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自由帳1頁目「窓辺の先」

「ねえ、ノートやったら」
かみさんにそう言われたのが今日の午後。
何のことかと聞けばnoteなるものがあると。
どんなもんかと思ったらブログと何が違うの?
「noteは記事を売れるらしいよ、
一つの記事で100円とか」
ああそう。
もうずっと無収入だもんね…。
にしてもチマチマした話だことよ。
傘張り浪人の如き様相。
何もしないよりは良いか…。

文章を書くのは大好き。
仕事としてやった経験も一応ある。
静岡新聞という地方紙で昨年、
「窓辺」というコラムのコーナーの
連載をさせて頂いた。
ちゃんと原稿料も頂いたので仕事。
好きとは言え、私の駄文でお金を頂くなんてと
恐縮しつつもかなりうれしかったのを
よく覚えている。
あの時、そっちを本業にしとけば
今こんなことには…。

落語会も軒並み中止、先の見えない自粛生活。
家で出来ることが一つ増えるのは
とてもありがたい。
それがもし、わずかでも仕事になるなら
もっとありがたい。
もう後ろめたい気持ちで晩酌しなくて済む。
働かないで飲む酒ほど悲しいものはない。
不味くはない。いつだって酒は美味い。
ただ負い目があるだけ。
晩酌をやめるという選択肢はハナからない。

今の単調な日々の中に何か話のタネはないか。
「窓辺」という言葉から考えてみた。
そういや窓の外に最近気になることがあった。

最近は一日のタイムスケジュールが
ほぼ固定されている。
家事と育児に追われているだけではあるが、
自然と家事の分担が出来上がった。
洗濯は私の仕事。
朝は他にもやる事多いから夜にしている。
夜8時ちょっと前に洗濯開始。
8時半頃干して任務完了。
その時間に娘が寝るサイクルだからそうなった。
かみさんが娘と寝室へ行ったら
洗濯機を回し、干す。
通気性とデザイン性を重視しつつ
作業スピードを殺さない、
我ながら見事な干し方だと自負している。

夜の洗濯がルーティーンとなったある日、
ベランダに出て気づいた。
向かいに最近出来た
おしゃれなマンションの一室、
ソファに寝転んだおじさんがこっちを見てる。
別にのぞいたわけじゃない、
あちら様がカーテン全開で
部屋の明かりつけてるから
こっちから丸見えなだけ。
おくつろぎのところを
ジロジロ見るのも失礼だし
テキパキと洗濯物を干して室内へ戻る。

翌日の夜8時半。洗濯物持ってベランダへ。
向かいのマンション、
あの部屋のソファーで寝転ぶおじさん。
こっち見てる。
自意識過剰とかじゃなく。
見てる。
テキパキ干して戻る。

次の日も、また次の日も。
ソファーに寝転び、おじさんはこっちを見てる。

これだけ色々なイベントが中止、
やるとしても無観客を余儀なくされている中、
私の洗濯には客が居た。
別にお金取ってるわけじゃないから
客ってのもおかしいけど、
こっちだって洗濯のプロじゃない。
自信はあるけど所詮アマチュアの洗濯家。
お金取らなくったって客は客だ。

そう思ったら背筋が伸びた。
今までは余所行き用から二軍落ちした
ダルダルTシャツに毛玉だらけのジャージ履いて
平気でベランダへ出ていたが
部屋着のエース、作務衣を着ることにした。
でも毎日同じだと飽きるかもしれない。
先日はTシャツ短パンで
いち早く夏を取り入れてみた。
夜だから少し肌寒かったが、
おしゃれするには
やせ我慢が必要と聞いたことがある。

ちなみに私はおじさんの顔も服装も覚えてない。
普段の高座でもお客様のことをジロジロ見ない。
同じこと。あちらが客で私は演者。
本業の落語の方でも、
お客様は私の顔を知ってるけど
こちらはお客様のお顔を
存じ上げないなんてことはよくある。

それにしても毎日おじさんは見てくれる。
超常連だ。
しかもその席、年間シートでしょ。
凄いなおじさん。
おじさんの中では、もしかしたら私は
“8時半の男”などのニックネームが
ついてるかもしれない。
「あいつ洗濯してるなあ…
そっかもう8時半か。そろそろ飲もう」
なんて言ってるかもしれない。
だとしたらもう私は時を告げる存在、
おじさんの日常の一部だ。
私の洗濯はもう、
うちの家族だけのものじゃないのかもな。

洗濯物を干し終えて部屋へ戻ると
ホッとするようになった。
正に高座を降りた時の安堵感。
もっと良い干しを目指そう。
干しを極めたい。

数日前、天気の良い朝に布団を干した。
朝7時くらい、ベランダへ出ると
あのおじさん、
ソファーで寝転びこっちを見てる。
ん…?朝もそこにいるのか…?
布団を取り込んだ午後2時頃にも
ソファーで寝転んでいた。
ん…?昼もそこにいるのか…?

そして3日前、かみさんと大喧嘩した。
夜中の1時くらいに激怒したかみさんが
衝動的に家を出た。
娘が心配で追いかけることも出来ず、
ベランダから外を見ると
あのおじさんが
ソファーに寝転んでこっち見てる。
二度見はしたが
それどころではなかった。
かみさんはすぐ帰宅した。

いつかどこかで、おじさんと会うかもしれない。
こっちは顔分からないけど
おじさんが気づくだろう。
その時には念のため、
「喧嘩は不定期開催なので時報にはなりません」
とお伝えしよう。
そして一つ、質問したい。
おじさんは何のお仕事してるんですか?


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