニノトコタチの神)なんだよ。

阿礼 でもそうなると、誰が何の目的で、天之常立神(アメノトコタチの神)をもとに、そっくりな国之常立神(クニノトコタチの神)を創造されたのでしょうか?

皇子 それは、造化の三神なんじゃないかな。造化の三神の働きで、天之常立神(アメノトコタチの神)に似せて、国之常立神(クニノトコタチの神)が創られたんじゃない?
それか、天之常立神(アメノトコタチの神)が、ご自分に似せて、国之常立神(クニノトコタチの神)を創られた。

阿礼 国之常立神(クニノトコタチの神)は独神ひとりがみですよ。他の神によって創造されたというのは違います。

皇子 そうか。だよね。
でもさ、国之常立神(クニノトコタチの神)も、神産巣日神(カミムスヒの神)と同じく、先に誕生された天之常立神(アメノトコタチの神)や天之常立神(アメノトコタチの神)とは独立して誕生されたんだよね。
そこは、高御産巣日神(タカミムスヒの神)と神産巣日神(カミムスヒの神)の関係と、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)の関係は、同じと言えるよね。

阿礼 そうですね。その点では、関係は同じですね。

皇子 でも、全く同じ常立神(トコタチの神)が二神いらっしゃる謎は解けないままだ…。

阿礼 では、見方を変えましょう。皇子と全く同じ存在をこの世に現すにはどうしたら良いでしょうか?

皇子 そんなの不可能だよ。僕は双子じゃないし、分身の技もできないし、そっくりな僕を国中探して見つけてきたって、それは似ているだけで僕じゃないし、それに都合良くそれほどそっくりな人がいるとも思えない。

阿礼 皇子、海月くらげなす漂っていたのは何だったでしょうか?

皇子 ん?それは、月影のように漂っている国の写し絵…。そうか、天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)は、鏡像の関係にあるんだ。そうなんだね。

阿礼 可能性をひとつひとつ吟味していくと、そうなりますね。鏡像なら、二神しかない理由にもなりますから。

皇子 でもさ、何に写ったんだろう。鏡の役割をするものがないと鏡像はできないだろう?稚き国と同じく、水面に写ったんだろうか。

阿礼 それは、そうではないと思います。国之常立神(クニノトコタチの神)は高天原に成りませる神ですから、水面に映ったのだとは考えられません。

皇子 じゃあ、何が鏡の役割をしてたんだろうね。

阿礼 天之常立神(アメノトコタチの神)は別天神(ことあまつかみ)で、国之常立神(クニノトコタチの神)は神世七代の神です。その境界が、鏡の役割を果たしていることになりますね。
天之常立神(アメノトコタチの神)と国之常立神(クニノトコタチの神)は、境界に立つ二神なのですよ。

皇子 じゃあ、この二柱の神々は、何のために境界に立っているの?それに、そもそも常立神(トコタチの神)ってどういう働きをされる神様なの?

アメノトコタチの神の話につづきます)

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※タイトル写真はDavid MarkによるPixabayからの画像
ver.1.1 minor updated at 2021/3/20(誤植を修正)
ver.1.2 minor updated at 2021/4/3(目次を追加)
ver.1.21 minor updated at 2021/7/31(項番を⑬→⑭に採番し直し)
ver.1.22 minor updated at 2021/12/28(ルビ機能を追加しました)

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