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短編小説「for others 私の私は誰のため」第1話

「いただきまーす」

3方向から同時に爪楊枝が伸びる。一番乗りでさらっていくのは妹で、次いで母、私の順だ。

たこ焼きはなんともいってもこの丸さが魅力だ。大きさも手頃でかわいいし、行儀よく並んで舟上に鎮座しているさまもいじらしい。

肝心のタコがグイグイと前に出てこないところも好感が持てるし、ひとつずつ確実に減っていく喪失感も胸に迫る。

似たような味でも、お好み焼きやもんじゃ焼きとは、情緒のレベルが断然違う。たこ焼きは、夜、家族と一緒に食べたい食べ物だ。

8個のたこ焼きを3人で2個ずつ食べれば、ふたつ余るのが数の道理で、

「わたし、いいから、お母さんと由佳、食べなよ」

と、パックをそっと押しやり、ほうじ茶をすすった。

「ラッキー!」

妹の由佳はこういうとき遠慮がない。待ってましたとばかりに舐めていた爪楊枝を伸ばす。そのくせ「冷めてきた」と顔をしかめるので笑ってしまう。

「美香が食べなさいよ。せっかく買ってきてくれたんだから」

「ううん、いいの。もうおなかいっぱい」

「ほんとに?」

母の由紀恵が首をかしげる。

3人住まいのマンションは6畳の部屋がふたつとリビング、という間取りだ。リビングは自然と「母の部屋」にもなっていて、28インチのテレビの前にはアイドル雑誌が乱雑に積まれている。

口元を小さく動かして食べる母の横顔を、ちらとうかがう。肌の張りといい、表情の豊かさといい、40代と言っても通用しそうだ。

「お姉ちゃん、今度はもっとたくさん入ってるの買ってきてよ。2個とか3個だとかえってお腹空いちゃう」

「なに言ってるの? たまにはあんたが買ってきなさい」

ぴしゃりと言う母を横目に、空になったパックをまとめてゴミ箱に捨て、テーブルを拭き、お茶を入れ直すために立ち上がる。

「だって、お姉ちゃんは“for others”の人だから。私は違うもん」

「またそんなこと言って。美香も、あんまり気を遣わなくていいのよ」

「いいの、いいの。みんなで食べるとおいしいでしょ」

「お姉ちゃん 大好き ありがとう」

テレビのリモコンを探しながら棒読みで言う由佳に、私と母は顔を見合わせる。

手元のスマホが震える。貴志君からLINEが届いた。 “今度会うとき、ちょっと話したいことがある”

はて、なんだろう? 首をひねるけれど、思い当たる節はない。

「わかったー。どきどき」と返す。

「じゃあ、私、お風呂入っちゃうね」

連ドラに真剣に見入り始めた二人の背中に声をかけるけれど、生返事しかかえってこない。立ち上がって、「最近、ふたりとも背中がそっくり。見分けつかないぐらい」と笑うと、

「お姉ちゃんもね」

「美香もね」

と同時につっこまれたので、首をすくめて退散する。

〈続く〉


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