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よそ者であること 『すずめの戸締まり』感想

すずめの戸締まり、観てきました!

感想ツイートや紹介記事といった前情報に一切触れず、『君の名は』『天気の子』みたいな男女がキャッキャしながら成長していくエモさに情緒をグチャグチャにされる前提で観に行ったのでちょっと肩透かしを食らったのですが、震災というあまりに巨大なできごとに正面から立ち向かう気概を感じる作品でした。

以下、物語の核心部分には触れてないつもりですが、ネタバレを避けたい方はブラウザバックして頂ければと思います。

不器用な無機物、という可愛さ

前半の見どころはイケボの椅子に変えられてしまった草太のコミカルな描写でしょう。椅子になる前の草太はイケメン高身長でミステリアスな雰囲気ただよう年下ホイホイ大学生だったのですが(最高)、ある事件によってヒロイン・鈴芽の母が作った黄色い椅子に変えられてしまいます。この椅子の一挙手一投足がかわいいんですよー。斜め下を向いて落ち込む椅子。足が一本無いのに抜群のバランス感覚でチーターみたいに大地を駆け回る椅子。寝落ちするとバランスを崩して転げてしまい、なかなか起きない椅子。変身する前は余裕綽々なハウル様系男子だったのが、椅子になった途端にコミカルな可愛さを持ち始めたのが愛おしかったです。最近ロボット掃除機を買ったのですが、障害物にぶつかるたびに方向転換して前に進もうとする様子が可愛くて…そういった制約に由来する不器用さみたいなものに対するフェチが詰まっていました。

(あとは人間の男にはウブなくせに、そいつが椅子になった瞬間座るわ踏んづけるわ挙句の果てにはキスするわとやりたい放題な鈴芽から、制作陣の気持ち悪さを感じられてよかったです。)

よそ者であるということ

そしてこの映画は震災をガッツリ扱っています。他の方の感想文に何度も登場しますが、僕に一番刺さったのもこのシーンです。

芦澤「この辺ってこんなに綺麗だったんだなぁ」
鈴芽「綺麗?どこが?」
『すずめの戸締まり』

ここでちょっと自分語りを。
僕は3年前に東北に引っ越してきました。震災から10年以上が経った今、東北の太平洋側の海沿いはどこもかしこも巨大なコンクリートの防波堤が建っています。

この地に住むからには、10年前の凄惨なできごとと、その後人間がどんな対応を取ったかを知りたい。考えようによっては、当時を知らないよそ者の、最も中途半端で害悪な思想だと思います。それでもこの目で事実をちゃんと見たい。そう思って僕はかつての港町へ向かいました。

震災前は集落があったらしい、海沿いの平地。今は少し離れた丘の上に集団移転したため、道路と電柱以外は何もありません。しばらく進むと、真新しい巨大な防波堤が海を覆い隠すように建っています。階段を登って防波堤の上まで登ると…。

西の空を真っ赤に染め上げた太陽が、水平線の彼方へ吸い込まれていくところでした。それは綺麗な夕焼け空でした。思ってしまったんです。綺麗だと。

かつて猛威を振るった自然と、何とか対抗しようと人間が作り上げた巨大な建造物。僕が立っている場所でどんなことがあって、どんな意味をもってそれが造られたか。頭ではわかっています。

それでも、それらが一様に赤く染まっている様子は、やっぱり綺麗で。そのことが怖くて、残酷で、よくわからない気持ちになって。気づいたら泣いていました。泣いていいのかすら分からなかった。

話を映画へ戻します。

芦澤は草原と化した福島の光景を「綺麗」と言いました。草木に覆われた広い大地と青い海のコントラストは、何も知らない人がみたら朗らかで綺麗な光景なのでしょう。一方、鈴芽は震災前の日常が一瞬にして奪われた地であることを認識している。受け入れられない破壊された日常が、雑草によって上書きされていく。それが綺麗だなんて、微塵も思えない。

改めて、僕は何も知らない側の人間で、幾重にも重なった悲しみの上でのうのうと生きていくしかない。そのことを強烈に突きつけられました。正直めちゃくちゃしんどかったです。ちょっと前の元気じゃない時期に観てたら耐えられなかったかもしれない。

それでも。

自分の感情は自分だけのもので、そこに正誤はない、とも思うのです。震災に関わらず、我々はお互いに理解しきれない心の闇を抱えていると思います。どんなに大切なものを失っても、どれだけ傷ついても、生きている限り生活は続くし、昨日の続きの今日が来ること。そして、そういった類の痛みから、自分を救えるのは自分だけであること。

ラストシーンからは、人として生きることの残酷さと、人の強さを感じました。

相変わらず映像は綺麗で、音楽も素晴らしくて、何度も緊急地震速報が流れたり、震災を扱っていたりと、見ていて辛くなるシーンはありますが、映画館で観て良かったなと思いました。ぜひ。


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