チェイスダウン・ザ・チャンピオンシップ

時は2016年NBAファイナル Game7…

2016年NBAファイナルは"キング"レブロン要するクリーブランド・キャバリアーズとこの2015-16シーズンにNBA史上最高レギュラーシーズン73勝を達成したゴールデンステイト・ウォリアーズの対戦。2年連続の(のちに4年連続まで伸びる)対戦は世界が固唾をのんで見守る好カード。

シリーズは7戦を前に3勝3敗。6戦を通じてどの試合も10点以上の点差で勝敗が決まっていたものの、両チームの総得点は全く同じ610点。ともに放ったシュートは495本ずつ。どちらが勝っても歴史的意義は十分。

NBA記録となるレギュラーシーズン73勝を有終の美で飾り2連覇を達成せんとするゴールデンステイト・ウォリアーズ。エースに史上初満票でシーズンMVPに輝いたステフィン・カリーを擁し、史上最高のシーズンを送ったチームとして石碑に名を刻むのか?
対するクリーブランド・キャバリアーズはシリーズ1勝3敗からファイナルを制する史上初のチームとなり得るか?そして何よりレブロン・ジェームズの故郷からほど近く52年プロスポーツの優勝から遠ざかる都市に光がさすのか?
 
レブロンがスポーツ界で最も美しい言葉2つと形容した“ゲーム・セブン”は期待に違わず、4Q残り4:39の時点で89-89の同点。(シリーズ累計699-699!)
ここから世界中のバスケットボールファンが酸欠状態の無得点状態が続く事になる。次に両チームが得点するまで実に12本のシュートがリングを通過する事無く終わるのである。

絶体絶命、まさかのワンプレー

今こうして記憶を呼び起こすだけでも全身がこわばり、プツプツと汗腺が開く。空気は湿った綿の様に重く肺を圧迫する。
 
カイリー・アービングも『次に得点した方が勝つと思った』と振り返った通り、雌雄を決する決勝打を目に焼き付けようと瞬きも忘れ見守ったのは僕だけではない。

しかし、目に焼き付けるべきは力強いダンクでも、美しい放物線を描く3Pでもなかった。
それはレブロン・ジェームズのキャリアをNBA史において微かな疑念も許さないものにする、もつれにもつれたファイナル第7戦目、自身47分の出場のうちの45分目のプレー。
常人ならば心身ともに疲労困憊のなか、昨季のファイナルMVPアンドレ・イグダーラにお見舞いした目の覚めるような“チェイスダウンブロック”(後ろから追いかけてのブロック)だった。
 
少し時を戻しキャバリアーズはアービングのシュートが外れ、即座に速攻に移る事が出来る好位置でイグダーラがディフェンシブリバウンドを確保する。攻撃に転じたウォリアーズは速攻を得意とするカリー、イグダーラの2人が先頭を走る理想的な形。キャバリアーズの守備はJR・スミスが孤立無援状態。
バスケットボールのプレー経験があるものなら誰もが”よし!頂いた!“と感じる絶対的に優位な状態だ。
 
JRとの距離を見定めたカリーは、3分半ほど前にターンオーバーを犯した野心的なパスとは違い、基本に忠実なバウンズパスをイグダーラに対して想いを託すかのように出した。
レイアップを沈めようとイグダーラが踏み切る。誰もが均衡が破られると思った…
 
カリーはその瞬間を『最後の瞬間まで彼が見えなかった。イグダーラに最高のタイミングでボールを供給出来る様に全神経を使っていた。リング周りで非常に器用だしね。レブロンは素晴らしいボールへの反応を見せた、チェイスダウンブロック。素晴らしいプレーをした、それ以外言える事なんてないよ』と振り返る。
 
スポーツを科学的に分析するESPNの“スポーツサイエンス”という番組は過去にもレブロンのチェイスダウンブロックを分析している。
それでもファイナル終焉後、改めて解析がなされた。
是非ご覧頂いて、あの瞬間を再体験していただく事をお勧めしたい。

16ブロックに集約されたレブロンの意志

ウォリアーズの速攻が始まってレブロンがスプリントした距離は約27メートル。最初の18.2メートをアメフト選手の花形ポジションよりも早く駆け抜けた。最終的なブロックが起こる地点までイグダーラはカリーからのパスを受けた時点でレブロンに対して2.13メートルも差をつけていた。
 
カリーがパスを出す瞬間にレブロンが視界に入っていなかったのも当然と思われるほどのギャップをレブロンはこの後に埋めている事が分かる。
 
この差を埋めるためにレブロンが生み出したトップスピードは時速32.34km。時速36kmで100mを10秒で走る計算となるので、凄まじい加速を30m以内にしていた事になる。
 
攻撃に転じるカリー達を見ながらレブロンは『絶対諦めるんじゃない。チャンスがあるならば、トライするだけでいい。それからJR、ファウルしないでくれ、直に追いつける、いける。だからJRファウルだけはするな、ブロン(自分自身に対して)ボードに当たる前にボールを捉えるんだ』と考えていたそうだ。
 
問題のJR・スミスはファウルを回避するばかりかスポーツサイエンスによるとイグダーラの踏み切りを0.15秒遅らせる効果があったという。
 
みなさんはもう何度もリングを挟んで両手を掲げるレブロンの写真を見ている事だろう。『リバースレイアップに持ち込むかも知れないし、そのまま打つ可能性もあったから両手を挙げて飛んだ』と刹那の判断を振り返るレブロン。『どうやって追いついたかは分からない、ただ自分が追いついた事に感謝している』。
 
レブロンは自らの身体を空中に90cmほど上昇させ、高く伸び上がった手は3.48mに到達していた。
 
ファイナル7戦で実に16本ものブロックを記録したレブロン、今後永きにわたって語り草となるこのブロックは、最終3試合では9本目のブロックだった。その前のプレーオフ3ラウンド合計でも11本のブロックを数えるに留まる事からも、レブロンの意志を感じる。

真の王だけが振うエクスカリバー

ここでチームを負けさせる訳にはいかないと…
“断固たる決意”はただの言葉ではなかったのだ。
 
ブロックを受けた昨年からの好敵手イグダーラは『シリーズを通じてレブロンがやってきた事。彼らのチームのために凄いプレーを沢山成功させている。彼らの為にやってきた事、作り上げようとしてきた事がやっと成就された。彼らは優勝を勝ち取った、多大な賞賛に値するよ』とコメント。
 
マイアミでの2013年チャンピオンシップシリーズでスパーズのチアゴ・スプリッターへのブロック、仁王立ち。レブロンが残したファイナル史上最高とも思えるブロックも記憶に新しいが、今回のブロックはマジック・ジョンソンが決めたスカイフック、マイケル・ジョーダンのクロスオーバーからの"ラストショット"と同様にレブロン・ジェームズのチェイスダウンとして後世に伝えられる筈だ。
 
イグダーラの手を離れ、ボールがボードに当たっていればその後は守備側の選手が触ると“ゴールテンディング”の判定となり、攻撃側に2点が自動的に加算される。

クリーブランドを52年間の呪縛から解放するべくキングに与えられたチャンスの扉は僅か0.2秒だった。
 
王が振るったエクスカリバーは重力と時間を切り裂いた。

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