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#50 ヒトの個性と微生物。我々はどこから来たのか我々は何者か我々はどこへ行くのか

現役の腸内細菌研究者がお届けする、腸内細菌相談室。
室長の鈴木大輔がお届けします。

本日で、腸内細菌相談室の開設から50話となりました。いつもご覧いただきありがとうございます。この場を借りて、感謝申し上げます! 

50話の中で、ヒトと腸内細菌がいかに切っても切り離せない存在なのか、全体を通してお話してきました。今回は、ヒトの個性と微生物存在について、皆さんの個性を再定義するためのお話です。

副題は、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」です。フランスの画家、ボール・ゴーギャンの絵画から取った副題です。この流れに沿ってお話していきます。

今回お話する内容は、とある場所にて行ってきたプレゼンの資料をもとに構成をしております。最後までお楽しみ下さい!

自己紹介とお話の目的

鈴木大輔です。現在は、腸内細菌相談室の室長として、腸内細菌や腸内環境にまつわる最新の情報を、論文を根拠に発信しています。

現役で、腸内環境についての研究をしています。テーマは、腸内細菌叢と大腸がん進行の関連調査です。研究は、主に計算機上で行っています。計算機上で行う、試料を用いる実験を行わない研究を、ドライ系と呼称します。まさにそれです。

実は、以前は環境汚染問題、特に水質汚染に関する研究に4年間従事していました。当時の研究は、環境中の有機物と環境汚染物質の相互作用を調査すること、相互作用によって変化する生物への影響を調査することが目的でした。こちらは試料を用いた実験を伴うので、ウェット系の研究です。ミジンコや藻類を用いた生物試験、土壌からの抽出実験を行っていました。

ここでのお話には、目的があります。それは、個性の可変性を皆様に考えてもらうことです。個性とは、多くの文脈では個人に固有のものであり、生まれ持って享受した性質として語られます。それは、本当でしょうか?

今回は、大胆な仮定を置くことからお話を始めます。
個性は変化するという仮定です。

私は、個性を2つのパートで成り立っていると考え、それぞれ変化しない部分と変化する部分とします。この点について、今回は深ぼります。

我々はどこからきたのか

我々はどこから来たのか。個性の源泉のようなものを考えてみます。

ヒトの個性とDNA

少し話は逸れますが、2022年のノーベル生理学・医学賞はスヴァンテ・ペーボ博士が受賞されました。博士の所属するマックス・プランク研究所では、ノーベル賞受賞者を池に落とすという奇習があるそうで、今年も元気に投げ飛ばされていました。今年で67歳の博士も、まだまだ元気なようです。

スヴァンテ博士は、何の研究をしていたのでしょうか?内容は、古代DNA(エンシェントDNA)とヒトの祖先に関連する研究です。昔のDNAは骨などから抽出されますが、かなりの経年劣化をしています。プラスチックを日光に当てておくと、脆くなります。これは、プラスチックを構成するポリマーが紫外線による開裂や温度変化による脆化を受けて、壊れやすくなるためです。古代DNAも、様々な環境変化に晒されることで、バラバラになり解析が難しくなります。

博士の研究は、それを可能にする解析を確立し、ヒトの祖先について新事実を発見した点で独自性があります。本研究によって、私たち人類=ホモ・サピエンスの共通祖先ではネアンデルタール人との交配があったことが分かっています。

この研究で代表されるように、私たちの猿的な個性はDNAという物質的な符号によって記録されています。核酸の基本単位は塩基対と呼ばれる2つの物質の対です。この対が30億個程度連なり、生成された分子の鎖が折り畳まれることで染色体となります。ここでの塩基対の並びを、塩基配列と呼びます。

もう少し俯瞰的に捉えると、私たちの個性は分子の連なりの上に記録される情報パターンに由来すると言えるでしょう。

では、個性を刻む塩基配列は、個人間でどの程度異なるのでしょうか。この点は、個人間でどの程度類似しているかという質問に答えるのに同値です。

私たち個人間、例えばあなたと私は、塩基配列で見るとどの程度似ているのでしょうか。

実は、99.9%が相同であることが知られています。これは、300万塩基対程度の違いであり、30億と比較するとごくわずかな違いしか無いことが分かります。実は、塩基配列には乗らない情報として、ゲノムの外側に存在する情報としてのエピゲノムが存在します。DNAは塩基配列という分子の連なりによって構成されることをお話しましたが、DNA自体が修飾=化学的なデコレーションを受けることで、更に情報を付加することができるのです。

しかし、それでも体質の多様性の全てを説明することはできません。ハードコードされたゲノムには乗らない個性の源泉について考えるときが来ました。

乳糖不耐症という個性

ここでは、乳糖不耐症という疾患を例にとります。乳糖不耐症とは、乳糖=ラクトースという糖の一種を分解する酵素であるラクターゼを持たないことで、腸内のラクターゼが浸透圧性の下痢を引き起こす疾患です。牛乳などの乳製品に含まれるラクトースを摂取すると、お腹の不調を来します。

実は、数千年前に遡ると、全ての人類は乳糖不耐症だったことが示されています。しかし、現代において周りを眺めてみると、意外と多くのヒトが牛乳を嗜んでいます。実は、2022年Evershedらの研究により、数千年前のある時点を境に、乳糖不耐症を克服していることが確認されたのです。

体質を個性とみなすと、ある時を境に人類の個性が変化したとみなすことができます。Evershedらは、このような個性の変化に対して、次のような考察を述べています。

乳糖不耐症集団の食生活に牛乳が入り込むと、腸内細菌叢が変化したことが示唆される。

体質=個性の変化は、ヒトに住む細菌による仕業であると考察したのです。では、我々の個性を変化させる細菌について、もう少し詳しく考えていきます。

我々は何者か

では、我々は何者なのでしょうか。色々な切り口から考えてみましょう。例えば、あなたを構成する細胞の数です。

細胞数と遺伝子数

私達の体は、約37兆個の細胞が集まってできています。しかし、私達の体には、私達の細胞と同等かそれ以上の細菌が住んでいます。つまり、私という個体を考えたとき、私の半分以上は自分以外の微生物ということになるのです。

これ、ヤバくないですか?
自分の成分表示を見てみると、半分以上が細菌であるという事実。

これを考えると、私達の個性を考える上で、私達に住んでいる微生物を考えることは、必然的ともいえるでしょう。

続いての切り口は、遺伝子数です。私達のDNAに刻まれる遺伝情報の総体をゲノムと言います。ここには様々な働きをもつタンパク質などの情報が刻まれていて、その情報単位を遺伝子と呼びます。

つまり、私達の個性をDNAに刻まれたゲノムであるとする前節の考え方に則ると、個性の最小単位は遺伝子ということになります。では、私達のゲノムに刻まれる遺伝子数と、私達に住んでいる細菌の遺伝子数を比較をしてみましょう。個性の最小単位数の比較です。

すると、あなたの遺伝子1つに対して、細菌の遺伝子は100個存在するという計算になります。遺伝子に含まれる情報量をとっても、私達の個性を定める遺伝子を遥かに凌駕する規模の、細菌の個性が宿っているのです。

細胞数をとっても、情報をとっても、私達は細菌によってその多くが占められていることを話してきました。私達の個性、換言すると私達だと思いこんでいた生命共生体の個性というのは、私達とその微生物の要素に分解できます。ちなみに、アメリカの分子生物学者であるジョシュア・レーダーバーグ博士は、ヒトと微生物のような生命共生体のことを、超生命体(Superorganism)という概念で表現しています。

では、私達のどこに、微生物が住んでいるのか考えてみましょう。とは言っても、カラダの表面であれば、ほぼどこにでも微生物は存在します。ここでは、皮膚と腸内という2つの微小環境に着目します。

静的で動的な細菌叢

皮膚常在菌は、ヒトそれぞれ固有であり、変化が少ない細菌叢として知られています。原因として考えられているのは、毛穴の存在です。毛穴の中には、ほぼ単一の細菌がコロニーを形成していることが知られています。毛穴の奥にいけば行くほど嫌気的(=酸素が無い)環境になり、ヒト体内からの分泌物にあふれています。これは、細菌視点に経つと、オアシスです。1度菌が定着することで、その菌は素敵な物件にて、永住権を獲得するようなものなのです。

ヒトに住む細菌を個性とする観点から、皮膚常在菌による細菌叢の個性は、時間的・空間的な変動が少ない、静的な個性であるとみなせます。

続いて注目するのが腸内細菌叢です。腸内細菌叢は、腸内環境に生育する細菌により構成される細菌叢です。腸内環境は、地球上で最も高密度に生物が存在する環境であると言われています。なぜ、そんなに高密度に細菌が存在するのでしょうか。それは、毛穴と同様に細菌の生育にとって理想的な環境だからです。腸内、特に大腸は嫌気的であり天敵もなく、体からの分泌物の他に食事由来の栄養が自動的に降ってくる。こんなオアシスは世界のどこにも無いから、腸内に細菌が沢山存在するのです。

しかし、皮膚と異なる点があります。毛穴といった細菌がニッチを形成する隠れ場所が、腸内には存在しないのです。基本的には多くの細菌が様々な外部刺激に晒されています。外部刺激とは、食事であり、細菌であり、運動であり、生きていることそのものが刺激になりえます。隠れ場所がなく変化に富む腸内環境では、細菌叢に対する様々な変化が起こりえます。

皮膚細菌叢を静的であるとするならば、腸内細菌叢は動的であるといえます。先程の細菌を個性とみなす観点から、腸内細菌叢は動的な個性であると考えられます。

細菌叢と体の関係

細菌叢と体の関係は、体のありとあらゆるところで、いつでも起こっています。

皮膚細菌叢は、皮膚から分泌される脂質を脂肪酸とグリセロールに分解します。分解より得られたグリセロールは保湿成分があり、脂肪酸は皮膚を弱酸性に保つとされており、相利共生関係を築いているのです。

腸内細菌叢は、腸管と様々な物質のやりとりを行っています。腸管上皮細胞に存在するムチンの分解や抗原のやり取りなど、枚挙に暇がありません。物質的なやり取りだけではありません。

腸と脳は迷走神経という副交感神経によって繋がっています。腸内細菌と腸がやり取りをすることから、腸内細菌は腸と脳の電気化学的なシグナル伝達にも関与していると考えられます。この3者の構図を、腸内細菌-腸-脳相関と言います。

腸内細菌叢が体と密接に関連することを裏付ける証拠として、腸関連疾患や神経変性疾患と腸内細菌の関連が報告されています。

腸内細菌叢は、ホルモン分泌にも関連するとされています。つまり、迷走神経というワイヤーによって繋がれたシグナル伝達経路のみならず、ホルモンという内分泌経路を介した遠隔のシグナル伝達経路によっても体に影響を与えているのです。

細菌叢と体の関係を考えるというよりは、腸内細菌叢はもはや体の一部であり、分離して考えられない存在なのです。

では、この節のお話を総括します。
我々は何者なのでしょうか。

我々という存在を定めるのは、情報です。情報は、体質や体の姿形、性格の一部(=個性)を決定します。情報は、私たちの細胞が持つ遺伝情報、私たちに住む細菌がもつ遺伝情報からなります。

私たちの細胞が持つ遺伝情報は、一生を通して変化しないとみなせます。一方、腸内細菌叢は常に変化を強いられ、さまざまな刺激によって少しずつ変化が可能です。

つまり、私達の体が変化しない個性であり、私達の細菌叢が変化可能な個性と解釈することができます。体はハードウェア、細菌叢はソフトウェアというアナロジーです。

ここまでに、我々は何者なのか見てきました。ここからは、新たなテクノロジーによって個性が拡張される世界について考えます

我々はどこへ行くのか

個性を理解しハックする

ここまでに、私達の個性の成り立ちや、個性の二元性について考えてきました。しかし、ヒトの体と細菌叢の関係性について、研究は途上段階です。まだ分からないことだらけの研究分野と言えるでしょう。

ここでは、ヒトの個性としての体と細菌叢に対する理解が深まった未来の世界について、妄想を膨らませてみましょう。

ヒト腸内細菌は、何らかの選択圧をかけることで変化します。長期的な食習慣なのか、抗生物質の投与なのか、選択圧は様々です。選択圧を適切にコントロールすることで、細菌叢を変化させる未来も、そう遠くないかもしれません。腸内デザインという考え方です。今までの文脈に沿って考えると、腸内デザインとは細菌叢の制御を通じて個性を変化させることに当たります。

現在では、健常なヒトの糞便を、腸疾患のある患者に坐薬として与えることで、症状が改善する偽膜性大腸炎の例が知られています。糞便微生物移植(Fecal microbiota transplantation: FMT)です。ヒトの糞便を利用する以外にも、細菌自体を摂取するプロバイオティクス、細菌の利用可能な基質を摂取するプレバイオティクス、プロバイオティクスとプレバイオティクスを併せて摂取するシンバイオティクスなど、細菌叢に対する様々な介入方法が検討されています。

これらの手法はいわば、個性に対しての細菌叢を介したハックとみなせます。ここから、腸内へのハックを更に拡張した社会を考えてみます。

個性の均質化がされた社会

糞便微生物移植の話を発展させます。ここでは、思考実験として4名の被験者を募集します。被験者には糞便を提供してもらいます。4名の糞便を1つに混ぜ、再度糞便微生物移植の形で腸内環境に介入します。この実験を数ヶ月続け、やがて腸内細菌の似通った4名の被験者が誕生したとします。ラディカルな思考実験です。

この場合、4名の被験者の個性は失われたのでしょうか。それとも、4名の被験者の個性が平均化された、新たな個性を獲得したのでしょうか。この問に答えはありませんが、少なくとも体質などに影響がでると考えられます。

ヒトの個性が腸内細菌叢への介入によって、(ソフトウェア・アップデートのように)更新された場合、少なくともこの4名の被験者の個性は均質化されたと見なせます。でも、この思考実験に類する現象は、現在でも起こっていると私は考えています。

たとえば、同じ住環境、同じ食生活、同じ生活リズムと、腸内環境に対して同等の選択圧が加わる、家庭というクラスター。同じ気候、同じ産業構造、同じ食文化という、腸内環境に対して同等の選択圧が加わる、社会というクラスター。糞便微生物移植という直接的な介入は無いにしても、間接的には家庭や社会という文化的に均質な集団において、間接的な介入がなされているのです。

これは、ヒトの個性、ヒトの集まりとしての社会を理解する上で、新しい視点を提供してくれます。つまり、ヒトからヒトへ世代間を通して、遺伝情報やミームのみならず、微生物が受け継がれていくという考え方です。

社会的な分断や紛争、経済格差などが叫ばれる昨今。微生物によって個性を再定義することは、流動的な個性を許容します。これは、遺伝情報という地理的な要因を受けやすい個性と比較して、対立構造を解消する考え方として有用かもしれません。

ヒトの個性と微生物。

全体を通して伝えたかったことは、ヒトの個性には流動的な部分が存在し、遺伝情報のみで決定されないということです。個性への解釈に、最先端の科学は新しい色眼鏡を提供します。微生物とバイオインフォマティクスは、流動的な個性という考え方を与えてくれました。

個性という、掴みどころのない高次元な情報の集まりだからこそ、科学の進歩を通して柔軟に考えていくことが重要であると私は考えます。1つの見方にこだわらず、柔軟性を持って色々な方向から考えてみる。

人間の個性に対する従来の視点へ、今回の話が1つのアンチテーゼとなれば嬉しいです。

以上、腸内細菌相談室の鈴木大輔がお届けしました。今後も、腸内細菌や腸内環境に関連したお話を紹介していくので、Twitter、Instagram、Note、Podcastのフォローをお待ちしております!

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