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嵐という青春

わたしは、青春というものに固執しているし憧れている、と常々思う。

2018年6月、SEVENTEENが日本デビューするにあたって「SVENTEENという青春」というnoteを書いた。



この中でSEVENTEENがわたしの憧れていた青春を体現してくれている、と書いたけれどじゃあわたし自身はどんな青春を過ごしてきたのか。振り返ると、そこには嵐がずっといた。

2008年、友達に教えられて嵐にハマった。中学1年生のとき。それまでわたしは今と比べたら驚くほどテレビにもアイドルにもエンタメにも興味がなかった。そんなわたしに、アイドルを応援する楽しさ、エンターテイメントの楽しさを教えてくれたのは嵐だった。

初めて自分で買ったCDは10周年の記念アルバム5×10だし、誕生日プレゼントには嵐のDVDを買ってもらった。

口を開けば嵐、嵐、嵐、そんな中学生だった気がする。ホムペ作ったりmixiやったり今思い返すと黒歴史だな〜と思うようなこともあるけど、嵐とともにすごした学生生活がすべてだった。

高校生になってTwitterを初めて、嵐をきっかけに出会ったひとたちもたくさんいる。いまでも仲良くしてくれるひとたちとも出会えた。嵐はわたしにたくさんの世界と出会いを教えてくれた。

わたしにとって嵐は原点であり、わたしの青春には嵐がずっと存在していた。

年末、実家に帰ったら中学生の時わたしに嵐を教えてくてれた友人が結婚する、という報告を聞いた。わたしも大人になったんだなあ、と思った。

わたしが嵐を好きでいたこの10年は決して短くない、と思っている。どれだけたくさんのアイドルにハマってもどれだけ推しが増えてもわたしにとって嵐の位置は揺るがなかった。それはたぶんこれからもそう。

だからこそ、勝手にどこかで嵐は永遠にいるものだと思っていた。永遠なんて存在しないということはなんども経験してきたはずなのに。

「活動休止」この言葉をどう受け止めればいいのか正直まだわかっていない。でもにのみやくんが「僕たちはいつまでも嵐です」と言ってくれた。わたしの中で嵐は永遠だと、思っていてもいい、そう言ってくれたような気がした。嵐が嵐のまま、嵐らしく居続けるための「活動休止」という選択。嵐に出会えて、嵐を好きになれて本当に良かったと心から思った。

いろんな青春に憧れているけれど、わたしが過ごしてきた青春に後悔は1ミリもないよ。嵐と過ごしてきた中学生活、高校生活は、大事な、大事なわたしの青春です。

最高の青春をありがとう、嵐。そしてこれからも大好きです。わたしにとってのトップオブアイドル。

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