実務面と歴史面のチグハグが気になる—『脱税の世界史』
確かKindle月替わりセールで購入。読み物としては面白いが、歴史を語る書籍としては新書という制約を加味しても微妙。
本書は元・国税調査官の著者が脱税をテーマに歴史トピックを扱う一冊。税務の現場感覚から書かれている部分は面白いのだが、歴史や社会を論じる部分はアマチュア特有の飛躍や史料の甘い扱いが見られる。
宮崎市定の『科挙』のような格調高い歴史系新書に慣れていると面食らうこと間違いない。レーベルで差別するのは良くないが、やはりレーベルには編集の質が出てしまうな、と感じた。
国家は必ず税を伴い、脱税の横行や税システムの不備が明らかになると社会変動が起こるというのは確かにそういう面もあるだろうが、因果と相関について慎重さが一切見られず、頼むから学術的なトレーニングを少しは受けてくれ、と言いたくなる。
史料の引用は一切ない。どの記録にどのような記述がなされていたか、というのは史料を批判的に読む上で必須のものだがそれもない。幅広い例を集めて自説を説得的にしようという努力もない。一例を挙げよう。
と述べられているが、定量的に東西の文明を比較した形跡は存在しない。
とも主張しているが、オスマントルコやソビエトの崩壊などを見れば分かるように近現代では例外も多い。ここに説得的な説明は特にない。他にもムハンマドを「マホメット」とするなど、近年主流となっている原語に近づけたカナ表記がなされていない点も鑑みると、「世界史」を語る本としてはかなり厳しい評価になる。
しかし、税の実務をもとにした記述はきちんと面白い。たとえば関税について述べた以下の箇所。
官僚機構が未発達であっても関税だけはきちんととれるのはそういうことだったのか、と膝を打つ。関税が近代以前に大事だった理由についてかなり説得的だ。
また、ヒトラーの税金について述べた箇所も非常に実務的な経験が織り込まれている。『我が闘争』の印税収入についての記述はとてもユニークだ
この方向性でヒトラーの記録を見る人間はおそらく税務当局者だけだろう。同じく、税務当局者ならではの視点で書かれたビートルズの章も面白い。一部の芸能人が個人事務所を持つ理由の一端も何となく分かった。ザ・森東(さらば青春の光)のようにやむをえない事情から独立する例もあるとはいえ、税が一つの理由なのであろう。
全体的に、著者が深く理解しているであろう現代の税制について裏面史的に書かれた部分は面白いものの、歴史をはじめとした他分野への抑制がきいておらず、不必要に踏み込んだ記述になっているのは評価できない。終章では日本の税制について批判が述べられるが、『21世紀の資本』や『つくられた格差』のような研究者が本気で書いた書籍に比べれば議論は浅い。
歴史をきちんと扱おうとすればつまらない記述になるし、歴史学特有のテクニックが必要である。著者はそうしたくはないらしい。とはいえ税に関する視点についてはユニークだし、そこで人を引きつける文章も書けるのも間違いない。なので歴史について書くならば税を題材に歴史小説を書いた方が良いのではないかと思った。
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