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【シーズLP】私は何を求め、返されたか(前編)

シーズLP、来ますね。間違いなくシャニマスのクライマックスです。ついに……


記事の趣旨

シーズのシナリオにどういう印象を抱いているかは人によるでしょうが、縦軸=時系列的に連なるシナリオ群の長さも、横軸=時系列上で必須ではないものの深い関連性を持ったシナリオ群の幅広さも誰もが認めるところでしょう。さらにはシーズ固有のシナリオに留まらず、シャニマス全体を通した抽象的なテーマについても汲み取られているのというのが共通の見解だと理解しています(まあこれは、シーズに限った話ではないのですが)。この複雑さを俯瞰することでいくらか緩和しようという動きは、既に何人か(何人も?)によって試みられています。

今回の記事でやりたいのは、初期に示されたシーズの物語の方向性≒問題提起はどのように回答され、また変化していったのかを整理することです。もっとも時間と能力の関係上、この巨大で複雑なネットワークのすべてを紐解き、個別具体的に細かく評価していくものではありません。また、物語の構造上にちかに比重が寄ったものになることはご了承ください。

また前回の記事で「施工計画が読めた」という発言をしているので、本来なら自分の過去の発言を引用し検証していくべきです。ただ、よく考えると諸事情によりアーカイブの検索性が損なわれているため、事実上不可能な作業になります。まあ「予言していたぞ!」ってアピールしても別に気持ちいいのは私だけですからね(じゃあこの記事も書かなくていいじゃんって話にもなるんですけど……)。最低限フェアであればそれでよしということで。

はじめに

……さて、どう進めていったらよいものでしょう。私は書きながら考えていくタイプなので、とりあえず最初から見ていって、最後にまとめることにします。

ストレイライト、ノクチルにつづく追加ユニットとして実装されたシーズ。追加ユニット発表時に天井社長が読み上げるポエムをはじめ、いくつかの断片的な情報をもとに予想あるいは妄想されていた7番目のユニットです。

このPVの前振りとなる映像が示す「明るい部屋」との強力な関連性、そして言うに及ばず「七草」の姓から、前2ユニットと比較して従来からのファンへ強力に目くばせしています。その期待感については、当時の文献をあたることで窺うことが出来るでしょう。

ただ当時の反応というとむしろ、シーズWINGシナリオの重さをやたら誇張して玩具にしてた連中を思い浮かべる人の方が多いかもしれませんね。思い出したらムカついてきたな ああ いまだにイライラする

エンジンかかってきたので進めていきます。

歌もダンスもビジュアルも特別に秀でているわけではなかったにちかは、プロデューサーにも期待されないまま、血のにじむような努力を重ねて自身の憧れである八雲なみの劣化コピーになりきることでWINGを勝利する。しかし八雲なみは活動歴が短く、コピーするにもいずれ限界を迎えるだろう。にちかは自らの売りを見つけねばならないが、果たして未来は……

書いてるだけでイライラしてきましたが、にちかWINGとその後の展望について悲観的な発言をしていた都合良いときだけプロデューサーを名乗る連中の主な読み筋が上のようなものだと理解しています。確かに嘘はないかもしれませんが、しかし幾つもの重要な論点を読み落としているところに致命的な問題があります。

アイドルの素質について

まず初めに、アイドルとしての素質、能力についての話です。無秩序に素質があるとかないとか言ってもただの水掛け論なので、とりあえず補助線を引きたいですね……お、ちょうどVo、Da、Viとかいうステータスがあるみたいなのでこれを使ってみましょうか。

まずVoですが、そもそもシャニマス全体の傾向としてシナリオの中でアイドルの歌唱力に言及されることはかなり珍しいです(なので歌ネタの多い円香は結構特殊な立ち位置なのだ)。シーズのシナリオをみても扱われるのはせいぜい感謝祭のトーンクラスターくらいで、これはどちらかと言うと表現技法のくくりで考えていくべきではないかと思います。なおこのトーンクラスターから見るシーズの技量については以下の記事がとても参考になります。

そのほか「OH MY GOD」から始まるキラーチューンの連発を見てもそりゃ二人とも歌はうまいんですが、あくまでシナリオ上から言えることはそこから先多くないと思われます。

対照的にDaにまつわる描写量は比較するまでもなく多いのですが、こちらもシャニマス全体を通しての傾向です。メディア特性的には不得意な表現なはずなんですけど、逆境に燃えるタイプなんですかね(笑)

ダンス表現に苦慮するシナリオが非常に多いなか、
【Anti-Gravity】は説得力ある表現に成功した稀有な例で、
一読する価値のあるコミュです

にちかのダンスの才能・能力は磨く前から輝くほどのものではないにしろ、当初の予想を覆す程度には持っていたというのがWINGでプロデューサーの評したところです。

WING編『may the music never end』より

とはいえ、さすがに10年のキャリアをもつ美琴に敵うものではなく、劣等感……というより焦燥感、あるいは、何て言うんですか、相応しくなさ?を長く抱えてユニット活動をしていくことが彼女のストレスの原因のひとつにもなってしまう訳ですが、その苦難を伴う努力の果ての「セヴン♯ス」でにちかと美琴をシーズとして結びつけました。美琴は言うに及ばず、こうした経緯からにちかもダンスに秀でたアイドル(になっていく)ということはシナリオ上からも確認出来るということになるでしょう。

Viについてはどうでしょうか。うーん。これも情報がほとんどない。現時点ではにちか・美琴ともにSTEP編が実装されていないので入所以前の様子について得られる情報は限られていて、分かるのはにちかはスカウトされた訳ではないということくらいです。そして彼女がそのことをコンプレックスとして抱えているだろうことは、「なみちゃん」との対比や、レッスン室での発言からうかがうことが出来ます。

Viというくくりでいいのかは分かりませんが。

誰もの目線を奪うほどの外見的な魅力を持っているわけではないらしい(正直めっちゃ可愛いと思うけど)というのはいいとして、そこから発展させられることも特になさそう……というのが私の初期の見立てだったのですが、「見る」という行為に着目して洞察する向きがあります。能力や才能という意味からは少し離れますが、こちらも面白いです。


さて、補助線を一通り使ってみました。現時点でこそ、にちかの実力が着実に高まったこと、にちかと美琴が対話できるようになったことの2点をもってその成長を感慨深い気持ちで眺められます。ただ、あくまでその初期においては特筆するほどのパフォーマンス力がなかったというのはそれはそれとして事実な訳です。これは他の問題点を導く重要な示唆をもっているので後で取り扱うとして、この初期のにちかの技量の低さをあらためて振り返ってみて、皆さんどう感じました?

私は、ずいぶん懐かしい感じがしました。たしかにセヴンスに及んでもなお彼女は「シーズのうまくない方」でありつづけたのですが、本質的な問題は二人の間のコミュニケーションが欠けていることにあって、実力差はその原因のひとつでしかないというか。

それを二人が自覚・共有したのが「モノラル・ダイアローグス」なので、あれは正しくシーズのはじまりなんですね。あれ読んでまだ「シーズ始まってないじゃん」とか地獄がどうとか言ってた奴ら、俺覚えてるからな。

まあGRADとの接続不良は否めないものの…

おっとすみません、能力の話でした。いや、でも実力の話って、にちかはすごく気にしていますが、「ノー・カラット」から「セヴン♯ス」の間、にちかって割と仕事貰ってますよね。なんなら美琴に勝ってすらいるし、現実世界におけるシナリオのプレゼンスで言っても同じ結果です。

なんだか意地の悪い感じになってきてしまいましたが、これこそが美琴WINGや「ノー・カラット」で皮肉ぎみに提起された「実力に勝る物語の力」論です。

「物語」は「能力」に勝るのか?

解読も解説も必要ないくらい、とても想像しやすいコンプレックスですよね。しかしこれを解決するのは非常に困難です。なぜならシャニマスは物語だからです。物語の登場人物が、プロットの力を借りることなく人を魅了することはできるのか?とてもチャレンジングな命題です。

この問題は忘れられてはいないものの、有力な方向性を示すことが出来ないまま長らく保留されてきて、「セヴン♯ス」にてようやく部分的に納得できる回答が提示されたのだと思います。美琴は八雲なみトリビュートギグで「そうだよ」を演じるにあたり、八雲なみが取った不可解な振りつけの真相を探るべく奔走しました。ひとえにクライアントのリクエストに応えるために。探究の果て、彼女は八雲なみを再演することに成功します。そんな姿を見たかつてのマネージャーはこう言いました。

やっぱアンタが必要なんだよ

美琴は美琴のアプローチを貫きつつ要求に応えてみせた訳ですから、これはパフォーマンスを追求する姿勢の勝利ではあるわけです。しかしながら、八雲なみを表現するということ自体は物語性を帯びていないか?あるいは美琴がそのような境地に達することが物語性を帯びていないかだろうか?これも否定できない見方だろうと思います。この手の追及に対してはやはり美琴LPに回答を期待したい。

「普通で特別」論 I―――真に特別たらしめるものとは?

話を少し戻して、にちかのパフォーマーとしての平凡さの節で保留した件について進めていきます。にちかWINGで提示された問題の中でも特に面白いものがこの「普通で特別」に対して差し向けられた疑義です。

言うまでもなくこれは、作品を代表する名言といって差し支えない「Catch the shiny tail」でのプロデューサーの発言を志向しています。

当たり前ですが、にちかはこの発言を聞いているわけではありません

田原俊彦を鉄アレイで殴り続けると死ぬし、氷室京介も炊飯器からごはんをよそったりする。特別に扱われるような存在だって当たり前の人間に過ぎないのだ―――それこそがこの発言の意図するところなのだと思います。この「人間の普遍性」を根幹として、補完・発展させる形で以降さまざまなメッセージを発信してきたのが思想史としてのシャニマスです。

皆さんご承知のように、実際には八雲なみは本当に特別な才能を持っていた訳ではなかったのですが、「じゃあ皆アイドルなのかよ、んな訳ねーだろ」というシンプルで強力な反論は依然として有効です。なにがその人をアイドルたらしめるのか?というか、「○○たる(である)」にはどうしたらいいのでしょう?なんだか深遠な話になってきましたが、この話にはヒントが手厚く用意されています。

なかでも強力なヒントは、千雪GRADではないでしょうか。「月をめざしたキャラバンたちのための鈴」を通して自らの価値を問う物語で、プロデューサーは千雪に「自分の価値は自分で決めなきゃ」と諭します。

好きだ

「オレがオレ自身を特別だと思う、ゆえに特別」……価値体系を他人に依存しないというのは、非常に強力な論理で大好きです。この「汝を愛せ」というメッセージは「アイムベリーベリーソーリー」を経てより強力に、かつ繰り返しに発信されており注目株です。

でも千雪GRADにはもうひとつ大好きな読み方があって、azelさんが公開された記事に次のような一節があります。

このコミュにおける問題への解答として一番大きなものはプロデューサーの言うように「自分の価値は自分で決める」ということになるのだと思いますが、筆者はそれに加えてもう一つ見方があるなと思っていて、それは「大切で特別なたった一人の誰かにその価値を肯定してもらう」ことでその問題はあっさり解決する、というものです。(これはYOUR/MY Love letterの、他者からのスポットライトによって自己が確立されるといったことや、シーズコミュの、自分である他者のまなざしによってアイドルになれるといったこととも関連するものかもしれないと思います。)

https://note.com/atwasaatmawmp/n/n900627f4f636

実はというかご存じのとおりというか、「セヴン♯ス」では美琴に必要とされ、「なみちゃん」にアイドルでいることを赦してもらう場面があります。

「そうだよ」

この二人はにちかにとって「大切で特別な」誰かです。そしてこの「なみちゃん」は本物の八雲なみその人ではなく「にちかの中のなみちゃん」です。やりようによっては霧子LPにも繋げられそうな気がしてきたのですが、これはかなり面白いネタなので是非ともLPで更に踏み込んだ結論が出てくることを期待したいですね。

「普通で特別」論 II―――「283プロの」アイドル

ちょうど上手く繋げられそうなので保留していた件をもうひとつ。「何がそのひとをアイドルたらしめるのか?」という質問には、めちゃくちゃ単純な回答があります。当たり前ですけど、プロデューサーがそう認めたら283のアイドルなんですよ。

にちかも美琴もやや経緯が特殊ですが、最終的には彼が合意したから283にいるわけです。あ、社長はゲロ甘なので特に抵抗なくハンコ押したでしょうからここでは考えなくてもいいと思います。

美琴は特によく見えないので問いを立てにくいのですが、にちかについてはWINGにこのようなセリフがあります。

「にちかは幸せになるんだ」―――そう宣言してから、自分がにちかをプロデュースしたいと思った理由を理解し(=「そうだよ」)、それを聞いたにちかが少し驚き、そして儚げに笑う(=「そうなの?」)という流れです。ああ、なにが平凡なものか……この一連の演出は最も美しい。

「にちかを幸せにしたい」、それがプロデュースの動機であることはこの会話で明らかになっている訳ですが、彼にそう思わせたものこそがにちかの持つ彼女を「特別たらしめるもの」なのです

そしてたぶん、それは「求める心の強さ」なのだと思います。

「283の論理」に対する挑戦―――意志と幸福、そして靴

ここまでウダウダとシーズが行った問題提起をなぞってきましたが、実はシナリオライターが持って回った言い方で次のように述懐しています。

強いて言えば、個が大事にされる中で、異なる個もまた大事にされる、あるいはそれぞれに合った幸福の形を見つける、という「283の論理」のようなものが、本当に信じるに足るものであるのかどうか、彼女たちの存在を通じて試されている部分はあるかと思います。

「アイドルマスターシャイニーカラーズ シナリオブック」P719より

要は「各人の意思を互いに尊重しつつ、各人の幸せをアイドル活動をとおして発見すること」が283プロの理念であり、それを「283の論理」と呼んでいるわけです。まあこれを掲げるが故に放任主義的な部分が行き過ぎるケースもあるのですが、283プロの最たる特色であることには疑いないでしょう。

こうした理念はシナリオブックで明確に用語化される前から多様なコミュを通してファンの間でも議論されていましたが、「天井社長/八雲なみ」の過去と「靴」のトラウマ―――合わない靴を履くこと、すなわち個人の意思に沿わないアイドル像のもとに活動することがなみを苦しめ、そして道を違えてしまった後悔のこと―――が結びつくことで説得力を増しました。

自傷的なまでに自らを追い込みつづけるにちかにしても、青春はおろか生活さえも見向きもせずにレッスンに打ち込み続ける美琴にしても、その行動は誰かに強制されたものではなく彼女たちの意思によるものです。283の論理の目的が「幸福の発見」であることからすれば、およそそのビジョンを示せそうにない道筋は望ましくありません。一方で個人の意思を尊重するという前提に立てば、「その道じゃなくてこの道を通れ」とは言えない。これが「283の論理」に対する挑戦だったという訳です。

シーズWING以降かつシーズ以外で論理の限界に挑んだ例として、円香LPや天檻があります。
透LPや憶光年をこの範疇に含めるかどうかは若干議論が分かれそうな気がします。
283の論理ド直球で立ち向かう霧子パイセンの雄姿

この2年とちょっとに渡る戦いの中で、美琴は歩み寄りを見せます。美琴GRADはやや強引かつ、期待していたほどドラマチックではありせんでしたが、「ステージで死ぬために、ステージで生きたい」という、一貫性を維持しつつよりポジティブな方向にアップデートすることに成功しました。

その変化は劇的なものではなく、実際のアイドル活動としてはまだ捉えきれないほどの微かなものでしかありませんが、どう波及していくのか非常に楽しみです。

その責任の一端をプレイヤーに追体験させたにちかGRADはやはり偉大だ

プロデューサーは関与を強めました。何度か発言しているので恐縮ですが、にちかが自分の選択として自分を傷つける道を歩むとき、個人の意思を尊重する彼がその選択を明確に否定できるかというのは結構深刻な議題だった訳です。

美しすぎる……

結論として、彼は茨の道をゆくにちかの足を守る靴を贈ることにしました。「セヴン♯ス」でのはづきさんとのやりとりで語られた見守る、手を添えるという形で側にいるという決意についても基本的には同質のものです。

にちかはまだその靴に足を通していません。その時こそが、プロデューサーとにちかの関係が完成される時でしょう。

まとめ

最後に簡単に整理します。

  • シーズはダンスに秀でたユニットとして成長した(確定)

    • にちかの実力の向上

    • 二人の(特に美琴の)対話能力の向上

  • 物語は能力に勝るのか?(一部回答待ち)

    • パフォーマンスの追求で需要に応えうることを実証

    • ただし物語性を伴っていないとは言い切れない

  • アイドルを構成する特別な要素とは何なのか?(回答待ち)

    • 自分がそう認めること?

    • 特別な誰かにそう認めてもらうこと?

    • プロデューサーが感じとったもの?

  • 283の論理に対する挑戦(回答待ち)

    • 美琴は少し歩み寄った(軟化)

    • プロデューサーは選択への関与を強化

    • にちかはまだアクションを起こしていない

こんなところでしょうか。かなり長くなってしまいました(実装が7/31じゃなくて助かった……)。何が怖いって、後編出たとして書くことあんまないんじゃないのってくらい書いたのにまだ残ってる話題があるんですよ。家と食事、家族です。どちらかというとこれはPカードの領分なのでLPにはそこまで絡んでこないんじゃないのかなあとは思うんですけど、どうでしょうねぇ。にちかと美琴のそもそものコンセプトの対照性もあってどうしてもにちかに寄った分析にはなってしまいましたが、ひとつひとつが重量級のテーマをふたりでこれだけ積載したシーズというユニットがどう着地してみせるのか、目が離せません。

前編はここまで。後編はLP実装後に書きます。
よければまたお会いしましょう。それでは。

2023/8/12追記:書きました。

引用
アイドルマスターシャイニーカラーズ
アイドルマスターシャイニーカラーズ シナリオブック

https://twitter.com/p_tieda/status/1633051496018509826

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