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抗がん剤 ビダーザ

前回の投稿にたくさんのスキをいただきありがとうございました!!

つたない文章ですが想いが伝わった気がしてうれしかったです(^^)

今日はまた臍帯血移植までの道のりを思い出して書いてみようと思います。

抗がん剤 ビダーザの治療

骨髄バンクでドナーさんを探している間に、少しでも病気の進行を遅らせるためにビダーザという抗がん剤の注射をすることになりました。

主治医の先生によると

「骨髄移植の前の状態が良いほど、移植の後の経過が良好になるから少しでも良くしていくための治療です」

とのことでした。

私は血小板が少ないだけで特に症状はなかったし、それまで治療や薬の内服はなかったので急に抗がん剤というワードが出てきて少しとまどいもありました。私の場合病名が「骨髄異形成症候群」という病名なのでがんという認識が自分の中で薄かったせいもあると思いますが…。

やっぱり「抗がん剤」という言葉の持つインパクト、負のイメージ。先生は前向きな選択ですよという風に明るく話してくれたけどやっぱりちょっと怖かったし、ついに治療がはじまるんだという緊張感も持ちました。

初回は入院での治療

初めての抗がん剤ということで最初は入院での治療でした。

今までの人生で特に大きな病気やけがをしてこず、入院もしたことなかった私。先生から「初回は入院での治療になります」とさらっと言われてとても驚きました。。

とてつもなく大変な病気なんだ、自分は、という思いにかられて急に怖くなりました…。でもこれからもっと大変な骨髄移植が待っているんだから、こんなことでへこたれてちゃだめだと自分の気持ちを押し殺してがんばらなきゃ!と気合いを入れていました(笑)


入院の前にも仕事を少しお休みさせてもらっていて、それまでずっと働きっぱなしだった私。

病気療養のためだから心置きなくゆっくりすればよかったものの…なにも身体に症状がないのに仕事休んで迷惑かけて…ドナーさんはいつになったら見つかるのかもわからないし、いつまでこうしてるんだろうと焦りがありました。

気晴らしに公園を散歩しててもまぶしいくらいの木々の緑や、ゆったり歩いている子ども連れのお母さん、手をつないで仲良く歩く老夫婦。。みんなが幸せそうで。

方や私は骨髄移植を控えていて、抗がん剤の治療も始まる。みんながキラキラ見えて自分がとても惨めに思えました。


今思うとなんでそんな悲観的だったんだろうと思いますが、そのときはまだ先が見えずいつになったらまた普通の生活ができるのか、、そんなことばかり考えていました。

当事者にしかわからない心のつらさってどんな事柄でもあると思います。私も周りの人たちみんな優しくしてくれたからありがたいな、と思いつつ心のどこかでは「みんなは健康でいいよね」という気持ちをもっていました。

人間は他人に寄り添うことはできても、すべてを理解することはできない。でもそれが人間で。だから他人に優しくできるし、優しくしたいと思える。不器用だけど、他人を思いやれる人間が私は好きです。

でもやっぱり自分のことは自分しか理解できないからこそ、人間は強くなれるのかなと私は思います。私も移植から1年半経ってやっとこうやって冷静に振り返ることができるようになりました。

辛い思いをこうして書くのってエネルギーがいることだけど、私にとっては文字にすることで心の整理がつくのでこうしてnoteに書いています。そしてみなさんに読んでもらえることで、あのときの辛い思いも無駄じゃなかったんだと思えるし、同じように病気で苦しんでいる人の力になれたらという気持ちで書いています。


まとめ

なかなか移植についてかけませんが…(笑)

それだけいろんなことがあったということですね。。

つたない文章ですが読んでいただきありがとうございました♪

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